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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第十九話 三日目 深夜⑥


「まさか、灯里と深夜が知り合いだったなんて……」


 ラウムのぼやきはセミの鳴き声に紛れて、青空へと消えていった。

 ここ最近、一人でいるときはずっと屋根の上で考えごとをしている気がする。


「なんで次から次へと悩みの種が増えるのよ!」


 灯里に相談して深夜に対する気まずさを解消するつもりだったのに、気づけば何故か事情がさらに複雑になってしまっている。

 なぜだ。


「私と灯里が友達だってバレたら最悪、深夜に私が殺される……」


 和道とセエレが契約した時も、深夜は本気で嫌がっていた。

 灯里とラウムの交友も深夜が知ればすぐにやめさせようとするだろう。


「あーもー! 面倒くさい!」


 ラウムはわざと深夜の口癖を使い、イライラを吐き出すように叫ぶ。


「っていうか、私は元々人間関係とかウジウジ悩むタイプじゃないし!」


 もういい。もうこうなったら正面からぶつかってやる。とかなり自暴自棄気味ながらも方針を決めたラウム。

 そんな彼女の魔力探知に微かな気配が引っかかった。

 相変わらず天使の霊核のせいで膜に覆われたように不明瞭かつぼやけているが、真後ろから膨大な魔力の気配がすれば、流石に今のラウムでも気づける。


「ちょっとセエレ、なんでアンタはいつも人の背後に……」


 魔力の量からそこにいるのはセエレだろうと油断しきっていたラウムは、振り返った先にいた、自分の姿に一瞬だけ戸惑い、その接触を許してしまった。


「っ……これ、霊骸!?」


 触れられたのは数秒にも満たない時間だった。

 だが、その数秒でかなりの魔力がこの体から奪われたのだとラウムはその身で実感する。


――そういえば、フェネクスがこの街の魔力が澱んでるとかいってたわね――


 ラウムと深夜が倒してきた悪魔の魔力。おそらくこの霊骸はその残滓から生まれたものだ。


「だとしてもさ……ほんと、センスさいあく」


 ラウムはこれ以上の接触を避けるため霊骸から距離を取り、改めてその姿を観察する。

 濡羽色の髪、琥珀色の瞳、血の気の感じない白い肌。

 霊骸が模したのはラウムの姿そのものだった。

 かといって鏡あわせと言うと語弊が生まれる。

 例えば髪色。本物のラウムは天使の力を取り戻した影響で髪の色が白混じりに変わっているが、霊骸の髪は黒一色だ。そのほかにも両者の服装も違うし、霊骸はラウムのお気に入りである羽の髪飾りも付けていない。


「本当に……バカみたい……」

「昔の自分って、そっくりの偽物よりムカつくんだけど」


 もちろん、そんな風に悪態をついたところで、自我のない霊核には何の意味もない。


「ってか、この状況ちょっとマズくない?」


 霊骸に直接触れてしまえば魔力を奪われる。

 だが、今のラウムには直接殴りかかる以外、霊骸に対する攻撃手段を持ち合わせていない。


「ってことで、逃げの一手!」


 ラウムは即座に「戦うだけ無駄」と判断を下し、屋根から屋根に跳躍して霊骸から離れることを選んだ。

 しかし、霊骸もまた、ラウムという最上級の獲物を逃すつもりはないらしく、同じように人外の跳躍力をもってその後を追った。


「っていうかあの霊骸、めちゃくちゃ育ってない?!」


 天使の霊核のせいで魔力探知が鈍っているラウムだが、それでもあの霊骸が内包している魔力量が膨大なことが肌で感じ取れる。

 なにしろ、彼女が一瞬とはいえ悪魔だと誤認するほどなのだから。


「あー! もう、もっと早く気付いてれば早めに潰してたのに!」


 魔力探知能力の低下さえなければ、ここ数日霧泉市から離れていなければと歯噛みするが全てあとの祭りだ。


「今からでも深夜のところに……」


 幸いにも霊骸はラウム以外の人間には目もくれていない。これなら、他人を巻き込まずに誘導できるだろう。

 だが、そこまで口にしておきながらラウムは内心で自問自答する。


――けど、深夜は私と一緒に戦ってくれるかな――


 それはラウムの中でくすぶっていた不安。深夜から逃げ続けていた理由。

 結局はそこに帰結した。


――もし、深夜が私との契約関係を辞めるって言ったら……その時は――


「わたし、どうすればいいんだろう?」


 この緊急事態に、先延ばしにし続けてきたその思考に囚われたのが不味かった。


「私は……」

「しまっ、追いつかれた!」


 わずかな躊躇いがラウムの足を緩め、それが結果的に既にラウムと同じ身体能力に至った霊骸の接近を許してしまった。


「私は天使なんかじゃない……バケモノだよ」


 霊骸はラウムの記憶から読み取った言葉を口にしながら、ラウムの右腕を掴み、それを食い千切った。


「あ……」


 右腕が消失し、ラウムは体のバランスを崩してしまい、次の屋根への着地に失敗し、足を滑らせてしまう。

 翼を生み出すには時間も魔力も足りない。

 ラウムの体が、背中から地面に吸い寄せられていく。


「やば……」


 ――落ちる


 ――墜ちる


 ――堕ちる。



「ラウム!」


 その背中を両腕で抱えるように、汗だくになった深夜が受け止めた。


「あ、無理。重い」

「えぇ!」


 だがしかし、深夜の貧弱な体でそう都合よく受け止めきれるはずもなく、二人はもつれるように地面に転がった。


「あたた……深夜ぁ! そこはかっこよくお姫様抱っこで受け止めてよぉ!」

「腕一本なくなってたからいけるかなと思ったんだけど。まだ十分重かった」

「さっきから女の子に対して重い重いって、本当に深夜ってばデリカシーないよね!」


 体のあちこちにできた擦り傷を撫でて顔をしかめながらも深夜は立ち上がり、屋根の上に残った霊骸を見上げる。


「……今更だけど、屋根の上に乗ってる方が霊骸で、こっちのラウムが本物でいいんだよね?」

「ラウムちゃん、あんな死んだ魚みたいな目してないもん!」

「初めて会った時はあんな感じだった気がするけど……まあ、こんなにうるさいなら間違いないか」


 そうして、深夜はまだ地面にへたり込んだままのラウムに手を差し伸べる。


「行くよ、ラウム。あの霊骸が他の人を巻き込む前に倒す」


 ラウムは残った左腕でその手を取ろうとするが、指先が深夜の手に触れる直前でピタリと止まる。


「本当に、いいの?」

「なにが?」

「私はまだ天使になってない。だから、私の力を使えば、また深夜は大切な人との繋がりを失うよ?」


 ラウムの脳裏によぎるのは記憶を取り戻した深夜の慟哭。

 深夜もまた、思い出したものは同じだった。


「……ごめんラウム」


 深夜の短い謝罪にラウムは微かに目を見開く。


「あの時は俺の覚悟がまだ足りなかった。お前に全部やるって言ったのに、失くしたことを後悔した。だけど……もっと大事なことも思い出した、俺が守りたいのは『過去』じゃない」


 深夜は戸惑うラウムの手を強引に掴み、その体を引き上げて無理やりにでも立たせた。


「俺は『今』、この世界にいる大切な人を守りたい。そのために、俺にはお前の力が必要なんだ」

「私といると、悪魔だけじゃない、天使や……神も敵になるよ?」

「望むところだ」

「紗々にも小言言われるよ?」

「別にいいよ、聞き流す」

「後悔しない?」


 それがラウムの最終確認。


「後悔しても、その後悔ごと踏み越えていくよ」


 後悔しない。と深夜は言わなかった。

 けれど、だからこそ。その答えはきっと本心だ。


「それに、まだ俺はお前を天使にしてないんだろう? だったら、まだ契約は続行だ」


 その言葉を受け、ラウムは遂にその表情から陰りを消し、口角をあげて歪な笑みを浮かべた。


「じゃあ、最後の最後まで私と一緒にいてもらうよ。いつか神を殺すまで」


 ◇


『 小夜鳴鳥さよなきどりの 伽紡とぎつむぎ 


  しきいとしき あまひか


  ときわれども わするまじ


  くら羽衣はごろも 涙雨るいうまといて――』


 その謳が紡がれ、魔力の糸へと分解されたラウムが深夜の左手で再構築されていく。

 そして編み上げられる、黒鉄の大剣。


「『さかしまにしずめ ほし天蓋てんがい!』」


 深夜は自らの肉体にラウムの魔力が浸透するのを感じる。

 これで戦える。


「さてと、武装化したはいいけど、この剣の状態でもアレに触れたら魔力を奪われるよね。それでどうやって霊骸を倒すの?」

『簡単だよ、魔力を奪われるのを承知でぶった切ってバラバラにしてやるの!』


 霊骸は大量の魔力が一か所に集まって動き出したもの。

 ならば、存在を維持できなくなるほど細かく切り分けてしまえばいい。


「結局、ゴリ押しじゃないか」


 その対策ともいえないような酷い内容に、深夜は思わず失笑してしまう。


『えー? 深夜はゴリ押し嫌い?』

「面倒くさくないから、結構好きだよ」

『だよね! 深夜ならそう言うと思った!』

「じゃあ、いくよ。ラウム!」

『おっけ、オッケー!』


 深夜は剣を構え、屋根の上にいる霊骸を見上げる。


「……契約……私の……願いは……」


 対する霊骸は更に黒髪のラウムから更にその姿を変化させた。

 全身から黒い魔力を吹き出させ、ぶくぶくと身体を肥大化させていく。

 鋭い嘴が形成され、肉厚な爪が剛腕に宿り、巨大な漆黒の翼が展開され、黄色い眼球が見開かれた。


「が、AぁあああAxああああ!」


 そして形作られた巨大なカラスの化物が吠える。

 その姿は深夜達を脅威と認識したからなのか、あるいはラウムから奪った魔力の影響なのかはわからない。

 ただ少なくとも、霊骸は真っ向から深夜に挑みかかるつもりだということだけはわかった。


『来るよ!』

「ああ!」

「あsがえがyたが!」


 霊骸がノイズ混じりの絶叫と共に屋根の上から、眼下の深夜目掛けて飛び掛かる。

 その体積はゆうに深夜の三倍以上あり、その爪に抉られれば魔力が奪われる程度では済まないだろう。


「はぁ!」


 だが、その爪が深夜の体に触れることはなく。

 逆に深夜の紙一重のカウンターによって、霊骸の右腕は肩口から斬り飛ばされた。


『私の右腕のお返しだよーだ!』

「的をデカくしてくれてありがと……おかげでぶった切りやすくなった!」


 更に返す刀で肩から延びる右翼を切り落とし、霊骸は姿勢を崩して地面に倒れこむ。

 その隙を見逃すはずもなく、深夜は高く跳躍し、霊骸の直上、空高くからその頚椎を目掛けて剣を突き立てる構えを取った。


「お前の終わりは、もう視えた」


 腕力、魔力、そして落下の勢い、その全てを剣先に込め、深夜は霊骸を刺し貫いた。


「はぁ……やっぱ、魔力を奪われるのって疲れるな……」

『深夜、まだ生きてるよ』

「……わかっているよ」


 巨大なカラスの化物の姿を形作っていた魔力はその衝撃で霧散した。

 だがそれでも、霊骸の核ともいえる魔力の塊は存在し、最後に相対する深夜の記憶を読み取り足掻くように姿を変える。


「深……夜……忘れないで……」


 深夜に既に驚きはない。

 宮下栞里の姿になった霊骸の腕を踏みつけ、仰向けのその胸に黒鉄の大剣の切っ先を突き付ける。


「深夜……」


 霊骸は絶えず、深夜の記憶から読み取った宮下栞里の言葉を、意味もわからず吐き出し続ける。


「栞里……ごめん」


 相手が本物の栞里ではないことはわかっている。

 わかっているが、口にせずにはいられなかった。


「わすれ……ないで……」

「多分俺は、また栞里との約束を破るよ」


 ラウムとの契約を続ける以上、いつかまた栞里との関係性を失い、彼女を忘れるだろう。


「だけど……もう一つの約束は絶対に守るから」

「……お願い……」


 霊骸は口角を微かにあげる。

 それも、深夜の記憶から読み取った栞里の真似事だ。


「灯里ちゃんのこと……守って……あげて……」

「ああ、約束だ!」


 決意を込めるように、深夜は大剣で優しく笑う宮下栞里の胸を貫いた。


「……深夜」


 霊骸は完全に消滅し、戦いを終えたラウムは大剣から再び少女の姿に戻った。

 失われたその右腕も完全に復活している。


「ちゃんと代償奪った? いざって時に魔力不足なんて言わないでよ」

「たーっぷり、貰ったよ。ラウムちゃん完全復活! ついでに鼻詰まりも治った気がする!」


――栞里も灯里も……うん、まだ覚えてる――


 忘れたことすら気づけないのだから、この確認に意味などないのだけれど。


「さて、と……俺はこれから霊骸に襲われた友達の様子見に行くけど、ラウム先に家に帰って真昼に謝っといて」

「え、嫌だよ! ラウムちゃん、半月あの家に戻ってないから、滅茶苦茶気まずいんだよ!」

「俺だってお前を連れて帰って来れなかったから、真昼にブチ切れられたんだよ」


 蓬莱での一件のあと、一人で帰ってから深夜は妹に口もきいてもらえていない状況なのだ。


「深夜って、本当に真昼にだけは弱いよねぇ」

「そういうわけだから、ちゃんと帰って謝っといて」

「一人は嫌だよ! 私達パートナーなんだから、健やかなる時も病める時も一緒でしょ!」

「……わかったよ……一緒に謝罪の言葉考えてよね」


 そうして、セミの鳴き声よりも騒々しいラウムの声に懐かしさを感じながら、深夜は彼女と並んで歩き始めた。



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