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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第三話 アプローチ大作戦

 そして、和道を含めた深夜達四人が教室に集合した。


「というわけで、これより和道くんの恋愛サポート作戦会議を行います」

「いえーい!」

「みんな……ありがとな!」

「あ、和道もこの状況受け入れるんだ……」


 当の本人がこのノリならば、もう深夜にはどうすることもできない。


「作戦会議って……具体的には何を話すの?」


 もう全て諦めて流れに身を任せることにした。


「そりゃ、和道くんがどうやってヒナちゃんにアプローチしていくかだよ」


 いつにもましてやる気満々な灯里が会話の流れを主導する。

 そのあまりにハキハキとした物言いは、普段の少し自信なさげな態度が嘘のようだ。


「直キチ的には、ヒナちゃん先生にどう思われたいわけ?」

「どうって……頼りがいのあるかっこいい男と思われたい、とか?」


 和道が理想とする方向性を提示すると、灯里は鞄から取り出した大量の雑誌やら少女漫画やらをパラパラと確認しはじめる。


「そういう方向性だと、やっぱりさりげなく荷物持ったり、授業の準備手伝ったり優しさと頼りがいを見せる……とかになるのかな?」


――その量の本を事前に準備して持ってきていたことにツッコミを入れたら……多分負けなんだろうなぁ――


 深夜的には、この熱量の半分でも勉強の時にも出してくれれば、と思わずにはいられなかったが、その気持ちはぐっとこらえた。


「定番っていうか、ありきたりすぎねぇか?」

「いやいや、何言ってんの直キチ。恋愛は王道がやっぱ最強っしょ」

「自分だと重い荷物を軽々持つ姿を見て『子供だと思ってたけど、結構たくましくて頼りになる』とか思うかもしれないし!」


 ちょうど手元の参考資料にそういうシーンがあったのか、灯里はページを捲りながら目を輝かせ、しまりのない笑みを浮かべている。


「……ちょっといい?」

「なにさ、神っち。また倫理感がー、とか言うのは無しだよ」

「いや、そうじゃなくてさ……」


 盛り上がる三人に水を差す形になった深夜は、笛場のけん制を受ける。

 だが、どうやらこの三人は「あること」に気づいていないようなので、こればっかりは伝えるべきだと思った。


「和道ってそういうの、もうやってるよね? 荷物持ったり、授業の準備とか片付けを手伝ったり」

「……あ」


 深夜の言葉を受け、灯里と笛場はポカンと口を開けて固まる。


「しかも、大賀先生だけじゃなくて俺達の受け持ちの教師全員に」

「言われてみればそうじゃん! 何やってんのさ直キチ!」

「え?! 俺、何かまずいことしたのか?」

「みんなに優しくしてたら、ヒナちゃんからすれば全然特別感ないよ! そりゃ、ときめかないよ!」


 灯里が珍しく大きな非難の声を上げ、唯一状況を理解していない和道は一気に狼狽した。


「いや、でも困ってそうなら普通は手伝うだろ!」

「だから、そういうところだよ直キチ!」

「人に親切にしてこんなに怒られることってあるんだ……」


 自分から言っておいてなんだが、これには深夜も少し同情してしまう。


「ってかさぁ、コソコソ回りくどいことするくらいなら、ガンガン直接的なアピールしていった方がよくない?」

「簡単に言うけどよぉ」


 笛場の口から見も蓋もない意見が飛び出るが、それに対して和道の態度は渋い。

 普段は何事も即行動タイプなだけに、その不安げな表情も深夜的には新鮮だ。


「ぶっちゃけ、直キチは身長あって、顔も整ってる方だし、押して押して押しまくれば大体何とかなるっしょ」

「押してダメだったらどうすんだよ?」

「その時は押し倒しちゃえ」

「「「アウトだよ!」」」


 笛場以外の三人の声が完璧なタイミングで揃い、教室に響き渡る。

 流石に冗談だとわかっているのだが……冗談のはずだと思うのだが。


「みんな意外とピュアだね。若いなぁ」

「笛場も同い年でしょ……」


 このままだと妙な雰囲気になりかねない。そう感じ取った深夜は、さりげなく会議の方向性を誘導するように意見を出す。


「普通にさ、プレゼントでも送ればいんじゃない?」

「あ、それいい! ヒナちゃんの趣味のグッズとかなら喜んでもらえるかもね」

「一応確認するけど、さすがの直キチも誰かれ構わずプレゼントはしてないよね?」

「してねぇよ。俺を何だと思ってんだよ……でも俺、ヒナちゃんの趣味とか知らねえんだけど」

「そこはウチらに任せなって。ねっ、神っち」

「なんで俺?」


 自分からこの話題をはじめたとはいえ、深夜も大賀の趣味など全く知らない。にもかかわらず、なぜか笛場からは期待のこもった目を向けられた。


「だって神っち、このあと英語の補習っしょ。その時にヒナちゃん先生の趣味聞き出しといてあげなよ」

「そういうこと? いや、俺には――」


 『俺には無理だ』と言い終わる前に補習開始五分前を告げる予鈴が鳴った。


「ってもうこんな時間! 私と和道くん別教室だから急いで移動しないと!」

「やっべ! 神崎、悪いけど頼むわ!」

「あ、ちょっと!」


 夏休みに学校に来ている本当の目的をすっかり忘れていた灯里と和道は、ドタバタと慌てて勉強道具を鞄から引っ張り出すと、深夜の答えを聞かずに教室の外に飛び出して行ってしまった。

 これではもう、深夜が大賀から趣味を聞き出すことが確定したようなものではないか。


「……ふーえーばー!」

「睨まない睨まない。じゃ、ウチはみんなの補習が終わるまで図書室で時間つぶしてくるから、頑張ってねー」


 そして、笛場も新しい飴を咥え、教室をあとにした。

 一人残された深夜は、静かになった教室でため息をつきながら、大賀が来るのを待つこととなった。


「ったく、みんな気楽なんだから」


 花菱の正体も、悪魔の存在も知らない以上無理はないのだが、どうにも今回は悪魔絡みのはずなのに緊張感に欠ける。


「……たくましくて頼りになる。かぁ」


 補習の準備もそこそこに済ませ、手持ち無沙汰になった深夜はふと、自分の細い腕を眺める。


――筋トレとか、した方がいいかな?――



 ◇



 本令が鳴り、大賀が深夜の待つ一年三組の教室に姿を見せる。

 ただ、補習をはじめるにあたり、少し予定外の出来事が起こっていた。


「あの、大賀先生……なんで俺一人だけなんですか? 前回はあと三人くらいいましたよね」

「他の人は体調不良だそうよ。みんな再テストの時までには治りそう、って言っていたけど」


 説明する大賀の口元には苦笑いが浮かんでいる。


――なるほど、サボりか――


 黒陽高校は偏差値が高い方の学校とはいえ、それでも不真面目な人間がまったくいないわけではない。

 だが、深夜からすればサボりなんてものは、学力的にも教師の心象的にもデメリットばかりの愚行にしか思えない。


「せっかくだから、神崎君の苦手分野を重点的に……と思ったけど、あなたの減点は単語のスペルミスばっかりで、文法はほとんど完璧だったわね」

「俺の傾向覚えてるんですか?」

「当然じゃない」


 さも当たり前のように言っているが、彼女が受け持っている一年生は三百人以上いるはずだ。百歩譲って担任である一年三組に絞っても四十人。

 類まれな記憶力、というよりは彼女は真面目過ぎるのだろう。


「……あの、質問してもいいですか?」

「どこかわからない単語があった?」

「あー、そうじゃなくて……大賀先生って休みの日とかどう過ごしてるのかなーって」


 普段なら、深夜はこういう授業に関係ない質問はしない。

 だが、今回は和道のためという大義名分に加えて、彼女の余裕のなさを見ていると、少し雑談でもして気を紛らわせてあげたくなったのだった。

 もっとも、当の大賀本人は不服そうにジト目で深夜を睨んでいるのだが。


「なに、ってほど何もしてないわよ。持ち帰った仕事をしてることが多いかしら」

「……趣味とか、気晴らしとかは?」

「気晴らし、気晴らしかぁ……」


 深夜の他に生徒がいないこともあって、大賀は真剣に考え込む。

 なんというか、こういうところも真面目過ぎて心配になる要素の一つだ。


「最近はお酒と漫……ごほん、読書かしら」


 とっさに咳払いして誤魔化してはいたが、『漫画』の単語はほとんど隠れていなかった。

 酒は年齢的に和道がプレゼントできない以上、深夜は漫画の方を掘り下げることにする。


「別に今時、漫画趣味なんて隠すようなことでもないでしょう」

「そ、そうね! そうよね……」


 言葉ではそう言いつつ、やはり大賀の歯切れは悪く、目も泳いでいる。

 ここまで露骨だと、いったいどんな秘密があるのか気になってきた。


「先生はどういうのを読むんですか?」

「え。えーっと……女性向けだから神崎君にはよくわからないと思うわ」

「灯里や笛場に勧められた少女漫画なら、たまに読みますよ」


 ちなみに、これは嘘ではない。

 自分から作品を探したりはしないが、友人に勧められたものは電子書籍で揃えてたまに目を通していたりする。

 なお、深夜は完結済みしか手を出さないので、そのラインナップは常に現在の流行より遅れているのだが。


「た、対象年齢がちょっと上だから知らないかも……!」


 軽い好奇心のつもりだったがここまで狼狽されれば、人の気持ちの機微に疎い深夜でもこの話題が失敗だったとわかる。


――やっぱり、俺にこの手のコミュニケーション能力を求めるのはダメだって……――


 一気に気まずい沈黙が教室に広がる。

 しかも、この場には深夜と大賀の二人しかいないので、第三者が空気を変えてくれることも期待できない。


「ごめんなさいね。気を遣わせちゃって……昨日のことも」


 そんな誰も得をしない我慢比べの中、先に音を上げたのは大賀の方だった。


「昨日……」

「プリント拾うの手伝ってくれたのに、嫌な空気にさせちゃったでしょ」

「あ、そっちか」


 深夜は一瞬、昨日の尾行がバレたのかと思い、さっきとは別の理由で言葉につまるが、どうやらそうではなかったらしい。


「他の子達……特に和道君、怒ってたりしなかった?」

「いえ、その辺は全く。むしろ、大賀先生大変そうだなって心配してましたよ」


 お見合いだの、花菱の登場だので忘れかけていたが、元を正せば大賀先生が疲れ気味で大変そうだ。というところからはじまったのだということを思い出した。


「アイツのお節介は強引なところがありますから、むしろ今後も断る時はあれくらい強く言ってやってください」

「和道君、いつも助けてくれるでしょ? やっぱり余裕がなくて頼りないと思われてるのかしら……」

「考え過ぎですよ。現に和道も灯里も、大賀先生のおかげで英語の成績は明らかにあがってますし、頼りないなんてそんな」


 大賀は知らないだろうが、あの二人の中学時代の英語の成績は、それはもう酷いなんてものではなかったのだ。

 それが今は、二人とも赤点を回避するまでに急成長を遂げている。

 勉強を教える難しさを多少なりとも理解している深夜からすれば、尊敬こそすれ頼りないと思う余地などどこにもない。


「……それなら、いいんだけれどね」


 しかし、大賀はそれでも深夜の言葉を信用していないのか、どこか含みのある視線を彼に向けるのだった。


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