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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第四話 言えない秘密

 ◇


 その日の補習も一通り終わり、深夜は大賀とのやり取りを和道に報告するため、彼のバイト先であるホウライマートを訪れていた。


「酒か漫画かぁ……」

「漫画方面はあんまり触れられたくなさそうだったよ」


 バイト用のエプロンをつけて品出しをしていた和道は、深夜の報告を受けると作業の手を止めて考え込んだ。

 ちなみに灯里と笛場は、クラスの女子グループからスイーツバイキングに誘われたらしく、この場にはいない。

 教室から出ていく灯里が、期待と絶望が入り混じったような表情をしていたのが、深夜の脳裏に鮮明に浮かぶ。


「となると……ちょっといい酒を買ってプレゼントするか?」

「未成年がお酒買ってたら普通に怒られると思うけど」

「だよなぁ。どうすっかなぁ」


 結局、手に入れた情報をうまく活かす案は思い浮かばなかったのか、和道は品だし作業を再開した。

 これ以上、雑談で仕事の邪魔をするのも悪い。そう思った深夜は買い物かごの中身と、スマホの画面を見比べる。


「和道、この店、サケってどこにあるの?」

「未成年にアルコールは売れねぇって話してるところだろ」

「そっちじゃなくて、魚のほう。今日の夕飯に使うんだよ」

「あー、そっちの鮭ね。そういやお前、宮下に料理教わってんだっけ?」

「うん、灯里先生の通信教育」


 そう言って、深夜はスマホの画面を見せる。

 画面には、ここ数日灯里と交わしているメッセージのやり取りがあり、ちょうど昨日、鮭のホイル焼きのレシピを教わったところだった。


「お前らの方は順調そうだな。羨ましい限りだぜ」

「そうでもないよ。一人で作る時は何回か失敗やらかして、最近はレシピの難易度下げてもらってるし」

「そういう意味じゃねぇんだけどなぁ」

「? じゃあどういう……あっ」


 会話の途中、深夜の視線が引き寄せられるように脇に逸れた。


「どうした? 鮮魚コーナーはそっちじゃねぇぞ」

「あれ、大賀先生だよね」


 彼が指さした先には、棚の前でしゃがんでいる大賀の姿。

 彼女は、低い所に置かれたインスタントラーメンを掴んでは買い物かごに放り込んでいた。


【必要分をかごに入れ終えた大賀がその場で立ち上がる。

 その瞬間、彼女は立ち眩みをおこしたのか、額を手で押さえふらつきだした】


「まずい。大賀先生、倒れる」

「よし、わかった!」


 それ以上の確認はなく、和道は即座に駆け出した。


「あっ……」


 深夜の予知通りに、立ち眩みを起こした大賀の体が大きく後ろに揺れる。


「よっと!」


 そして、限界が来たその体をギリギリのところで間に合った和道の腕が受け止め、支えた。


「神崎、悪いけど人呼んできてくれ。できれば女の人で」

「ん、了解」


 ◇


「ん……あれ? 和道君?」

「あ、大丈夫っすか。気持ち悪いとか、痛いところとかありませんか?」


 目を覚ました大賀は頭に気怠い重さを感じながら、体を起こす。

 すると、ずっと彼女の近くで見ていたらしい和道が心配そうに駆け寄ってきた。


「ええ、大丈夫。だけど、ここは?」


 周囲を見回すと、そこはロッカーが並べられた更衣室のような場所で、大賀はその真ん中にあるベンチで横になっていたようだった。


「ホウライマートのバックヤードっす。ベッドとか無いんで更衣室のベンチで申し訳ないっすけど」

「本当にごめんなさい……こんなに迷惑かけちゃって」


 和道の説明を受け、彼女は自分が買い物中に倒れたのだということを理解する。

 時計を見る限り、どうやら数時間は眠っていたらしい。


「もうすぐ閉店時間よね。お店の人にもちゃんと謝ってすぐに帰るから……」

「無理しちゃダメっすよ!」


 まだ見るからに顔色が優れないにもかかわらず、立ち上がろうとする大賀を和道は慌てて制する。


「それに帰るっていっても、ヒナちゃんって車でしょ?」

「ええ、そうだけど」

「こんな体調の人を運転させて返すわけにはいかないっすよ。俺付き添いますから、今日は電車で帰りましょう」

「でも……」


 駐車場に置きっぱなしで帰っては店の人に迷惑がかかる。そう反論しようとするが、和道の次の言葉によってそれは完全に封殺されてしまった。


「大丈夫! 店長にお願いして、車は駐車場に置きっぱなしでもいいって許可取ってるんで!」


 これ以上生徒に迷惑をかけたくない。そう思いつつも、目の前の無邪気な善意を言いくるめるほどの余力がないことを自覚した大賀は諦めて、彼の提案を受け入れることにした。


 ◇


 大賀のケアを和道に任せて一度家に戻っていた深夜は、ラウムとセエレ二人の悪魔を引き連れて物陰に隠れていた。

 彼らの視線の先には、ホウライマートから駅に向かう途中の和道と大賀の姿がある。


「そういえばこの護衛って、いつまで続けるの?」


 昨日に引き続いて大賀を尾行する形での追跡の最中、ラウムがふとそんなことを言い出した。


「そりゃ大賀先生の安全が保障されるまで、だろ」

「でもさ、このままずーっと何も起こらない、ってことも十分あり得るよね?」


 確かにラウムの言うことは一理ある。

 そもそも、花菱の話では今はまだ『大賀家』で何かが起こっている"かもしれない"という段階の話で、大賀比奈が何者かに狙われていると決まったわけではない。


「その『なにもない』が一番理想なんだけどね」


 確かに徒労にはなるが、それはある意味で価値ある徒労だ。


「とりあえず、別の何かが起こるまでは続けよう」

「はーい!」


 かといって、手持ち無沙汰なのは事実なので深夜達は仕方なく、前を歩く和道と大賀の会話に聞き耳を立てることにした。


「あ、この公園……だいぶ遊具なくなっちゃったのね」

「そういや、なんか小さい頃に工事してシーソーとかなくなったんだったなぁ……って、ヒナちゃん昔来たことあるんすか?」

「あれ? 言ってなかったかしら。私、中学卒業までは霧泉市にいたのよ」


 どうやら、今の話題は大賀の学生時代について、らしい。


「教育実習であなた達の学校に行ったのも、あそこが私の母校だったからだもの」

「マジで!? ヒナちゃんって俺らの大先輩だったんすね」

「大先輩って……でも、そういうことになるのかしら」


 和道の安直な表現に失笑を堪えきれなかったらしい大賀の表情は、先ほどと比べるとだいぶ柔らかいものになっていた。


「でも、ヒナちゃんが俺達の担任になるなんて、中学の時は思ってもみなかったっす」

「……あの頃から、和道君達には助けられてばっかりね」

「俺、頼られるのが好きなんで、ヒナちゃんももっと気軽に何でも言ってくれていいんすよ」


 すると、ピタリと大賀の足が止まった。


「あ、疲れました? どっかで休みます?」


 和道はそれを歩き疲れたからかと考えたが、すぐにそれが体調不良によるものではないと察した。


「じゃあ、ひとつ、和道君にお願いがあるんだけど……」

「お、なんすか!」

「あなたがこの前入院した本当の理由、教えてくれないかしら?」


 和道の言葉が詰まるのが、遠巻きに眺める深夜達にすら伝わってきた。


「本当のって……ただの貧血って言ったじゃないっすか」


 真実など言えるはずがない。

 悪魔憑きと戦い。天使と戦い。その結果、大怪我を負って失血死しかけていたなどと。

 それでも、辛うじて表情は取り繕えていたのは、和道の日頃のコミュニケーション能力の賜物たまものだろう。


「……三木島先生が逮捕される前日に、あなたは神崎君と一緒に三木島先生について聞きに来たわよね?」

「あ、それは……」


 だが、大賀は追及の手を緩めてはくれなかった。


「御城坂の教導学塾の時もそう。あなた達が私に話を聞きに来たあとに、ビルの倒壊事故が起こって……神崎君が学校に来なくなった」

「やだなぁ、ヒナちゃん。それじゃあまるで俺や神崎が悪いことしてるみたいじゃないっすか」


 和道は努めて軽い言葉を選び誤魔化そうとするが、それが逆に大賀先生の真剣な言葉と不協和を引き起こしてしまっていた。


「そうね。あなた達は人に危害を加えたりしない。それはよくわかってるつもり」


 その言葉の通り、大賀の表情に浮かんでいるのは不信感ではなく、純粋な心配。


「だけど……あなた達は人助けのために危険なことをできてしまう人だってことも、私にはよくわかるの。私の時がそうだったように」

「……」

「私が言っても説得力なんてないかもしれないけど、それでも危ないことに巻き込まれているのなら、もっと大人を頼って欲しい。別に私じゃなくていい。他の先生や家族だっている。それこそ警察だって――!」

「初めてのバイトで調子乗って働きすぎただけっすよ。ほら、ヒナちゃんだって無理してさっき倒れたじゃないっすか」


 大賀の顔に失望の色が浮かぶ。

 和道の言葉を信じていないのは明白だった。

 そして同時に、自分が生徒に信じられていないのだと確信したように、彼女の目には無力感に打ちひしがれたような悲しみが宿っていた。


「もうすっかり良くなったから、あとは一人で大丈夫。和道君は家に帰りなさい」

「でも……」


 しかし大賀は有無を言わさず、和道が代わりに持っていたバッグを奪うように取り上げた。


「それに、もう十時過ぎでしょ。こんな時間に未成年を連れまわしていたら、今度は私が捕まっちゃう」


 それは冗談めかしつつも拒絶するような声色。


「さようなら。また来週、学校で」


 そう言って、大賀は和道を置いて一人で駅に向かって去っていった。


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