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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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終幕 ―三雲― あの日の誓い


 ああ、ダルい。


 それが三雲零が目覚めて最初に抱いた感情だった。


「あの世……にしちゃ、体がクソだりぃな」

《レイ、大丈夫?》


 その声で彼の覚醒に気づいたダンタリオンが赤い瞳で三雲を見下ろしている。


「リオンもいる……ってことは、協会に捕まったってわけでもなさそうだなぁ」


 三雲は内心の安堵を態度に出さないように気を付けつつ、気怠い体に鞭打って上体を起こし、周囲を見回す。

 そこは病院の個室らしかった。規模感は都市部の小さな診療所程度だろうか。


「俺は何日寝てたんだぁ?」

「三日よ。とはいっても、霜倉にやられたっていうよりは、過労で寝込んだって感じだけど」

「……テメェは」


 ダンタリオンに聞いたはずの質問に代わりに答えたのは、三雲に霜倉の情報を流してきたバーのマスターだった。


「おはよう、三雲零くん。あぁ、自己紹介がまだだったわね。私の名前は紅巻べにまき桃花とうか。モモちゃんでも、桃花でも気軽に呼んでくれていいわよ」


 しかも、彼は派手な服装の上に白衣を身に着けて病室の出入り口に立っている。

 ここから推測するに、彼こそがこの病院の主であり、三雲を治療した張本人なのだろう。


「テメェ、医者だったのか?」

「ええ、一応こっちが本職。アッチは趣味よ」

「医者が趣味で酒売ってんじゃねぇよぉ」


 三雲は少しずつだが、意識を失う前の記憶が戻ってきていた。

 たしか、ホテルの一室で低体温症で死にかけていたところを、この怪しげな医者とその仲間によって助けられたはずだ。


「っち、余計なことを」

「命の恩人の前でその言い草はないんじゃなくて」

「それでぇ? テメェらは俺達に恩を売ってどうしようってんだぁ?」

「そうね。会議の途中だったから、ちょうど別室にみんないるわ。続きはそこでしましょうか」


 そう言って紅巻が差し出してきた歩行補助器を三雲は払いのけ、自らの足だけで立ちあがる。

 だが、三日も寝たきりだった身体で無理やり立つのはやはりキツく、今にもベッドに戻って横になりたくなる。


《レイ、無理してる》

「うっせぇ。こんな状況で舐められてたまるか」

「あらカッコいい。じゃあ、ついてきて」


 三雲はダンタリオンと共に紅巻の後を追って歩く。

 診療所、という三雲の予想はほぼ的中しており、病室から一歩出ると小さな町医者特有の医療器材が置かれて狭くなった廊下がそこにあった。


「こっちよ、足元気を付けてね」


 かといって普通の診療所というわけでもないらしく、紅巻が三雲達を案内したのは診察室や待合室ではなく、地下へと向かう細い階段だった。

 それをダンタリオンの支えを借りつつゆっくり降りていくと、彼らは数日前三雲が訪れた地下のバーにたどり着いた。


「あのバーと直接繋がってたのかよ」

「連れて来たわよ、峰山みねやま社長」


 紅巻はそう言って、バーカウンターの向こう側へと移動し、カウンターに座る一人の男がそれに答えた。


「桃花、その呼び方はやめてくれ。彼に誤解される。」

「そうね、ごめんなさい。配慮が足りなかったわ」

「あと一応、俺は社長じゃなくて会長だからな」


 くるりと椅子を回転させ、その男は三雲に向き合う。


「前回は慌ただしかったから、改めてはじめまして、だな。三雲零」


 若い男だ。二十代か、下手をすれば大学生にも見えなくはない。

 だが同時に、その年代の青年程度では到底持ち得ないオーラ、品格のようなものを同時に持ち合わせている。奇妙な男だ。


「さっきから気になってんだけどさぁ。テメェらはなんで俺の名前を知ってんだぁ?」


 三雲は正体を隠すため、バーの中に入る時は常にダンタリオンの異能で姿を偽装していたし、名前も偽っていたはずだ。


「ああ、それ? 実は俺達もお前の身元がわかったのはつい最近でね」

「あぁ?」

「お前に頼まれて音無撫子を調べただろ。その時に彼女の近辺に行方不明になっている人間が二人いることがわかった」


 そういうことか、と三雲は内心で悪態をつく。

 音無撫子の救出は一刻を争ったが、それが結果的に三雲の素性を彼らに知られる決定打となってしまっていたということらしい。


「っち……じゃあ、始のことも」

「調べたよ。夕凪始、記録の上ではお前にとっては血の繋がらない兄にあたるのかな」

「…………」

「全寮制の学校に通っていたお前達二人は昨年の十二月、突如として行方不明になった……俺達が調べられたのはここまでだけどな」

「何なんだよ。テメェは……テメェらは」


 この男の発言に間違いはない。

 だが、そこまで三雲の背景を調べる理由が、この男達の狙いがさっぱりわからない。


「俺は峰山みねやま久郎くろう。悪魔憑きによる相互扶助組織『七曜会しちようかい』の発起人だ」

「……七曜会?」

「そ、曜日に上下が無いように。星に優劣が無いように。対等に、互いの目的のために協力しあい、利用しあう。そういう理念の組織。まあ、いわゆる「悪の秘密結社」ってところだ」

「曜日に上下がねぇって、日曜が最強だろぉ」

「ははっ、そう言われるとは思ったが、安心してくれ。日曜日はここにいないヤツが担当で永久欠番だ。俺が月曜で、桃花が火曜……」


 峰山久郎と名乗ったその男は楽し気にバーの隅に置かれたソファに目線を向ける。


「そんであっちにいるのが水と木」


 そこには三雲が気づいてなかっただけで最初からいたらしい人影があった。


「俺には五人いるように見えるんだけどなぁ?」

「二人が人間、残り三人は悪魔だ」

《彼の言ってることは本当。あの二人が悪魔憑き》


 ダンタリオンもまた、魔力感知で峰山の言葉を補強する。


「なるほどね……で、金曜と土曜日担当は?」

「金曜日は急な要件で今日は別行動中。そして、土曜日候補は……お前だよ、三雲」


 それこそが、三雲をこの場に呼んだ本題だと峰山は告げる。


「実体化した悪魔ダンタリオンの契約者であり、教導学塾という組織をまとめ上げて魔王の召喚一歩手前までこぎつけた。力も頭も俺達にとって非常に魅力的だ」

「ワリィが、人の下につくなんざまっぴらゴメンだねぇ。テメェみたいにいけすかねぇヤツなら、なおさらだなぁ」


 そもそも、三雲に他人に手を貸す余裕などない。

 始を殺したメカクレを探し、復讐を果たすことだけで手一杯なのだ。


「おいおい、桃花。やっぱり誤解されたじゃないか」

「あら、ごめんなさい。場をなごませるジョークのつもりだったのだけど」


 と峰山と桃花は笑い合う。

 彼らはまだ、三雲の拒否をそこまで深刻には受け止めていないといった感じだ。


「さっきもいったが、俺達に上下はない。俺達にはそれぞれ、どんなことをしてでも叶えたい望みがある。そのために形式上の指示というか役割分担は発生するが、それを強制する気はない。嫌なことはしなくていいし、やりたいことだけやってくれて構わない」


 つまり、あくまでも関係は対等であり、最終決定権は常に三雲の意思にある。と峰山はそう言っているらしい。


「……テメェらの仲間になって、俺達にメリットは?」

「そっくりそのまま同じことだよ。俺達もお前の望みを叶える手助けをする。お前の親友の仇、俺達が探してやるよ」

「…………」

《レイ……》


 ダンタリオンは静かに三雲の肩に手を置き、その顔を見上げる。

 三雲に迷う余地などなかった。


 ああ、そうだ。あの日、ダンタリオンと契約を交わした時に誓ったではないか。

 自分は弱い。

 三雲零は誰も彼もを救える正義の味方にはなれない。

 この手に収まるのはきっと、()()()()()()()()()


 だから、全てを守る『善人』の道ではなく、全てを切り捨てる『悪党』の道に進むのだと。

 ならば、プライドなんてものは一番最初に切り捨てたはずではないか。


「いいぜぇ。その話に乗ってやる」


 ダンタリオンは無言で三雲の手を握り、峰山は何も言わずに笑みを浮かべて、三雲の決断を見届ける。


「テメェらの目的が何だか知らねぇが、思う存分利用し尽くしてやらぁ」

「俺達の仲間になるなら百点満点の答えだ。歓迎するよ、三雲零。そして、あらためて――」


 それが親友の仇に繋がる最短ルートなら、三雲がその道を選ばない理由はない。


「―― 七曜会へようこそ。だ」


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