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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
145/173

終幕 Sレポート


「調子はいかがですか、和道さん」

「……あ、雪代さんか。私服姿見るのはじめてで一瞬わかんなかったっす」


 入院中の和道直樹の病室を訪れた雪代紗々は、いつもの協会製黒コート姿ではなく、白黒を基調としながらもかなり涼し気な服装だった。


「ついに正式に立花さんから謹慎を言い渡されまして、武器も服も携帯も取り上げられました」

「なるほど、だから」

「なので、実は和道さんに会いに来るのも褒められた行動ではないので、秘密にしていただければ」

「雪代さんって、意外とその辺キモ座ってますよね」


 協会の息がかかった病院ならいざ知らず、霧泉市の市立病院なら和道本人が言わない限り立花に情報が洩れる心配もない。

 とはいえ、わかっていてもここまで堂々としているのも一種の才能というやつだろうか。


「和道さんも結構お元気そうで安心しました」

「結局、ただの貧血っすからね。今週末には退院も決まりましたし、今はヒマでしょうがねぇっすよ」

「油断はダメですよ。大怪我をしたのは事実なんですから、退院といっても完治はまた別です」

「情けないっすよねぇ。神崎も雪代さんももうピンピンしてるってのに」

「治りの問題ではなく、私はそもそも大した怪我をしなかっただけですから」


 ザドキエルの最初の攻撃は『悪魔憑き』を狙ったものだった。

 故に、あの場で唯一(実は蓬莱もだったのだが)悪魔と一切契約していない雪代はその標的になっておらず、あくまでもその余波に巻き込まれただけの形となり、軽傷で済んでいた。


「……神崎さんは元気そうでしたか?」

「ああ、もうピンピンしてますよ。ラウムとも仲直りしたみたいだったし」


 和道は自らの発言に違和感をおぼえてはいないらしい。

 だが、それもおかしな話ではない。彼はあの現場を見てはいないのだから。


「和道さんって、神崎さんとは長い付き合いなのですか?」

「長いって言うには微妙っすね、三年くらいっすから」

「……その三年間で、神崎さんが何か大きな怪我をしたり、病気になったこととか、ありましたか?」


 和道は雪代のその質問の意図がよくわからないといった感じで首をひねるが、すぐにまあいいかと考え込むのをやめてあっさりと答えた。


「俺の知る限りはないっすよ。ってか、神崎のヤツ、三年間皆勤賞ってくらい健康優良児でしたから」

「そうですか」


 雪代はその答えを受けて、少しだけ考え込む素振りをする。


「なんかあったんすか?」

「あ、いえ。神崎さんって怪我の治りが早いほうだな、と思っただけですので」

「ああ、そういう」


 雪代は意識的に明るい声色でそう伝え、さりげなく話を打ち切る。


「では、あまり長居してもご迷惑でしょうし、私はこれで。お菓子はご家族やセエレの分もありますので」

「あざっす!」


 そして、病室を出た雪代は和道に絶対に聞こえないであろう距離になって、息を深く吐く。


「嘘は一つも言ってない、か……自分が神崎さんと同じことをするハメになるとは」


 だが、和道は深夜の友人だ。余計な情報で混乱させるべきではない。


『深夜の怪我の治りが早い』


 雪代が気にしていた本題は間違いなくそれだ。

 だが、問題なのはそれが常軌を逸しているということ。


 彼はほんの数日前にグラシャラボラスによって、腹部を刺し貫かれたのだ。

 しかも、蓬莱邸宅での戦いの後も和道や雪代と違い、彼は何の治療も処置も受けていない。

 それがもう何の支障もなく日常生活を送れているなど、どう考えてもおかしい。


「とはいっても、私も最初は気づかなかったのですが」


 その異常性に最初に気づいたのは雪代ではなく、グラシャラボラスによって負傷した深夜の手術を担当した協会所属の医者だった。

 雪代にとって彼は、悪魔祓いになってすぐの生傷が絶えない頃に幾度となく世話になった気心の知れた相手だ。


『雪代ちゃん。君が連れてきたあの悪魔憑きの少年……何者だ?』


 そんな彼が神妙な面持ちで雪代に恐るべき真実を告げてきた。


『たしかに腹と背中には何かに貫かれたような傷はある。だけど、その内側はもうほとんど塞がりかけていたぞ』


 今思い返せば、それに繋がる違和感はいくつかあった。

 三木島や在原との戦い。

 未来視の異能を持つ深夜は大きな怪我こそ負わなかったが、それでも多少の負傷はあったはず。

 だが、その傷も数日と経たずに完全に治っていた。

 ラウムという悪魔に「傷を治す」などという伝承はない。


「神崎さん、あなたはいったい……」


 現状、彼のその異常なまでの回復能力は『原因不明』として言いようがなかった。

 雪代はその医師に頼み込み、この事実は一旦二人だけの秘密にしてもらうことにした。


「はぁ、まったく。今度こそ、協会をクビになるか十年くらい独房送りになるかもしれませんね」


 この事実を協会の本部に伝えるのは、なにか嫌な予感がしたから。




◇◇



『???』


 無機質な部屋だ。

 壁にはなにもかけられておらず、床はフローリングがむき出し状態。衣服は全てクローゼットの中に納まってる。

 それでもベッドと冷蔵庫だけは置かれているのだが、その二つだけではむしろ、その部屋の無機質さを際立たせるだけだった。


 『衣・食・住が揃っている部屋』ではなく『衣・食・住しかない部屋』。


 その部屋はまさに後者そのものだ。

 夜にも関わらず明りもつけず、防音処理の行き届いたその一室には光と音すらない。


「神崎深夜はラウムとの契約を継続したようです」


 そんな部屋に一つの声が響く。

 どうやら家主が電話中らしい。


『霊骸が出たんだってね』

「結果的に、それが彼らの契約続行の決め手になったものと思われます」

『イレギュラーが良い方向に転がった、ということかな。宮下灯里の方は?』

「そちらも、ラウムとの接触は依然として継続中のようですが……」

『そうだね、不用意に悪魔に近づけば君の存在が露呈する。そちらはあまり深追いはせず、慎重にことを進めてくれ』

『了解しました』


 家主は内心で愚痴る。

 文書媒体の報告書で済む話なのに、どうして今日に限って口頭報告などさせるのだろうか。

 その不満に電話口の相手が気づいたのかはわからないが、彼は話題を大きく変えてきた。


『神崎深夜が天使を殺した。千年は成し遂げられなかった人類の快挙だ』

「……ええ、確認しています」


 神をも恐れぬ、とはよく言ったものだと家主は内心呆れる。


『おそらく天使達が動き出す。我々の計画も歩調を早めることになるだろう。今回の連絡はそのことを君に伝えるのが目的だ』

「私はなにをすれば?」


 もっとも、告げられる答えはわかりきっている。

 聞いたのは定型というか、お約束のようなものだ。


『君は今まで通りの仕事をしてくれればいい。つまり、神崎深夜と宮下灯里、両名の監視と観察だ』

「かしこまりました」


 そうだ、他に自分にできることなどない。

 ほかに生きる道もない。


『今後は更にイレギュラーが増えるだろう。この二人に関する最終決定権は君に預けよう。頑張ってくれたまえ』


 最後に形ばかりの労いの言葉を残し、その通話は終わった。

 その部屋の家主は携帯を握りしめたままベッドに倒れこむ。


「ああ…………面倒くさい」


 神崎深夜の口癖が思わず漏れ出た。


 ◇


『彼くんに料理を教えることになった。初回は肉じゃが……できるアピールのために、ちょっと見栄を張ったチョイスになったかも。反省。』


 宮下灯里はベッドに寝転がりながら、スマホで習慣化しているSNSの更新を行う。


『今後も定期的に練習会をすることになった。次は何を作ろうかな』


 いままで、『もしも』の理想を書き連ねていた履歴に、はじめて嘘偽りない真実を書き込めた充足感が灯里の表情を緩ませる。


「へへへ……」


 ついにはだらしない声まで漏れてしまうが、その目撃者はベッド周りのぬいぐるみ達だけだ。


「灯里-! お風呂先に入ってー」

「あ、はーい」


リビングから聞こえる母の呼びかけで正気に戻った灯里は、緩む口角を手で押さえつけつつベッドから立ち上がる。

 そうして、勉強机の上に置きっぱなしにしていた姉の日記が彼女の視界に入った。


「……お姉ちゃんは日記にどんなことを書いてたんだろう」


 フェネクスの体内から出てきた姉の日記。

 ラウムからは受け取りはしたが、灯里は最初のページに目を通しただけで、中身は読まずにずっと放置していた。


「んー……でも、流石に人の日記だしなぁ」


 何が書かれているのか、姉は生前どんなことを思っていたのか。妹である灯里が気にならないはずがない。

 だが、相手は故人と言えどプライバシーがある、という遠慮がその興味とぶつかり合い、どっちつかずになっているのが実情だ。


「まさか、私みたいに妄想を書いてたり……とか?」


 たとえばだが自分の死後、日々の妄想を書きなぐったあのSNSアカウントを家族に見られたら、と考えると寒気がしてくる。


「うん。お姉ちゃんの尊厳を守ろう」


 自分のことに置き換えた瞬間に読む気が一気に失せた灯里は、部屋を出るついでにその日記帳を姉の部屋に持っていこうとするが、手が滑ってそれを足元に落としてしまう。


「あいてっ!」


 ハードカバーの結構重めな本だったが故に、なかなかの痛み足の甲を襲いった。

 そして、取り落とした日記はというと、灯里が反射的に蹴り上げてしまったことでドアの手前で開いた状態になってしまっていた。


「不可抗力……これは不可抗力」


 目じりの涙をぬぐいながらその日記を拾い上げようとするが、当然開いている以上はそのページに書かれていることが灯里の目に入ってくる。


――小さい頃の深夜くんのこととか、書いてたりして――


『――動物実験は成功。対象から異能の発現が確認された』


 だがそれは、灯里の想像していた日記の一文とはあまりにもかけ離れていた。


『経過の観察は大賀皐月氏の契約悪魔であるフェネクスが担当――』

『――倫理的な観点から実験の継続は中止を決定――』


 灯里にはその書かれている言葉の意味が難解で、ほとんど理解できなかった。


『――異能の遺伝については、別紙資料を参照し――』

『――高濃度の魔力による魂の汚染――』

『――もっとも現実的な手段は天使の霊核を生体へと移植する――』


 だが、そのページに書かれた最後の一文だけは、辛うじて理解できた。


『――この理論に基づけば、人間を後天的に異能者にすることが可能となるだろう』

筆者あとがき


 皆様、いつも本作をご拝読いただき誠にありがとうございます。

 今話で六章が終わり、深夜達悪魔憑きが霧泉市で行ってきた戦い、それらに端を発する後処理もひと段落がつきました。


 ここでまたになってしまいますが、執筆環境の調整と同人書籍版の作業のため一か月ほどの休載期間をいただかせていただきます。

 楽しみにしてくださっている方には非常に申し訳ありません。


 続く七章以降では深夜達は『新たな脅威』と戦うことになる予定です。

 今後とも「いつか神を殺すまで」をどうかよろしくお願いします。

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