第六話 一騎当千
「あれ、近づきにくくて面倒なんだよね」
深夜は短く嘆息を漏らしながらも大剣を構え、炎の剣を持つ仮面の集団に対峙する。
「悪魔憑きでも所詮ガキだ、女だけは絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」
「ああ! いまさら手ぶらじゃ帰れねぇしな!」
仮面の男達は炎の剣で深夜を牽制しつつも、あくまでも大賀に狙いを定めて動き出す。
「させるかよ」
深夜が静かに呟いた刹那、大剣が横薙ぎに振り抜かれた。
「ぐわっ!」
「あうっ!」
まずは二人。
深夜を無視して前に出ようとした男達が、まとめて吹き飛ばされる。
【続いて別の二人が深夜の左右から同時に切りかかってきた。】
「テメェ、よくも」
「かたまるな! 挟みこめ!」
左右からの挟撃。しかし、その剣閃にはまったくキレがない。扱い慣れていないことが丸わかりだ。
深夜は顔に炎の熱波を感じつつも、一歩後ろに下がって楽々と回避した。
だが、敵もこちらの間合いに深入りしようとしないため、うまく反撃には繋がらない。
「っち、やっぱり近づきづらいな」
炎には実体がない。
そのため、大剣で抑え込むことも振り払うこともできず、あの炎の剣を正眼に構えられるだけで、障壁のように深夜の接近を拒んでくる。
とはいえ、隙が見えるまでじっと待つのは深夜の性に合わない。
なので、少し乱暴な手に出ることにした。
「ラウム、先に謝っとく」
深夜は大剣を逆手に持ち替え、槍投げの要領で大きく振りかぶる。
『え? 何いきなり!』
左眼の未来視を頼りに角度と力加減を調整し、そのまま一番手近な仮面の男に向けて、ラウムを投擲した。
標的となった男は、咄嗟に炎の剣で受け止めようとする。だが、先ほど言ったようにその剣には肝心の実体がない。
故に、黒鉄の大剣はその炎を素通りし、そのまま仮面の男の腹に突き刺さった。
「うぐっ!」
苦悶の声と共に、ライターが男の手を離れる。
その隙を逃さず、深夜は一気に肉薄した。
「てめぇ!」
「遅いよ、まぬけ」
男の腹から跳ね返って宙に浮いた大剣を捕らえ、握りなおす。
「ぐぇ!」
まず先にライターを持っているほうの男を叩き伏せ。
「あがっ」
返す刀で、腹を押さえて痛みに呻くもう一人に追撃、その意識を断ち切った。
『ちょ、深夜! いきなりパートナーを投げるなんて酷くない?!』
「だから先に謝ったじゃん」
『私が承諾する前にもう投げてたよね!』
「そんなことより、最後の一人は」
『誤魔化した!』
深夜が敵の姿を探すと、リーダー格らしき男は既に大賀達のところまで、あと一歩のところに迫っていた。
『あいつ、いつのまに! 深夜、まずいよ』
「いや、大丈夫」
深夜は左眼を一度瞬くと、落ち着いて行く末を見届ける。
「ガキ共が、ふざけやがってよぉ!」
仮面の男は、大賀を介抱するセエレに狙いをつけて炎の剣を振りかぶる。
「てめぇら、よくもヒナちゃんを泣かしやがったな!」
だが、それが振り下ろされる前に、和道の怒りを込めた拳がその頬を撃ちぬいた。
『おー、一発KOだ。ナイス直樹』
「とりあえず、全員倒したかな……伏兵もいなさそうだ」
周囲を見回し新しい敵が現れる、といった未来が視えないことも確認し終えた深夜は、一息ついてラウムの武装化を解除する。
「さて、今回は雪代もいないし……こいつら、どうしようかな」
「ねえねえ深夜。コイツらのことも大事だけど、先に確認したいことがあるんだよね」
「なに?」
大剣から少女の姿に戻ったラウムが、両手の人差し指でセエレに抱きかかえられた大賀を指さす。
「非常事態だったとはいえ、思いっきり異能を使ってるところ見られちゃったけど、どうする?」
「……どうしようかなぁ」
突然知らない男達に誘拐されかけただけでもトラウマものなのに、そのうえで何もわからないまま悪魔憑き同士の戦いを目撃したわけだ。
今の大賀の状況を考えれば、狂乱していないのが奇跡と言っていい。
「和道君と神崎君が……剣で……ワープ?」
大賀は深夜達の顔を順番に見た後、きゅう、と空気が抜けたような声を漏らして、また意識を失ってしまった。
どうやら、理解の許容限界を超えてしまったらしい。
「ひ、ヒナちゃん!?」
「元々、立ち眩みで倒れるくらい疲れてたわけだから、パンクするのも無理はないか……」
本人には申し訳ないが、大賀が気を失ったことで、深夜は少しほっとしていた。
彼女に今の状況について説明するとなると、必然的にこれまで自分達が関わってきたことも話さなければならない。
「このまま、全部悪い夢だったって思ってくれないかな」
「深夜……さすがにそれは無理だよ……」
「だよね……」
現実逃避もできないまま、考えないといけないことばかりが山積みになっていく現状に頭を抱えていると、ようやく花菱が深夜達のもとに現れた。
「もう全員のしちまうとは、流石っすねえ兄さん方」
「お前……ボディガードの癖にちっとも役に立たねぇな」
和道が皮肉たっぷりに詰ると、花菱は予想外にも苦々しい表情を浮かべた。
「こいつは耳がいてぇ。ですが、あっしにはセエレ嬢のように瞬間移動する異能も、ラウム嬢のように屋根を飛び移って近道をする身体能力もないもんで。ほんと、お二人に手伝ってもらえてラッキーでしたよ」
そう言いつつ、花菱は深夜達が倒した仮面の男達に近づくと、魔道具を取り上げてから個別にカードに封印していく。
「それが、お前の魔道具の異能なのか?」
「はい。魔力が無いなら何でもこのカードの中に入れられるんです。便利でしょ」
最後に、上下逆になったワゴン車をカードに収めると、戦いの痕跡はきれいさっぱりなくなった。
これなら協会に証拠隠滅を頼む必要もなさそうだ。
「役に立たなかった代わりといっちゃなんですが、こいつらから話を聞き出すのはお任せくだせぇ」
「あれ、絶対拷問とかするやつだよ」
深夜も、ラウムと同じ考えが頭をよぎったが、大賀に危害を加えた連中に対して同情の気持ちは微塵も沸いてこなかった。
「ところで兄さん方、比奈嬢が寝ちまってるみたいですが、どうするんです?」
「どうせ起きたら色々と説明しないとだし、どこかちゃんとしたところで寝かせたいけど……和道の家は無理そう?」
「今日は母ちゃん、夜勤じゃないから家にいるんだよなぁ……」
深夜の家も、この時間は妹がいるので避けたいところだ。
「当てがないなら、いっそのこと比奈嬢の家まで運んじまったほうが早そうですね」
「ヒナちゃんの家とか、俺ら知らねぇよ。なあ、神崎?」
「うん。御城坂市に住んでる程度しか知らない」
「その辺は大丈夫ですよ。あっしが知ってるんで、案内します」
「なんでテメェがヒナちゃんの家知ってんだよ!」
「そりゃ、ご家族に雇われた正式なボディガードなんで」
その反論の余地のない返答を食らった和道は、ものすごく嫌そうな顔で花菱を睨みつけるのだった。
◇
大賀の住んでいるのは、御城坂市にある至って普通のマンションだった。
「中に他の住人の気配はありませんでした。どうぞ」
花菱に教えられた大賀の部屋、その扉の施錠がセエレによって内側から開かれる。
さすがに深夜達が意識を失っている大賀を抱きかかえて、霧泉市から御城坂市まで運ぶ、というわけにもいかなかったので、ひとまずセエレに異能で大賀を運んでもらっていたのだ。
ちなみに、このマンション自体が住人以外は入れないセキュリティになっていたのだが、そこもセエレの瞬間移動の異能で内側から突破している。
だがここまで来て、和道は部屋に入る最後の一歩に躊躇いを見せた。
「今更だけど、これって完全に不法侵入だよなぁ……」
「直樹の言い分もわかるけど、悪魔憑きがそんなこと言ってたらキリないよ。ほら行っちゃえ行っちゃえ」
和道の良識と必要性の葛藤もむなしく、ラウムに背中を強引に押されて、ついに敷居を跨ぐ。
そんな和道に続き、深夜とラウムも玄関で靴を脱ぎ屋内に入ると、セエレが疑問の声を上げた。
「おや、花菱様はご一緒ではないのですか?」
「自分がいたら大賀先生の警戒心が増すだろうってことで、マンションの前で別れたよ。アイツはあの襲ってきたやつらから情報を聞き出すってさ」
「なるほど、そういうことでしたか」
今頃、あの仮面の男達がどんな目にあっているのかは……想像しないことにした。
「それより、セエレ。ヒナちゃんの様子はどうだ?」
「ひとまず衣服を楽なものに変え、今はベッドに寝かせています」
セエレを先頭に、深夜達はキッチンと一体化した廊下を通って大賀のいる寝室に入った。
「普通の部屋だね……ちょっとお酒の空き缶目立つけど」
ベッド、クローゼット、本棚、ちゃぶ台。生活に必要な家具は一通り揃っている。
ちゃぶ台の上を見てみると、ノートパソコンと仕事に関する資料らしきもの、そして缶チューハイの空き缶が五つほど。
「ちょっと深夜ー。女の子の部屋をじろじろ見るもんじゃないよ」
「魔導書とか、そういう変なものがないかは確認したいんだよ」
次に本棚に目を向ける。
高校生向けの参考書や英和辞典、洋画のブルーレイパッケージが並んでいる中、一区画だけ、小さなカーテンで隠されていた。
「……先生、ごめんなさい」
中身のない謝罪に口にし、そのカーテンを開ける。そこにあったのは魔導書などではなく――
「…………あー……」
成人向けの漫画本だった。
こう……十八歳未満が買えない、表紙の肌色成分が露骨に多めなやつ。
――……漫画を濁してた理由、これか――
先日のやり取りの疑問がようやく解消した。




