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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第七章「異能を生む一族」
146/173

序幕 大賀比奈の憂鬱①

大変長らく更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。


今回より、毎週の定期更新を再開させていただきます。


 神崎深夜にとって夏休みとは、冷房の効いた部屋で布団にくるまり、好きなだけ眠ることが許された素晴らしい時期である。

 なので、彼は今まで一度も、夏休み期間中の学校に行ったことがない。


 ――だが、今年の夏は違った。


「あー、やっと補習終わった……」


 出席日数の不足と期末テストの赤点。

 これらの要因が重なった結果、不本意ながらも彼は人生で初めて、補習授業と追試を受けることになったのだった。


「ああ……眠い、ダルい、面倒くさい……憂鬱ゆううつだ」


 夏休み初日、兼補習初日。

 いまさっき三時間に及ぶ追加授業を終えたばかりの深夜は、一人で黒陽こくよう高校の廊下をうなだれて歩いていた。

 廊下は真夏日の外気の影響を受け、うだるように暑い。


 その熱気に加えて、窓の外からは野球部の野太い掛け声とセミの大合唱。校内は校内で、吹奏楽部やら軽音楽部やらの楽器の旋律がゴチャゴチャと鳴り響いており、その騒がしさも不快指数を上げることに貢献こうけんしていた。

 夏休みの学校というのはもっと静かなものだと思っていたのだが、実際はむしろ逆だったらしい。


「はぁ…………」


 しかも、補習の理由が自身の怠惰たいだによるものではないとなれば、ため息も出るというものだ。

 この数か月の間に深夜の周囲で起こった、悪魔と魔導書に関する数々の事件。

 それさえなければ、約半数の教科で赤点を叩き出すなんてこともなかっただろう。


「さっさと帰ろ……」


 不満は色々あるが、それよりも今は冷房の効いた家に帰りたい。

 そんな気持ちで頭をいっぱいにして、深夜は誰もいないであろう一年三組の教室の扉を開く。

 しかし、そんな予想に反して、冷房の心地よい冷気と聞き馴染みのある声が彼を出迎えた。


かみっち、おつー」


 暑さに負けてずっと下を向いていた顔を持ち上げ、深夜は教室の中心を見やる。

 するとそこでは、三人の友人達が机を突き合わせて座っており、彼らは揃って、扉の前で立ち止まっている深夜に「さっさと入れ」と手招きのジェスチャーをしている。

 ひとまずその指示に従って一歩教室に踏み入る深夜だったが、その表情には驚きと困惑が入り混じっていた。


和道わどう灯里あかりは今日は二時間だけだったよね? 先に帰っててくれてよかったのに」


 三人の手元を見るに、コンビニで買ってきたお菓子をつまみつつ、スマホゲームか何かで遊んで時間を潰していたようだが、それにしたって一時間も待たせてしまったとわかると申し訳なさが勝ってしまう。


「何言ってんだよ神崎、俺達が補習仲間を置き去りになんてするわけないだろ」

「そうだよ深夜くん。私達、補習仲間なんだから」


 そんな深夜の罪悪感を他所に、和道直樹(なおき)宮下みやした灯里はそれはもう嬉しそうな笑顔で深夜を迎え入れ、空いている椅子に座るよう促す。

 『補習仲間』という言葉を殊更ことさらに強調して。


「その仲間意識、なんか嫌だな……」


 誘われるままに椅子に座ると、そんな三人のやり取りを一歩引いたところで眺めていた笛場ふえば莉人りひとが、棒付きのキャンディをくわえてニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


「いままでは、ウチと神っちが二人の補習待ちしてる組だったっしょ。だから、神っちの補習待ちなんて、ガチのレアイベントなんだもん」

「他人事と思って面白がって……」


 これがクラス一位の余裕か。

 しかし、その余裕な態度が仇となったのか、灯里の狙いは笛場へと移行する。


「せっかくだからさ、もうりっちゃんもこっち側においでよ。仲間外れは寂しいでしょう?」

「あはは、ウチは遠慮しときまーす」


 自分が補習組から脱するのではなく、友人を補習組に引き込もうという発想に至るあたり、彼女の勉強嫌いも本当に筋金入りだ。


――いまから、灯里の大学受験が心配になってきた――


「っていうか、笛場は補習受けてないんだよね」

「うん」

「……なんで学校に来てるの?」


 和道と灯里がまだ残っていたことも驚きだが、それよりも謎なのは彼女がこの場にいることだ。

 深夜の記憶が正しければ、彼女は部活にも委員会にも所属していないはずなのだが。


「決まってんじゃーん。みんなで海に行く予定を詰めるためだよ」

「あぁ、期末テストが終わった時に言ってたやつか」

「アレ、本気だったの?!」


 笛場の言葉を聞き、灯里は目を見開いて大声をあげた。

 というか、二人は今まで一緒にいたはずなのに、彼女が学校に来ている理由を聞いていなかったのか。


「ウチらも高校生になったんだし、一夏の思い出とか作っときたいじゃん。アカリンは嫌?」

「嫌じゃないんだけど……水着は色々と準備が……」


 灯里は手に持っていたクッキーを静かに箱に戻しつつ、目線を明後日の方向に向けてしまった。


「海って、なんだよそれ。俺は初耳なんだけど」

「和道はその時はまだ入院してたからね」


 一人蚊帳の外になりかけている和道に、深夜が事のあらましを説明しようとした直後、教室の外から何かが崩れ落ちたかのような大きな音が聞こえてきた。


――まさか悪魔憑き……?!――


 その突然の音を受け、深夜の肩に思わず力が入る。


「うわっ、びっくりしたぁ。アカリン、大丈夫? 驚いてお菓子のどに詰まらせたりしてない?」

「りっちゃん……それはちょっと私を子ども扱いし過ぎだと思いますよ……」

「俺、ちょっと見てくるわ」


 和道もその音に何か不穏な気配を感じたようだが、じっと警戒する深夜とは対照的に、彼はすぐさまその音の出どころである廊下へと飛び出した。


「あ、和道。ちょっと、待って!」


 本当に悪魔関係のなにかだったらどうするのだ。とまでは灯里達の手前言えず、深夜はやむなくその後を追って廊下に出る。

 そこで彼の目が目撃したのは、廊下一面に散らばっている無数のプリントと、それを拾い集めようとしている女性教師の姿だった。


「ヒナちゃん!」


 和道が真っ先に、それが自分達の担任である大賀おおが比奈ひなだと気づく。そして、彼はそのまま足早に駆け寄り、プリントを拾い集めるのを手伝いはじめた。


「大丈夫? 何があったんすか?」

「ごめんなさい、驚かせちゃって。でも大丈夫よ、ちょっとふらついて落しちゃっただけだから」


 大賀は和道と深夜の存在に気付くと、申し訳なさそうな顔でこの惨状の経緯を説明した。


「でも、すげぇ音でしたよ? 捻挫とかしてないっすか?」

「だから大丈夫だってば、プリントを落としただけで転んだわけじゃないから」


――誰かに襲われた……って感じでもなさそうか――


 ここ数か月の経験のせいでどうも過敏になっているな、と自分に呆れつつ、何事もなかったことに安堵した深夜も和道に倣って床に落ちたプリントを拾う手伝いをする。

 すると、男子陣の後に続いて廊下に出てきた女子陣二名も、廊下の惨状を見て声を上げた。


「うわっ! なんかすごいことになってるじゃん。ヒナちゃんセンセーどうしたの?」

「和道くん、私も手伝うよ」


 彼女達もプリント拾いに参加しようとしたところで、大賀は一気に慌てだす。

 流石に生徒四人に世話になるのは恥じらいが勝ったらしい。


「そ、そんなおおげさなことじゃないから!」


 彼女は上下も裏表も気にせず、大慌てで残りのプリントをまとめると、深夜や和道が集めた分も奪うように回収し立ち上がった。


「皆、驚かせちゃってごめんなさいね」

「それ、職員室まで運ぶなら、俺が持ちますよ! 廊下はエアコンなくて暑いから、そんなにあると重くてキツいでしょ」


 和道は人懐っこい態度で更なる助力を申し出るが、大賀はそんな彼を片手で制した。


「一人で大丈夫。それに和道君達も補習の後で疲れてるでしょ。ほかに用がないなら早く帰りなさい」

「でも、これくらいならたいしたことじゃ――」

「本当に大丈夫だから!」


 ピシャリと大賀は大きな声を出す。

 それは明確な拒絶の態度。

 深夜達は、さきほどまでの廊下の熱気が嘘のように空気が冷たくなるのを肌で感じた。

 しかし、肝心の大賀もここまで強い言い方をしようとは思っていなかったらしく、彼女もまた、この空気の変化に困惑したような顔をしていた。


「あ……、違うの。これ、教員の研修会用の資料だから、生徒に見せちゃダメなものなの……気持ちは本当に嬉しいから……その、ごめんなさい……」


 そして、明らかに取り繕ったような言葉を並べた末、大賀は逃げるように深夜達の前から歩き去ってしまい、残された四人はその場で顔を見合わせる。


「ヒナちゃん。ああ言ってたけど、ちょっと顔色悪かったよね。大丈夫かな……」


 灯里の意見は深夜達の共通認識でもあった。

 職員室へと向かう大賀の足取りはフラフラと頼りないもので、今度はいつ倒れても不思議ではないように見えた。


「やっぱり色々大変なんだろうね。三木島センセーが急にいなくなって、いきなり担任持ちになっちゃったわけだしさ」


 笛場の言うように、大賀が深夜達の担任になった経緯は、一学期の途中に前任者がいなくなったことによる副担任からの繰り上がり、というかなり特殊なものだ。


「ヒナちゃん、まだ一年目だもんね。お仕事覚えるだけでも大変だろうし……ほかに新任の先生もいないから相談とかも難しいのかも……」


 しかも、そのいなくなった『前任』というのが、新社会人である彼女の教育係でもあったらしい。

 生徒の立場である深夜達にも、彼女に色々なしわ寄せが行っているのは容易に想像ができた。

 あまり教師と親密にならないタイプの深夜も、今回はさすがに心配が言葉に漏れる。


「教師は普通に夏休み中も仕事があるだろうからね……補習とか追試の準備とか」


 現に深夜はほんの二時間前に、大賀の担当教科である英語の補習を受けてきたばかりだ。


――っていうか、悪魔憑きだった三木島をぶっ倒したのが俺だしなぁ……――


 あの時はやむを得なかったとはいえ、そういう意味では深夜は彼女の疲労の原因の一端と言えなくもない。


「疲れてる原因は仕事だけ、ってわけでもないっぽいけどね」


 深夜を慰めるためか、笛場がポツリと言葉を漏らす。


「一人暮らしのことだったり、お見合い話だったりいろいろあるっぽいよ」

「へぇ、ヒナちゃんって一人暮らしなんだ……えっ?」


 その言葉を受け、灯里が発言者である笛場を見つめること数秒後、灯里と和道が声を揃えて叫びをあげた。


「「お見合い!?」」



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