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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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幕間 大賀比奈の激情


 深夜達がマンションから帰ったのち、シャワーを浴びて心身共にすっきりとして寝室に戻った大賀をラウムが漫画を読みながら出迎えた。


「あ、パジャマ借りてるよー」

「ひっ! ………あ、ごめんなさい」


 大賀は咽喉まで出かかった悲鳴を必死に飲み込む。

 それは不審者に驚いたというよりも、人外の存在と二人きりの状況に理屈より本能的な恐怖が勝った結果、というべきものだった。


「それが正常な反応だよねぇ。最近の若い子、悪魔に全然ビビッてくんないからラウムちゃんがおかしいのかと思っちゃってたよ。ふぅ、安心安心」


 最低限の身の安全の確保のため、という名目で今夜はラウムをこの部屋に泊めることになったわけだが、彼女は既に遊び慣れた友達の家かのようにくつろいでいる。


「ええと……あの小さい子は?」


 予定ではラウムだけでなく、セエレも一緒に泊まることになっていたはずだが、そちらの姿は見当たらない。


「セエレならあっちだよ」


 ラウムは手元の漫画から目を離さず、片手で天井を指さす。


「……上?」


 その指先に目を向けるが、あるのは天井とシーリングライトのみ。

 あの赤い髪の少女が忍者のように張り付いている、なんてことはなかった。


「マンションの屋上で見張り中。『見知らぬ人間が何人も部屋にいては、大賀様も落ち着かないだろう』とか言ってたから」

「そうなんですね…………って! きゃああ!!」


 漫然と納得しかけた大賀だったが、ラウムが自分の成人向け漫画を読んでいることに気づくと、今度こそ盛大に悲鳴をあげた。


「あっ、今いいところだったのに!」


 大賀は自分でも驚くスピードでラウムから漫画を取り上げ、両腕で抱きかかえて隠す。


「いいところ、って……どこまで読んだんですか!」

「どこまでって……仕事に疲れたOLヒロインが二十歳くらい年下のいたいけな男の子の服脱がせて……」

「いいです、わかりました。それ以上言わないでください!」


 表紙の時点で一発アウトなのはわかっていたが、内容までしっかり見られていた。


 大賀は奪った漫画を本棚に押し込み、小さなカーテンでその背表紙を隠す。

 確かに隠していたはずなのに、と彼女は首を捻るが、そのカーテンを開け放った犯人は既にこの場にいないことを彼女は知らなかった。


「別に比奈は立派な大人なんだから、隠さなくてもよくない?」

「そういう問題じゃないです! 全年齢向けもあるから、こっち読んでて!」

「ちぇー、灯里や真昼が持ってないタイプだったから面白かったのにー」


 ラウムは恥じらう様子も、忌避する様子もなく、エロ漫画を取り上げられたのを残念がる。

 代わりに手渡された普通の少年漫画はいまいち気分が乗らないらしく、彼女は眠る準備に取り掛かった大賀に声をかけた。


「ねぇ比奈ー、ひとつ聞いていい?」

「はい……なんですか?」

「比奈ってさ、もしかしてショタコン?」

「…………」


 数秒の沈黙。

 その直後、大賀は凄まじいスピードとキレを伴った、それはそれは見事な土下座をした。


「どうか! どうかそのことは和道君達には内密にお願いします!」


 ラウムの質問は、先ほどの漫画の内容が原因だろう。

 というか、本棚にあるソッチ系の書籍は全て、小さな男の子と大人の女性が主題の作品なので、わかる人には一目でわかるのだった。


「言い訳がましいかもしれませんが、私のストライクゾーンは二次性徴前の小学校高学年くらいの中性的な男の子なので! 神に誓って、教え子に対して邪な感情を抱いたことはありません!」

「私って悪魔だから、神に誓うのはあんまり意味ないと思うなぁ……」


 ラウムもまさかこんな必死の弁明を受けるとは思っていなかったので、普段からハイテンションを心がけてる彼女もたじろいで苦笑する。


「まあ、私には告げ口する趣味も、人の好みをとやかくいう気もないから安心して」

「……ほ、ほんとう?」


 頭を上げた大賀の声は、さっき誘拐された直後と同じくらいプルプルと震えている。


「ホントホント……ってか、それを直樹に伝えるのはあの子がかわいそうだし……」


 後半は、大賀には聞こえないようにボソリと呟く。

 彼が大賀に異性として全く意識されていなかったのが、皮肉にも確定してしまった。


「ああぁ……こんなんだから生徒に信用されないのよねぇ……教師向いてないのかしら」

「んー、私の知る限り、深夜も直樹も比奈のことは好きそうだけどねぇ」

「あの子達は誰に対しても優しいから……」


 そう言って大賀は力なく笑う。そして、自分の発言で何かを思い出したのか、彼女はこんな風に言葉を続けた。


「ねえ、ラウムさん」

「ラウムちゃんでいいよ」

「……ラウムちゃん。私からも一つ聞いてもいいかしら?」

「ん? なぁに?」

「あの子達がその……あなた達悪魔と出会ったのって本当に今年になってから、なのよね?」


 ラウムはその質問の意図がよくわからず、とりあえず事実をそのまま答えることにした。


「今年どころか、深夜は三か月前で、直樹なんか先月だけど」

「そう……じゃあ、そういうことなのね」

「どういうこと?」


 その回答に、一人で納得している大賀をラウムは怪訝けげんそうに見つめる。


「あぁ、ごめんなさい。その……二年前にも似たようなことがあったのだけど、そっちは悪魔とか関係なかったんだな、って思って」

「二年前……? アレ? 深夜達ってその時はまだ中学生だよね、なんで高校の先生の比奈と?」

「ああ、その話はあの子達から聞いてないのね」


 てっきり深夜達から聞いているものだと思っていた大賀は、自分達の少し特殊な関係を説明した。


「私、二年前に教育実習生として霧泉市の中学校で教えてたの。あの子達と最初に知り合ったのはその時」

「あー、だから比奈ってば深夜達と仲良いんだ」


 ラウムはようやく合点がいった、と手を叩く。


「それで、その頃ちょうどストーカーって程じゃないんだけど、同じ大学の先輩にしつこく言い寄られてて……怖い目にあいそうなところを和道君達に助けられたの」

「直樹って、ホントに昔からそんな感じだったんだねぇ」

「そう! そうなのよ!」


 ラウムは軽い気持ちで発した言葉だったのだが、大賀は凄い勢いで食いつき、ラウムににじり寄った。


「あの時だって、結局暴力沙汰になって警察まで来たのよ! 幸い大きな怪我とかはなかったけど、本当に心配したの!」


 今まで誰にも言えずに溜め込んでいた思いを、思う存分吐き出せる相手をようやく見つけたと言わんばかりに、大賀の口から次から次へと言葉が溢れ出す。


「それなのに和道君ったらこっちの気も知らないで、誰彼かまわずお節介を焼いて……いいえ、親切なのはいいことなんだけど、教師としてはもっと自分を大事にしてほしいのよ!」


 まさにマシンガントークというにふさわしい苛烈さに圧され、ラウムは身をのけぞらせる。


「おおう……セエレがこれ聞いたら、すっごい意気投合しそう……」


 あの心配性で過保護な悪魔も、主人に対して似たようなことをよく言ってるのを思い出す。


「花菱さんは子供でも力があるから大丈夫、って言ってたけど。あの人は何もわかってないわ! あの子達は、そういう力を持ってなくても、危ないことに首をつっこんでいくの! そういう子達だから、大人がしっかり見てあげないと……」


――他人のことをこれだけ心配できる時点で、比奈もだいぶ直樹寄りの人種だと思うけどなぁ――


 お似合いじゃん、という言葉をラウムは必死に飲み込み、大賀が疲れて寝落ちするまで、彼女がこれまで溜め込んでいた和道への愚痴を延々と聞かされ続けたのだった。



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