第五話 キッドナッパー
「さようなら。また来週、学校で」
そう言って、大賀は和道を置いて一人で駅に向かって去っていった。
彼女と入れ替わるように、その一部始終を見聞きしていた深夜達が和道に合流する。
数秒の気まずい沈黙の後、口火を切ったのは深夜だった。
「あー……ええと……大丈夫?」
口に出してから、もう少し気の利いたことを言えないものかとも思ったが、どれだけ考えてもこれ以上の言葉は思いつかなかった。
「今更だけど、神崎が俺達に悪魔のことを秘密にしてた時の気持ちがちょっとわかったわ。こりゃ、確かに大変だな」
和道はそう言って苦笑いを浮かべる。
好きな相手とのあんなやり取りの後で、こんなことを言える程に彼は強いのだと思い知らされ、深夜は色々と考えていた慰めの言葉を全て捨て去った。
「俺達はひとまず、家に着くまではこっそり追いかけるつもりだけど、和道はどうする?」
「そりゃもちろ――」
和道の答えを一つの叫声が遮った。
「きゃああああ!」
そしてそれは、大賀が向かった方から聞こえてきた。
「ねえ深夜、今の声って……」
「ヒナちゃん!」
「直樹様! おひとりでは危険です」
その場にいた誰よりも早く和道が叫び声の方へと駆け出し、一瞬遅れてセエレもそのあとに続く。
「このタイミングの良さ……和道と離れるのを待ってたのか」
「深夜! 私達も早く行こうよ!」
「……ああ。走るよ、ラウム!」
「おっけ、オッケー!」
声が聞こえたのはそれほど遠くはなかった。この距離ならば深夜でも走って向かうことはできるだろう。
「っち、痛い目にあいたくなきゃ、大人しくしろ!」
大賀の声を頼りに向かった先、そこで彼らが見たのは五人組の仮面をつけた男達が白塗りのワゴン車に大賀を押し込めようとしている現場だった。
「んぐ! んんん!」
「何やってんだテメェら!」
大賀は抵抗しようとするが、仮面の男達はどれも屈強な体躯をしている上にそもそもが多勢に無勢。タオルで口を押えられ叫び声もあげられない状態だ。
それを見た和道は単身、彼女を助けようと男達に向かって飛び掛かる。
「ち、さっきのガキまだ近くにいたのか!」
だが、頭に血が上った彼は軽くいなされ、逆に大賀に指一本触れられぬままに突き飛ばされてしまった。
「おい見られたぞ、どうする?」
「殺した方が騒ぎになる。放っておいてさっさと乗れ!」
その隙に、大賀をワゴン車の後部座席に押し込むことに成功した仮面の男達は、和道を無視して自分達も車に乗り込み、一気にエンジンを吹かしてその場を去った。
「クソっ!」
和道は尻もちをついた体勢のまま、地面を殴り悔しさを露わにする。
そこに深夜、ラウム、セエレが遅れてやってきた。
「和道! 大賀先生は?」
「妙な仮面付けたやつらに連れていかれた……なんなんだよアイツら」
「あの手慣れ方……多分あっしと同業ですね」
深夜が和道の手を引いて立ち上がらせた直後、どこからともなく花菱が姿を現した。
「テメェ! 近くに居やがったなら、なんで連れ去られるの黙って見てたんだよ!」
和道が彼の胸倉を掴むが、花菱はそれを意に介したような素振りはみせず、淡々と自分のスマホを操作している。
「あっしを殴っても比奈嬢は帰ってきませんぜ……お、同業は同業でもどうやら、手荷物も調べない三流みたいだ。助かりやしたね」
そう言うと、花菱はスマホをセエレに投げ渡す。
そのスマホには、霧泉市の地図が表示されており、その地図アプリ上では『大賀比奈』とタグ付けされた矢印が車道を猛スピードで進んでいた。
「……これは?」
「先日のお食事の時、比奈嬢の鞄に潜り込ませたGPSタグの反応でさぁ。セエレ嬢なら座標さえわかれば、アイツらがどこに逃げても追えるでしょう?」
花菱の、そして和道の期待を込めた視線がセエレへと向けられる。
「……かしこまりました!」
◇
一方、大賀を連れ去った仮面の男達は、完全に仕事を完遂した気になり、車内で歓談をはじめていた
「これで一人五百万ってのはチョロいもんだな」
そして、大賀は左右に仮面の男に挟まれる形で後部座席に座らされていた。
手足は特に拘束されてはいないが、その口には乱暴にタオルが突っ込まれており、恐怖で身動きが取れない、といった状況だった。
「俺さぁ、女の泣き顔ってメチャクチャ興奮するんだよな」
「おいやめろよ。傷物にしたらタダ働きになるんだぞ」
「アザとか作らなきゃバレねぇって」
大賀の隣に座る男が下卑た声を出しながら、その手を大賀の身体に伸ばす。
この狭い車内に逃げ場はない。せめてもの抵抗で体を縮こまらせる大賀だったが、予想に反して、その手が彼女の体に触れることはなかった。
「いつの時代も善人がいれば、救いようのない下種もいるものだな」
彼女が目を開くと、その男の手は突如車内に現れた赤い髪の少女、セエレによって掴まれとどめられていた。
時速八十キロで走る車にどうやって現れたのか。セエレの異能を知らぬ男達は混乱し、騒ぎ出す。
「どこから……どうやって!」
「まさか、こいつ!」
そんな男達のざわめきを無視し、セエレは大賀の手を優しくとる。
「申し訳ございません大賀様。お手を失礼します」
その次の瞬間、赤い悪魔は大賀と共に瞬間移動でワゴン車の車上へと跳んだ。
「お前らのような下種でも、死なれたら直樹様が気に病まれるからな。警告はしてやる。頭と首はしっかり守れ!」
そう言って、その小さな体で大賀を抱きかかえていたセエレは、ドンッ! と乱暴に右足を踏み締め、足先からワゴン車へと魔力を流す。
そして、その車体をその場に上下逆にして瞬間移動させた。
上下が逆になり、制御能力完全に失ったワゴン車は火花を出しながらアスファルトを滑り、しばらくして停車した。
「ん、んー!」
対して、空中に投げ出されたセエレ達はその小さな体躯で大賀をお姫様抱っこすると、そのまま二度目の瞬間移動で衝撃を殺し、着地する。
「手荒な方法になってしまい、申し訳ございませんでした。ですが、もう大丈夫でございます」
「ヒナちゃん!」
地面に降り立った二人の元に和道が駆け寄り、大賀の口に詰め込まれていたタオルをゆっくりと取り除く。
口内の異物がなくなったことで、嘔吐感が一気にこみあげてきた大賀は目に涙を浮かべてえづいた。
「げほっ……はぁ、はぁ……」
「ゆっくり、息吸って……大丈夫っすか?」
「……え、ええ……」
大賀は震えつつも、気丈に声を振り絞る。だが、その体がまだ震えているのは彼女の身体を抱きかかえるセエレだけでなく、和道にもすぐ伝わった。
そんな彼らの頭上から深夜の声が響く。
「和道とセエレは、大賀先生を守ることに集中しといて」
直後、和道達の目の前に黒鉄の大剣を握った深夜が降ってきた。
「どうもこいつら、まだ諦めてないらしいから。あとは俺がやるよ」
深夜の視線の先、ひっくり返ったワゴン車から這い出した仮面の男達は逃げるのではなく、明確に深夜達に敵意を向けて立ち上がっていた。
『ふぅ。それにしても、何とか間に合ったね』
「ったく、武装化して建物の上を突っ切るなんて……誰かに見られたらどうするのさ」
『ラウムちゃんは普段からよくやってるけど、案外大丈夫だよ』
仮面組のうちの一人、運転席にいたおそらくリーダー格らしき男が深夜の持つ剣を見て納得したような声をあげる。
「そうかよ、テメェらもかよ……」
そして、彼とその仲間達全員がポケットからライターを取り出す。
『深夜、気をつけて。あのライターから魔力の匂いがする。アレ、魔道具だ』
「ライターの魔道具って……」
五人の男たちが利き手に持ったライターを着火し、通常のライターではありえない一メートル規模の火柱が出来上がる。
「……あの炎の剣、すっごい見覚えがあるんだけど」
『コレクター女が持ってたヤツと同じヤツだね。炎の悪魔、アイムの異能『操炎』の魔道具』
「あれ、近づきにくくて面倒なんだよね」
『先に言っとくけど! 今回は私を盾にするの禁止だからね!』
「わかったよ……」
ラウムは、かつて『蒐集家』在原恵令奈と戦った時のことをまだ根に持っているらしい。




