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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
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序幕 大賀比奈の憂鬱②

「「お見合い!?」」


 二人の過剰なリアクションを受け、笛場は露骨に「しまった」という表情を浮かべる。


「あっちゃー。これはあんまり言わないほうがいいと思って気を付けてたんだけどなぁ」

「お見合いって……あのお見合い?」


 深夜も叫びこそしなかったがその言葉に受けた衝撃は大きく、思わず確認を取ってしまう。


「他にどんなお見合いがあるかわかんないけど、神っちが想像しているお見合いだと思うよ。今風にいうと婚活」


 どうやら、本当に大賀先生にお見合い話が持ち上がっているらしい。

 それは確かに単純な仕事の疲れだけでなく、心労も溜まって当然だ。


「おみあい……こん……かつ?」

「りーちゃん、それホント?」


 呆然自失となって口から生気が抜けかけている和道。

 それとは真逆に、灯里は逆に目を輝かせて友人に詰め寄った。


「本当だけど……他の人には内緒だよ?」

「笛場って、そういう噂話に詳しいよね……どこから聞き出しているの?」


 彼女とは中学の時からの付き合いだが、今思えば当時から誰と誰が交際しているだとか、教師間の恋愛模様だとか、そういう事情に長けていたような気がする。


「そこはホラ、自然と耳に飛び込んでくると言いますか」

「俺の耳には、そんな情報入ってきたことないんだけど」

「今、こうしてウチ経由でちゃんと入ってるっしょ?」

「……確かに」


 いまいち腑に落ちないが、言われてみればその通りでもある。

 というか、そう言われては”噂とはそういうもの“なのだと納得する以外になくなってしまう。


「お見合いかぁ……漫画とかだと、すっごい大企業の御曹司とかがお相手だったりするよね!」


 愛読している恋愛漫画でも思い出しているのか、灯里は声を弾ませてそんなことを言いはじめた。

 見開かれた瞳はキラキラと輝き、頭の中では様々な理想のシナリオが展開されているのが手に取るようにわかる。


「やっぱり、女の子的にはお金持ちの方が魅力あるの?」

「んー……お金があるからいいっていうんじゃなくて……」


 灯里は腕を組んで考え込み、言葉を選ぶように自分の嗜好を言語化した。


「色んな女の人にモテるような特別な人が、それでも普通の女の子を好きになる……ってシチュエーションにときめくんだよね」

「でもそれって……色々と面倒くさそうじゃない?」


 深夜もためしに想像してみたが、思いつくのは、複数の女性が一人の男を取り合う修羅場だとか、金と権力を巡る泥沼のお家騒動といった、お世辞にも楽しそうとは言えない展開ばかりだ。


「お金持ちとか色々な人にモテてるって、トラブルとかも多そう」

「そういうトラブルを一緒に乗り越えるのがドキドキするんだよ! 恋愛ものは!」


 灯里はぐっと背伸びをして深夜に顔を近づけて、拳を握りしめて力説する。

 深夜としては軽い気持ちで尋ねたつもりだったのだが、これがどうやら彼女の琴線きんせんに触れてしまったらしい。


「最初は価値観の違いで喧嘩してたのが徐々に惹かれ合ったり! お金目当ての恋のライバルが現れたり! 家柄の違いで引き裂かれそうになって、二人だけで新しい環境に旅立ったり!」

「俺は平和が一番だと思うけどなぁ……」


 平穏、安寧を理想とする深夜にはその熱弁はいまいち響かなかったのだが、灯里の熱弁は止まらない。

 彼女は更に一歩詰め寄り、深夜を窓際へと追い込んでいく。


「平和じゃダメなの! 波乱や苦悩、全部が大事な恋の思い出になるんだよ!」

「……でもさ、危ない目にあったりしたら、嫌じゃない?」

「もちろん嫌だよ!」

「じゃあやっぱり――」

「でも! 愛はその『嫌』を乗り越えるから尊いの!」


 もはや、灯里の恋愛語りは止まるところを知らない。

 深夜はその勢いに完全にたじたじになってしまい、


――やっぱり、俺には恋愛ってわからないや――


 と確信するのだった。


「えーっと……ちょいとそこのお二人さん」


 不意にかかったその声に、深夜は救いの手が差し伸べられたのかと一瞬期待する。

 しかし、その声の主である笛場は、いつものような軽い調子ではなく、珍しく控えめな口調だった。

 ちらりと見ると、彼女は両手の指先をこすり合わせるようにしながら、言葉を選ぶような態度を取っている。


「りーちゃんはヒナちゃんのお見合いの相手、どんな人だと思う?」


 灯里はまだ熱が冷めていないのか、興奮気味に続きを語り出そうとする。

 しかし、その瞬間、笛場が申し訳なさそうに視線をそらしながら言った。


「あー……盛り上がってるところ悪いんだけどさ……その辺にしないと、直キチのメンタルがもたなさそう」

「え?」


 笛場が指さす方向へと視線を移すと、そこには――


「お見合い……イケメン御曹司……ラブロマンス……俺が先に好きだったのに……」


 両手両膝を床について、壊れたスピーカーのようにボソボソと言葉を吐き出し続ける和道の姿があった。


 その声はまるで感情が抜け落ちたかのように抑揚がなく、よくよく聞くと同じフレーズが無限に繰り返され続けていた。

 その異様な雰囲気に、彼の周囲だけ空気に黒い色がついているような気すらしてくる。


「だ、大丈夫だよ、和道くん! まだヒナちゃんが結婚すると決まったわけじゃないから!」

「そーだよ、直キチ。むしろ、今は彼氏がいないフリーなのが確定したようなもんじゃん」

「いや、たとえフリーでも和道と大賀先生じゃ、生徒と教師以前に未成年と大人だから法的にアウト……」


 この国の法律ではたとえ両者の合意があろうと、大人と未成年の恋愛は大手を振って認められてはいないはずだ。


「深夜くん! 恋っていうのは、何が起こるかわからないものなんだよ!」

「いや、だから。何か起こったら大賀先生が捕まっちゃうんじゃ……」

「神っち、正論パンチストップ!」

「うぅ……うぅ……なぜ、俺はあと七年早く生まれてこなかったんだ……」


 気づけば、いつのまにか和道は両膝を抱えた体育座りの格好でうずくまっていた。


「ほらー、神っちのせいで直キチ泣いちゃったじゃんよー」

「これ、俺が悪いの……?」


 深夜としては何も悪いことは言っていないつもりなので、この非難にはまったく納得できないでいた。


「そりゃ、好きな人がお見合いするなんて聞いたら誰だってショック受けるものなんだから、こういう時こそ嘘でも慰めてあげないとさ」

「最初に言い出したの笛場なのに……」


 そもそも、彼女がお見合いという言葉を漏らさなければ、こんなことにはならなかったのに、と一応ボヤいてみるがその反論を汲んでくれる人はこの場には誰もいなかった。


「えーっと……大賀先生、年下がタイプだってこの前言ってたよ」

「いや、神っち。もうちょいマシな慰め方あるでしょ。この流れだったらホントのことでも嘘っぽく聞こえるじゃん……」


――実際、嘘だし――


 深夜が大賀先生に異性の好みを聞く機会などあるわけがない。

 しかし、いつまでも和道に落ち込まれていては帰るにも帰れない。

 深夜は、ごほんと一回咳払いして空気を変えるつもりで、声色を明るくするようにつとめた。


「まあ、気になるのはわかるけど、肝心のお見合いの場所も日時もわからないんじゃ、俺達にはどうしようもないでしょ?」

「そりゃ、そうかもしれないけどさぁ」


 和道もショックを受けてはいても、その辺りはちゃんと理解しているらしい。


「気にするだけ無駄なんだから、今日はもう帰ろうよ。明日も補習はあるんだからさ」


 そうして何とかその場を収め、午後からはゆっくり寝ようと家に帰った深夜だったのだが……。


 ◇


「いや、夕飯前にいきなり御城坂みしろざかにまで呼び出してきたとおもったらさ……みんな揃って何してんの?」


 突如として深夜に届いた笛場からのメッセージ。

 それに従い、霧泉むせん市から電車に乗り御城坂市の喫茶店までやって来たところ、学校で別れたはずの三人が揃ってボックス席に座っていた。


「神っち! 変装してきてって言ったでしょ」

「いや、マジで何してんの?」


 しかも、三人の格好は制服でもなければ、見慣れた私服でもなかった。


 灯里はいわゆるサブカル系ファッションというべきか、血飛沫デザインの派手めなオーバーサイズのトレーナー姿。


 笛場は逆に普段の快活な印象とは真逆、『文学少女』といった感じに落ち着いた雰囲気のジャンパースカートに伊達メガネの装い。


 最後の和道はアロハシャツに加えて……なぜかロン毛のカツラをつけていた。


「なにって、ヒナちゃんセンセーのお見合い相手の確認に決まってんじゃん」

「あれ、今日だったんだ……っていうか、笛場のその情報網って本当にどうなってるのさ……」


 さっきは「噂は自然と流れてくる」みたいな発言を信じそうになった深夜だったが、流石におかしいと確信する。


「そこは企業秘密」


――今すぐ帰りたい――


 それが深夜の正直な本音だ。

 だが、完全に悪ノリで楽しくなっているこの三人を残して帰った場合、大賀に迷惑をかける可能性がある。

 ただでさえ大変そうな彼女に、更にそんな負担を強いるのは忍びない。


「あぁ……面倒くさいなぁ、もう」


 説得して全員で帰るのが理想だがそれはムリだと諦め、深夜はボックス席の和道の隣に腰を下ろした。


「それで……大賀先生はどこ?」

「その前にコレを付けろ……」

 そう言って、和道が差し出したのは黒丸のサングラス。


 顔をあげると、向かい席の女子二人が期待を込めたまなざしでこちらを見ていた。


「はぁ……わかったよ」


 深夜は渋々ながら受け取ったサングラスをかける。


「神っち、そういうワル系統も意外とアリだね。ピアスとか興味ない?」


 笛場がそう言っている隣では、灯里がブンブンと赤べこかのように首を上下に振っている。


「興味ないよ。そもそも校則違反だし。っていうか、わざわざ自分の体に穴開けるなんて、痛そうだから絶対に嫌だ」

「残念……でも、今度神っちの服をみんなで選ぶのもありかもね」

「俺じゃなくて、今日の目的は大賀先生なんでしょ……それで、今はどういう状況なの?」

「ヒナちゃんは向こうの席だ。相手はまだ来てねぇ」


 和道が顎で指し示した先には、一度家で着替えたのか昼間よりも若干フォーマルな服装の大賀の姿があった。

 緊張からだろうか、何度もこまめに手元のジュースのストローに口をつけたりと、落着きがないのがこの距離からでも見て取れる。


「もうすぐ待ち合わせ時間なんだけどね。遅刻するようじゃ減点かな」

「待ち合わせ時間まで把握している笛場のことがそろそろ怖くなってきたんだけど」


 最悪の場合、自分が悪魔に関わっていることも知られているんじゃないか、なんて疑念に薄ら寒さを感じつつ、深夜は何気なく喫茶店の入り口付近に目を向けた。


「神っち、それっぽい人が来たら教えてね」

「ん、了解っと」


【質のいいスーツを着た男がドアをくぐり喫茶店に入ってくる。その男は軽く店内を見回した後、真っ直ぐに大賀先生のいるテーブルへと向かった。】


 十五秒先の未来の光景にだけ映るその男の動きを、深夜の左眼が追う。

 間違いなく、この男が大賀のお見合い相手だ。

 だが、肝心の男の顔に深夜は見覚えがあった。


 ――……これは冗談きついよ――


 フリーズしていた思考が動き出すと同時にドアベルが鳴り、深夜以外の三人の目線も入口に向かう。


「おい、神崎。アイっ――! むぐっ!」


 和道が誰よりも早くその男の姿に反応し、立ち上がろうとする。深夜はそれを咄嗟に押さえ込み、口を手で覆って黙らせた。


――灯里達の前でトラブルを起こすのはダメだ……だけど、どうする――


「わぁ、あの人かな? ちょっとヒナちゃんより年上っぽいけど」

「カッチリスーツ着てるし、もしやマジで若社長!」


 幸い、灯里達は先ほどの和道の行動を「単なる恋敵への嫉妬」からだと思ってくれたらしく、今も無警戒に大賀先生のもとへ向かう男の品定めをしている。


――間違いない。アイツは……蓬莱の別荘にいた悪魔憑きだ。名前は確か……花菱はなびし明日夢あすむ――


 ほんの数週間前に敵対した相手が、今担任教師のお見合い相手として姿を見せている。

 そんなふざけた現実に深夜は眩暈めまいがしそうになった。


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