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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第十話 古き魔の血族

 彼女は、年下である深夜達に対しても深々と頭をさげ、気品を感じさせる所作で自己紹介をした。


「改めまして、はじめまして。私、不肖ふしょうながら大賀家当主を務めております、大賀芥子(けし)と申します」

「神崎深夜です。大賀先生には、大変お世話になっております」

「同じく教え子の和道直樹……です。ええと……よろしくお願いします!」


 当初は『大賀家』の持つ迫力に気圧されていた深夜達だったが、芥子の寸劇のおかげもあって、その緊張も幾分か和らいでいた。

 先ほどの冗談もここまで見通したうえだったのかもしれない。

 そう考えると、芥子の持つこの親しみやすさも海千山千の経験に基づくしたたかさ、というべきなのかもしれない。


「私はセエレと申します。こちらのラウムと共に七十二柱の一を担う悪魔でございます」

「あ、ちょっと! 私の自己紹介取らないでよ!」

「……なるほど。あなた達が比奈を守ってくれたということですね。家族として、深くお礼を申し上げます」


 芥子は悪魔達と深夜達、それぞれに目線を合わせた後、納得したと言わんばかりに深く首肯した。


「ですが、まさかその若さで悪魔憑きになられるとは……やむにやまれぬ事情があったのでしょう」

「あのお婆様、少しいいですか?」

「あら、比奈ったらまた改まって、どうしましたか?」

「その態度、まるで悪魔とかそういうのを昔から知っていたみたいな……」

「もちろん、知っていましたよ」


 芥子はこともなげに、悪魔の存在を知っていたことを認める。


「とは言っても、流石に実体化した悪魔本人とお会いするのは私も初めてですが」

「……私、何も知らなかったんですけど」

「それは当然です。これはいわば、大賀の汚れ仕事の領分。知らずに一生を終えるに越したことはありませんから」


 そう言いながら、芥子は鋭い視線を花菱へと向ける。


「私としては、そうならないために明日夢さんにお願いしていたのですがね」


 大賀と花菱のお見合いなどという舞台を用意したのも、大姪に何も知られないまま護衛できるように、という彼女の配慮だったはず。

 それが無駄になったのでは、雇い主としては嫌味の一つも言いたくなるだろう。


「これに関しちゃ申し開きの次第もありません」

「おー、なんか名家の闇って感じ?」


 失礼な物言いをするラウムに、深夜は無言で肘でつついて注意する。

 だが、芥子はあまり気にした様子も見せず、柔和な態度を崩していなかった。


「そこまで大げさな話ではないのですが……そうですね。今回の一件に関係ないとも言い切れません」


 そうして、芥子は改めて背筋を正す。


「大賀家はかつて、人の手で異能者を生み出そうとしていた一族なのです。それ故に、異能や悪魔には少々一家言あるのですよ」


 その言葉は、深夜を絶句させるには十分な衝撃を持っていた。


「人の手で……異能者を……?」


 一方、応接室にいた他の者達の態度は大きく二分されていた。

 ラウムとセエレ、異能に携わる悪魔達は深夜と同様に目を見開いて驚きを露わにし、大賀と和道はその言葉の意味がよくわからない、といった感じだ。


「この国では、古くは陰陽師が朝廷に仕えたり、風水、占いの吉兆きっちょうなど――今でいうオカルトですね。そういうものが政治に影響を与えていた時代がありました」


 和道は芥子の言葉が信じられないのか、深夜の方に振り返って確認を取る。


「……そうなのか?」

「平安時代とかは占いで都の場所変えてた、って日本史の授業で言ってたでしょ……」

「マジか」


 そういえば、和道の補習科目には日本史もしっかりと含まれていたな、と深夜は思い出し頭を抱えた。


「とはいっても、その多くは詐欺か、あるいは勘違いだったのでしょう。ですが、皆さんもご存じの通り『異能』や『魔術』という形でオカルトは実在する。そして、ごく一部……その実在を認識していた者もおりました」


 芥子の説明を補足するように、セエレが言葉を継ぎ足す。


「事実、西洋でも我々悪魔を政治や権力闘争に利用した王や権力者はいました。それと同じようなことでしょうか?」

「そうですね。私達『大賀家』や明日夢さん達『花菱一族』の先祖がまさにそれにあたります」


 ここでいきなり花菱の名前が挙がってきたことに、ラウムが驚いて声を上げた。


「え? アンタもそんなに歴史ある一族だったの!?」

「あっしらのご先祖様は、平安時代に安倍あべの晴明せいめい蘆屋あしや道満どうまんと張り合った凄腕陰陽師だ。なんて教えられましたが……どこまでホントなんでしょうねぇ」


 肝心の本人は、そんなカビの生えた歴史には興味ない、とばかりにヘラヘラとした態度をとっている。


「花菱一族は外来の呪い……今でいう黒魔術ですね。それを陰陽道に取り入れた技術を磨き、継承することで時の権力者に取り入る道を選びました」


 つまり、花菱の先祖も今の彼と同じように悪魔憑きとしてその異能を武器にし、権力者に雇われていた、ということか。


「それに対して、我々大賀家が選んだのは……血の継承けいしょう研鑽けんさんです」


 芥子は言葉を選ぶような間をおいて、自らの先祖の因習を口にした。

 あえて迂遠うえんな言葉選びで告げられたその真実を、最も早く理解したのが『異能者』である深夜なのは、皮肉かあるいは必然か。


「血の継承……それってまさか」

「あえて悪しように言えば、交配による"人間の品種改良"といったところでしょうか」


 『人間の品種改良』

 ここまで言われれば、大賀も和道も、そのおぞましさを理解せざるを得なかった。


「神通力や法力、霊能、そういう力を持つものを外部から迎え入れ、掛け合わせることで血を濃くしていったのです。小さな力が強力になるように、あるいは、一代限りの突然変異でしかなかった異能を、血族の形質として確立させるように」


 現代に比べれば、人権意識なんてものは薄く、同時に今よりもオカルトが信じられていた時代。

 それ故に、かつての大賀家は異能者を集め、交配を重ねることが可能だったのだろう。


「……今日こんにちに至るまでの大賀の繁栄はひとえに、その過程で繰り返された政略結婚で作られた地盤によるものでもあります」

「はいはーい! ちょっといい?」


 芥子の説明が一通り終わったタイミングで、ラウムが授業のように手を挙げる。


「なんでしょう?」

「異能者同士の交配を続けてきた、って言ってたけどさ。そのわりにはお婆ちゃんからも比奈からも魔力の匂いとか、異能の気配とかが全ッ然しないんだけど」

「ラウム、それ本当?」


 大賀家の人間達が、自分と同じ『異能者』なのかと考えはじめていた深夜は、自身のパートナーに振り返って確認する。


「うん、っていうか、比奈が異能者だったら昨日の時点でわかるもん。二人とも魔力量的には完全に一般人だよ」


 そして、ラウムははっきりと「芥子も比奈も異能者ではない」と断言した。


「かつて、と言ったように。これはあくまでも数百年単位で昔のことです。もう何代とそのようなことはしていませんから、私達に流れる異能の血はとうに薄くなっているかと」

「それもそうか……現代で異能者をわざわざ生み出すメリットなんて、ほとんどない」


 異能なんてなくても人間は生きていける。深夜はそのことを身をもって理解していた。


「そうですね。ただ、薄くなったとはいえ私達、大賀の人間にはそういった血が流れている。というのも事実です。そこに価値を見出す者がいるのなら、その者が老いぼれの私よりも、比奈に狙いをつけるのも納得がいくかもしれません」



 ◇


 大賀芥子との顔合わせも終わり、客間へと案内された深夜と和道。

 その客間もさきほどの応接室と同じくらいの広さの和室であり、二人は中学時代の修学旅行を思い出す。


「ヒナちゃんが言ってたけど、マジで温泉旅館みたいだな……」

「もしかして、露天風呂もあるかな?」

「それはさすがにないと思うぞ……」


 修学旅行の時は、ここと同じくらいの広さの部屋に六人で寝泊まりしていたことを考えると、学生二人で寝泊まりする部屋としては贅沢極まりない。


 深夜達が、事前に運び込まれていた荷物を確認していると、木製の引き戸がノックされた。


「失礼いたします」


 扉が開き、部屋に入ってきたのはセエレとラウムだった。


「この屋敷大きすぎ! っていうか、なんで私とセエレが同じ部屋なの!」

「仕方ないだろ。芥子さん以外は、ラウムとセエレも人間だと思ってるんだから。男女で部屋分けするのは当たり前だよ」


 というか、悪魔と契約者がペアだという認識すらないのだから、それを前提に部屋割りするなど土台無理な話だ。

 とはいえ、ラウムの言っていることに関してはセエレも深夜も同意見ではあった。


「ですが、襲撃に備えるのなら、悪魔と契約者が同室のほうが良いかと」

「そうだね。セエレ、悪いんだけど、あとでラウムと和道の荷物を入れ替えておいてもらえる?」

「かしこまりました」

「ラウムも、それでいいよね?」


 とパートナーに確認を取ろうとした深夜だったが、肝心のラウムはプルプルと肩を震わせていた。

 悪魔と言えど流石に恥じらいが勝ったのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。


「誘っても断られ、誘惑しても受け流されて苦節三か月……ついに……ついに深夜と同じ部屋で一夜を過ごせる!」

「……妙なことしたら部屋から追い出すからね」


 歓喜に打ち震えていたらしいラウムに、冷たく釘を刺す。

 深夜にとって、安眠妨害は万死に値する大罪なのだ。


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