表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
148/173

第一話 危険なお見合い


「なんか、スパイみたいでドキドキするね」


 灯里は、物陰に隠れつつ尾行する自分達をそんな風にたとえた。

 彼らの視線の先では、喫茶店を出た大賀と花菱が並んで御城坂の街中を歩いている。


「ウチはスパイより探偵のほうがいいなぁ」

「探偵だと……ほら、なんとなく浮気調査っぽくなっちゃわない?」

「スパイって悪者っぽくてなんか嫌なんだよね。ウチ的には」

「静かに……気づかれるよ」


 深夜は完全に遊び気分で盛り上がっている二人に警戒をうながす。


――相手が相手だ。ヘタに尾行がバレて、二人を悪魔絡みの厄介事に巻き込んだら洒落にならない――


 雪代から聞いた話では、花菱明日夢は悪魔の力を使って裏社会に生きている人種らしい。

 幸い、今はちょうど仕事終わりの人々で通りが賑わっている。この混雑ならそう簡単に見つかりはしないだろう。

 だが、それでも慎重に動くに越したことはない。


「でも見てる感じ、そんなに変な人ってわけでもなさそうだね」


 深夜の忠告を受けてか、灯里の声が小さくなる。


「確かに、手慣れた感じあるね。さっきの喫茶店でもいつの間にか支払い終わってたし、エスコートもスマートだ。アカリン的にはアリ?」

「お似合い……には見えるかも」


――今のところ、花菱に怪しい動きはない。正体を知らない灯里達には普通のデートに見えてるみたいだし。むしろ心配なのは……――


「…………」


 灯里達とは対照的に、喫茶店を出てからずっと無言を貫いている和道。そんな彼の様子をうかがった深夜は、女性陣に聞こえないようにそっと耳打ちした。


「心配なのはわかるけど、ちょっと深呼吸しな。目が血走ってるよ」

「ああ……悪い。わかってんだけどさ……」


 一呼吸置いたことで、和道はなんとか冷静さを取り戻したようだが、それでもまだ気を抜けば今にも花菱に飛びかかって行きそうで、深夜は内心ヒヤヒヤしていた。


「なあ、アイツ。この前の屋敷で門番してたやつだよな」

「そうだね……雪代の話だと、金で雇われたボディガードみたいなもの、だったらしいけど」


 和泉山の別荘で行われた蓬莱一派との戦い。

 そこで花菱は門番の役割に従事していたわけだが、あの時、あの男と直接戦ったのはこの場にいない雪代だけで、深夜も和道も彼とはろくに会話も交わしていない。

 そのため、敵対したという事実こそあれ、花菱明日夢という男がどんな人間なのか、深夜達は今一つそれを掴みきれずにいた。


「そんなやつがなんでヒナちゃんのお見合い相手なんだよ」

「可能性はいくつか考えられるけど……」

「可能性って?」

「その一、大賀先生が悪魔憑き」

「ありえねぇだろ」


 和道は即座に深夜の意見を切って捨てた。しかし、そこは深夜も同意見だ。


「そうだね。もし先生が悪魔憑きだったなら、真っ先に俺達に接触してきそうなものだし。これはいったん無視しよう」

「じゃあ、他には?」

「可能性その二、悪魔とか全く関係ない、本当にただのお見合い」

「……地味に嫌だな、それ」


 和道の表情が露骨に歪むが、その気持ちはよくわかる。


「人の恋愛に口出しするものじゃないけど、さすがに相手が相手だからね……」

「可能性その三もあるのか?」

「……ある。最悪なのが」

「なんだよ」


 第三の可能性。それは先ほど挙げた二つよりも現実味があり、同時に一番あって欲しくないものだった。


「あいつの狙いは俺達への復讐で……大賀先生を巻き込んだ」

「マジで最悪なやつじゃねぇか」

「今はどれも可能性の域を出ないけど、俺達が下手に動いてあいつと戦いになったら本当に大賀先生を巻き込みかねない……だから、今はあいつの狙いを探ることに集中しよう」


 そうこうして、しばらく御城坂の通りを歩いていると、前方の二人が見るからに豪華なレストランの中に入っていった。


「ディナーデートか。まあ、時間的にも定番といえば定番だね」


 中の様子をうかがうことはできないが、怪しい場所とは言い切れないラインだ。


「神っちがデートの定番を把握してるの、なんか解釈違いなんだけど」

「なんでさ」


 深夜は心外だと言わんばかりの態度だが、彼の知識はあくまで今は亡き宮下栞里(しおり)にさんざん聞かされた「理想のデートプラン」の受け売りだ。

 つまり、実体験にもとづいたものではないので、笛場の感想もそこまで理不尽とは言えなかった。


「しっかし、外から見てるだけでも高そうなお店だね」


 笛場は感慨深そうに大賀先生達が入っていった店の外観を見上げる。

 少なくとも、高校生がぞろぞろと気軽に入れそうな雰囲気ではない。


「あー、うん。すっごく高かったはず……」


 そんな深夜達の予想を裏付けるように、灯里がボソリと呟く。


「アカリン、このお店に来たことあるの?」

「昔、お姉ちゃんの誕生日に家族で行ったことがあるんだけど……メニューにお値段が書いてなかった……」


 四人は互いに持ち合わせを確認することすらせず、顔を見合わせた後、無言で目の前のレストランを見上げた。


「そうなると、中までついて行くってわけにはいかないね」


 全員の共通見解を深夜が代弁する。


「そだねー。ってか、仮にお金があってもウチらの恰好じゃ門前払いくらいそうだし、今回はここで解散かな。あ、御城坂に来たついでに、ウチらは庶民的にモスドナルドの新メニュー食べに行かない?」

「ごめん、この後用事あるから、俺はパス。灯里と二人で行ってて」


 元々面白半分だったであろう笛場が、真っ先に尾行の断念に同意し、自分達の夕食について提案する。だが、深夜と和道はレストランへの入店は諦めても、大賀と花菱を置いてこの場を離れるというわけにもいかなかった。


「オッケー、じゃあまた明日ね。行こ、アカリン」

「あ、あの私、今はダイエット中で!」

「いらないいらないー、シェアして三種コンプしようぜー」

「いるよ! っていうか、二人だったらシェアしても、一人一個以上だよね!」


 口では拒絶しつつも、半ば強引に連行される灯里を見て、今ばかりは笛場の強引さに感謝したくなった。


「さてと、ラウムとセエレ呼んで、二人が出てくるのを待とうか」


 深夜は改めて高級レストランに目線を向け、ポケットからスマホを取り出す。

 あとは家を出る時に、「ついてくるなよ」と釘を刺されたラウムが拗ねてなければいいのだが。


 ◇


「今日はありがとうございました。あんな立派な料理までご馳走になってしまって」

「いえいえ、こちらこそ。急な見合い話をお受けいただき、ありがとうございます。ご興味があれば、今度は和食の良い店も知っていますので」


 夜も更けて人が減ったこともあり、レストランから出てきた二人の会話が少し離れた深夜達にも届いてきた。


「ふーん、結構いい雰囲気じゃーん」

「二時間も一緒にいたからか、喫茶店ではじめて会った時より打ち解けてるっぽいね」


 とりあえず、深夜達の目が離れている間になにかトラブルが起こった様子はなく、二人は普通に食事と談笑を楽しんできたようだ。


「何の話してたんだよテメェ。俺はヒナちゃんと二人で飯食ったことなんてねぇんだぞ」

「直樹がこんなにイライラしてるの、はじめて見たんだけど」

「俺もはじめてだよ……」


 大賀先生の身の安全が心配というのがもちろん一番の理由なのだろうが、そこはかとなくそれ以外の感情が滲みだしているので、深夜としては何とも対応に困っていた。


「どうやらここで解散するようです」

「セエレ、ヒナちゃんがなんか妙なことされてるような様子はないか?」

「男のほうからは別荘地の時と変わらず、悪魔の匂いがしますが……大賀様から魔力の気配はありません。魔道具を受け取ったり、異能の影響を受けているということはなさそうです」


 セエレの見立てでは、大賀はひとまずはなにもされていないらしい。

 そして、ついでに彼女が悪魔憑きである可能性も完全に払拭された。


「今更だけど、もしかしてラウムやセエレの気配で向こうに気付かれてる可能性ある?」

「あー、それは大丈夫だと思うよ」


 ラウムやセエレがこの距離で魔力の匂いを感知できるのなら、逆もまた然りなのではという考えが浮かぶ。だが、深夜のその懸念をラウムが否定した。


「言い切ったね。なんで?」

「匂いの濃さ的にアイツが悪魔と結んだ契約はフェーズ2だから」

「フェーズ2ってことは、魔道具持ちってことか」

「そう。そして、魔道具に宿るのは異能と魔力だけで、そこに悪魔の意識は存在しない。悪魔の意識がない以上、魔道具単体じゃ魔力の感知はできないってわけ」

「なるほどね。魔力感知は異能じゃなく、悪魔の意識に依存してるってことか」

「うん。それに、今回はコレクター女の時みたいに複数の匂いが混ざってる感じもないから、『実は憑依契約もしてました』なんてこともないはずだよ」


 セエレも無言でうなずいき、ラウムの言葉を補強する。

 つまり、魔力が理由で気付かれる心配はない、ということらしい。


「そっか。じゃあ、先に花菱の方を押さえよう……ラウム、小声で詠唱」

「おっけ、オッケー」


 周囲に人の気配がないことを左眼の未来視も含めて確認してから、ラウムを大剣の姿に変化させる。


「あのヤロウ。ヒナちゃんに何する気だったか吐かせてやる」

「では、先陣は私めが」


 セエレがそう言って、どこからか大振りなサバイバルナイフを取り出し――シュンッと風を切ったような音だけを残し、その姿が消えた。


「動くな。手を頭の後ろで組め」


 異能による瞬間移動で花菱の背中に張り付いたセエレは、その首筋にナイフの刃を当てて低く囁く。


「この声……セエレ嬢っすか。ってことは……」


 花菱は驚いたように呟きながらも、大人しく指示に従った。

 その反応から察するに、どうやら深夜達の監視も、この襲撃も完全に予想外だったらしい。


「久しぶり。自己紹介はいらないよね」

「おいテメェ。ヒナちゃんに何の目的で近づきやがった! ことと次第によっちゃ許さねぇからな!」


 深夜と和道はそのまま物陰から飛び出し、変装したままの姿で花菱の正面に立つ。


「あの……失礼ですが、どちらさんで?」


 二人は互いを見合わせたあと、無言でサングラスとカツラを外す。


「……ここと次第によっちゃ許さねぇからな!」

「和道、それさっき言ったよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ