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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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第二話 花菱シークレットサービス


 二人の顔を見て、花菱は改めて驚いたような声を上げる。


「あの子の勤め先が霧泉市だから、あるいはとは思ってやしたが……まさか本当にお会いするとは。お二方、比奈嬢のお知り合いで?」

「生徒と教師の関け――」

「絶賛片思い中だよ! ってか、いきなり下の名前で呼んでんのかテメェ!」

「……和道、悪いんだけど、アイツと話すの俺に任せてもらっていいかな?」


 本人がいたって真面目なのはわかる。

 だが、完全に頭に血がのぼっている今の和道が会話に絡むと、話が進まない気しかしなかった。


「花菱明日夢……だよね?」

「おや、兄さん達に名乗った覚えはないんですが……ああ、悪魔祓いの嬢ちゃん経由っすか。元気にしてます?」

「無駄口を叩くな。質問しているのはこっちだ」


 深夜とセエレに前後を挟まれているにもかかわらず、花菱の態度には微塵の焦りもない。

 その余裕に警戒心を覚えたのか、セエレは首筋に当てたナイフを動かし、刃先で薄く皮膚を裂いて脅しを重ねた。


「おー、怖い怖い」

「お前はなんで大賀先生と一緒にいる。目的は?」

「先生……ああ、なるほど、お二人は比奈嬢の教え子でしたか。なんとまあ、世界は狭いってやつですねぇ」


 花菱は一人で納得気につぶやく。

 そして、その態度はどうにもシラをきっているとは思えない。だが、それがかえって不自然だった。

 大賀比奈が悪魔憑きではないことは、さきほどラウム達が確認済み。

 そして、花菱が深夜達と彼女の関係を知らなかった。ならば、彼らの接点はいったい何なのか。

 その一番肝心なところが全く見えてこない。


「安心してくだせぇ……と言っても信用できないでしょうが、あっしに比奈嬢を害するつもりは一切ありやせん。っていうか、あっしの仕事は基本的にその逆ですぜ」

「逆?」

「はい、逆です。あっしの専門は護衛。ボディガードが本職で、暗躍だのは取り扱ってないんでさぁ」

「護衛って……なんでヒナちゃんが悪魔憑きなんかに護衛されなきゃなんねぇんだよ!」


 とうとう我慢しきれなくなったらしい和道が会話に割って入る。が、その疑問に関しては深夜も同意見だった。

 いち新任教師が、花菱のような男に護衛される理由など、思い当たらない。


「そこはまあ、古い縁といいますか、身内のしがらみといいますか……傍系ぼうけいとはいえ大賀家のご令嬢ですからねぇ。万が一に備えてあっしに話が来た次第です」

「ちょっと待った……『大賀家のご令嬢』って……大賀先生のこと?」


 突如として花菱の口から発せられた言葉を咀嚼そしゃくするのに、深夜はしばらくの時間を要した。

 確認のために和道の方を見やるが、彼も目を丸くして首を横に振って初耳であることをアピールしている。


「あれま、そこからですか。じゃあ仕方ない。洗いざらい吐かせてもらいますんで、とりあえず、このナイフしまってもらっていいですかね?」


 ◇


 花菱とのやりとりから一夜明けた朝。

 補習のために学校に来た深夜だったのだが、彼は昨日とはまた違う理由で頭を悩ませることとなっていた。


「まさか、大賀先生が名家のお嬢様だったとは……」


 昨夜、ひとまず花菱を敵ではないと判断した深夜達が彼に聞かされたのは、そんな思いもよらない事実だった。

 深夜はあの邂逅のあとに交わされた、花菱とのやり取りを回想する。



『比奈嬢の御実家にあたる『大賀家』は、起源は平安貴族だなんて言われている由緒正しい名家でしてね。今でも分家筋まで含めりゃ、政治家やら大企業の役員やらがゴロゴロいるような超大物一族なんですが……その大賀本家の人間が一人、先月ふらっと消えちまったそうなんでさぁ』

『消えたって……』

『失踪か、誘拐か、あるいは……って感じですかねぇ。あ、これ表沙汰になったらマジで大ごとなんでご内密に頼みますぜ』

『……つまり、あんたはその『大賀本家』ってのに頼まれて大賀先生を護衛している。ってこと?』

『理解が早くて助かります』



 花菱の言葉を全て信じるにせよ、信じないにせよ、なんらかの事件が大賀の周囲で起こりつつある。あるいはもう既に起こっているのはほぼ間違いないだろう。


――花菱が俺達に嘘をついてるなら、それはそれで大賀先生に近づいて何かを企んでいるってことだから……とりあえず、今はアイツの話を信じる方で進めよう――


「ヒナちゃん! おはようございます」

「お、おはようございます……元気のいい挨拶ですね」


 下駄箱で靴を履き替えていると、廊下の奥から和道と大賀のやり取りが聞こえた。


「行先は職員室っすよね! 手荷物、全部俺が持ちます!」

「手荷物ってハンドバッグだけ……」

「お気になさらず! 好きに使ってください」

「いや、だから私は大丈夫だから。和道君は自分の補習の準備をしなさい」


 昨日に引き続き、大賀の態度は若干そっけない感じだ。

 花菱曰く、彼女は親族が失踪していることも、自分が護衛されていることも知らされていないらしい。なので、純粋に職務に忙殺されて、余裕がないのだろう。


「それにしても、和道のやつ……から回ってるなぁ」


 もともとお節介なタイプではあったが、あんな風に自分から率先して手伝わせろと絡んでいくのは珍しい。

 彼がああなった理由は考えるまでもないのだが。


「昨日の今日だしねぇ、しょうがないっしょ」

「強力な恋のライバル出現、って感じだもんね」

「あ、灯里に笛場。おはよ」


 灯里と笛場が下駄箱に現れ、深夜に合流する。

 どうやら、二人も和道と大賀のやり取りを聞いていたらしい。


「おはよう、深夜くん」

「おはよ神っち」


 花菱が『恋のライバル』だったなら話はもう少し簡単だったのだが、なんてことを思いつつも口に出すわけにはいかない深夜であった。


「っていうか、なんで笛場は今日も学校に来てるの?」

「そりゃー、友達の恋愛模様は気になるじゃんね」


 そう言って、笛場はいつも咥えている棒付きキャンディを煙草かパイプに見せるジェスチャーをする。

 どうやら、彼女的には昨日の探偵ごっこの続きのつもりらしい。


「……暇なの?」

「わりと」

「じゃあ勉強でもしてなよ……」

「赤点補習の人がなんか言ってるよ」

「うぐっ」


 笛場の言っていることは間違いなく事実なのだが、いままで『真面目な優等生』で通していた深夜の自尊心を抉るにはなかなかに効果的な一撃だった。

 なお、彼女の隣にいる灯里も、深夜と同じく赤点補習の対象のはずなのだが、全く気にした様子がないのは年季の差というやつだろうか。


「でさぁ、昨日あの後アカリンと相談してたんだけど」

「何を?」

「直キチの今後について」


 笛場の言葉に合わせて、灯里もうんうん、と首を縦に振る。


「やっぱり、生徒と教師の関係だけじゃなかなか進展しないと思うんだよね」

「……二人とも完全に面白がってるよね」


 事情を知らない彼女達にとって、今回の一件は身近なゴシップの一つに過ぎないのだろう。


「そう言いつつ、神っちも協力してくれるんでしょう?」

「えぇ……」


 正直言って深夜には、和道と大賀先生の恋愛事情に関わるつもりは一切なかった。

 なかったのだが、昨夜の花菱に言われた言葉を思い返すと、そうも言ってられない。


『お二人に事情を話せば、比奈嬢が学校にいる間の安全が保障されたようなもんでしょう? 守秘義務を破るだけのメリットがある。そう判断したんでさぁ』


 大賀先生を狙うものが何者なのか、それどころかそんな『敵』が本当に存在するのかもわからない。

 だが、過去に学校で悪魔憑きに襲われるという経験をした深夜には、彼女を放っておくという選択肢は存在しなかった。


「はぁ、こんなことになるなんて」


 ◇


 そして、和道を含めた深夜達四人が教室に集合した。


「というわけで、これより和道くんの恋愛サポート作戦会議を行います」

「いえーい!」

「みんな……ありがとな!」

「あ、和道もこの状況受け入れるんだ……」


 当の本人がこのノリならば、もう深夜にはどうすることもできない。


「作戦会議って……具体的には何を話すの?」


 深夜は、もう全て諦めて流れに身を任せることにした。


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