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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第十八話 三日目 深夜⑤


「げぇ……在原……」


 立花との連絡を終え、図書館の音楽室で笛場を看病していた深夜の前に姿を見せた在原恵令奈は呆れたような声を漏らした。


「悪魔と契約者が揃って同じ反応って、本当失礼しちゃうわね」

「そういや、協会の手伝いするようになったんだっけ」

「前にも言ったけど、私はあくまで和道くんに恩があるだけだから、不満なら帰ってもいいんだけど?」

「ごめん、非礼はあやまる。だから力を貸してくれ、在原」

「……気持ち悪いくらい、いきなり素直になったわね……」


 深夜が一瞬の躊躇もなく頭を下げて協力を懇願こんがんしたものだから、在原は面食らって一歩後ずさる。


「友達が巻き込まれたんだ、俺のわだかまりなんてどうでもいい」

「……そう。そういうことなら理解できなくはないわね」


 『元悪魔憑き』として思うところがあるのか、在原は真面目な顔つきに切り替えて笛場の様子を観察し始める。

 笛場は今、本と上着で作られた簡易枕に頭をのせて横たわり、静かな寝息を立てており、苦しんだりといった様子はない。


「うん、大丈夫ね。命に別状はないわ、ただ疲れて眠っているだけよ」

「よかった……」


 在原の見立てに深夜はひとまず胸を撫でおろした。

 眠っているだけだというのなら笛場のことはひとまずこれから来るであろう救急隊員に任せられる。


「それで坊や、あなた達を襲った妙な偽物はあなた達の知り合いに変身したのよね?」

「ああ……」

「恥ずかしがらずに答えて欲しいのだけど、その変身した姿って、あなたにとって『特別な人』じゃなかったかしら?」


 笛場を襲った時の姿が灯里であり、そして深夜に襲い掛かってくる直前にアレは宮下栞里の姿へと変じた。


「確かに、俺にとっては大事な人達だ……」

「なら、確定ね。立花のおじ様の予想通り、それは悪魔憑きではなく霊骸れいがいの仕業ね」

「立花さんから結局聞きそびれたんだけど、その霊骸って結局なんなの?」

「一言でいうなら自我のない魔力の集合体、ってところかしら」

「魔力の集合体?」


 そのたとえにいまいちピンとこない深夜はオウム返しで復唱し、在原は霊骸とはなにか詳しい説明をはじめた。


「実体化した悪魔の肉体は高密度の魔力の塊。そこの説明は不要よね?」

「ああ、ラウムやセエレみたいな悪魔のことでしょ?」


 彼女達が負傷や欠損を魔力によって修復している場面はすでに何度も見ている。

 人の形を模していても、本質的にあの肉体は『物質』ではないのだ。


「じゃあ、逆を言えば『大量の魔力』が一か所に集まれば、『魔力が実体化した何か』が生まれる。そう考えることもできると思わない? アレは、そういうものよ」

「理屈はなんとなくわかったけど、それって悪魔とは違うの?」

「私も以前に一度だけ、霊骸と出会ったことがあってね。あなたと同じことを考えたのだけど、その時ザガンにこう言われたの『アレには魂がない。アレを悪魔とは呼びたくない』ってね」

「魂……ねぇ」


 在原の説明を統合するならば、霊骸とは『魂のない魔力の塊』ということになる。

 そして、深夜自身もその説明を受けて心のどこかで得心がいった。

 魂というものが深夜のイメージ通りのものなら自我がないのも当然だ。


「魂も自我もないなら、アレの目的はいったい……」

「強いて言うなら『消えないこと』ってところかしら」

「消えないこと……生存本能ってやつか」

「さっきも言ったけど、霊骸には存在の核となる魂もなければ、存在をこの世界に繋ぎ止める契約者もいない。何もしなければ魔力が霧散して消滅するわ。だから、彼らは常に魔力を集め続けようとする。飢えた獣ってところかしら」

「ちょっと待った。魔力が目的なら俺はともかく、なんで笛場や他の一般人が襲われたの?」


 深夜は生まれつきの異能者であり、悪魔であるラウムの契約者。その分の魔力があると言われれば実感はなくとも理解はできる。

 だが、笛場達はそうではない。霊骸の食事となりえる魔力など持っていないのではないか。


「あら、ラウムから聞いてないの? 魔力っていうのは別に悪魔だけが持つものじゃないのよ」

「……そうなの?」


 在原から語られた突然の真実に深夜は目を丸くする。


「なんでも、元々魔力っていうのは生き物は誰しも持っているものらしいわ。ほら、気とかオーラとかいうでしょ?」

「気もオーラもかなり眉唾のオカルトワードだけど」

「悪魔憑きが今更それを言う?」

「それもそうか……」

「でもまあ、悪魔達の持っている魔力からすれば、人間の魔力なんて本当に雀の涙程度なのも事実らしいけどね」


 だいたい悪魔が百なら人間が三くらい。と最後に在原は補足する。


「つまりアレは人間を無差別に襲って魔力を奪う、ってことか」

「そうなるわね」


 となれば、やはり放置はすべきではない。

 ある意味では「悪目立ちしない」などと考える知性がない分、悪魔憑きよりも危険だ。


「しかも、在原のさっきの質問から推測するに、アレは獲物に選んだ人間の最も大切な人に化けて襲ってくるんでしょ?」

「察しが良いわね。その通りよ」

「……最悪だ」


 しかも、見た目だけなら決して見分けがつかないのではないかと思わせる精度。

 現に深夜はその似姿に惑わされて取り逃がしてしまった節すらある。


「理屈としては悪魔が実体化するのと同じ、人間の記憶を読み取り、そこにあるもっとも強い記憶をもとに自らの姿を形作る」

「なるほど、俺の目の前で姿を変えた理由もなんとなくわかって来たよ」


 魂がないということは、おそらく霊骸には基準となる「本当の姿」がないのだ。

 ただ自動的に目の前にいる人間の記憶を読み取り、その中にある最も大切な人の姿を模倣する。そういう生態の化物。


 さきほどは一連の流れを冷静に整理するなら、最初、笛場を襲った時に霊骸は笛場の記憶を参照して灯里に化けていた。

 しかし、笛場が意識を失ったことで彼女の記憶を参照できなくなり、代わりに現れた深夜の記憶から栞里に擬態した。といったところだろう。


――だから、俺しか知らないはずの栞里との約束も知ってるってわけだ――


 なにせ、出どころが深夜自身の記憶なのだ、知っていて当然。

 むしろ霊骸が言葉にできるのは深夜の記憶にある栞里の発したセリフだけ、ということだろう。


「霊骸についてはおおよそ理解した。次は、アレをどう対処するか、だけど……」


 霊骸が人間を無差別に襲うというなら、この図書館の外でも同じような昏睡事件が多発しているはず。


「意識を失っている人を探して、それを追っていけば霊骸に……」

「さっきからなに、難しそうな顔で考えているの?」


 霊骸を追う算段を立てている深夜の思考を遮るように、在原は怪訝けげんな顔をして声を出す。


「霊骸は魔力の塊なのよ。ラウムちゃんに探してもらえばすぐに追いつけるでしょう」

「あ……あー……」


 深夜もその方法を考えていなかったわけではない。

 ただ、そう。

 今はそれが簡単に実行できないというだけで。


「いま、アイツがどこにいるか、わからないんだよね……」

「あなた、まさか……ラウムちゃんと喧嘩でもしたの?」

「……してないよ」


 笛場に続いて在原にまで同じようなことを聞かれてしまった。相手は微妙に違うのだが。


「ただ、この前の戦いの後から俺の前に一向に姿を見せないってだけで……」

「それ、完全に避けられてるじゃない……あなたの方から探したりはしたの?」

「………探してない」


 テスト勉強で忙しいからとか、色々言いわけを自分にしていたが深夜がここ数日ラウムを探さなかったのは、単にラウムと会うのが気まずかったからに他ならない。


「まったく……さらわれたり、喧嘩したり、実体化契約って余計な手間がかかるのね」


 在原は肩をすくめて溜息をつきつつ、懐から取り出したスマホの画面を深夜に見せる。


「何これ、地図アプリ?」

「ラウムちゃんに渡したスマホのGPSの位置よ。……って、会ってないならそれも聞いてないのよね」


 在原は少し考えたが、すぐに「面倒だからもういいわ」とぼやき、説明の一切を放棄して簡潔に結論を述べた。


「これでラウムちゃんと合流して、あの子に霊骸を探してもらうわよ。幸い、すぐ近くにいるみたいだし」


 在原のいう通り、ラウムの所在を示す光点は図書館を出てすぐのところにある。

 先ほど、在原に謝罪した時と同じ理屈で、気まずいなどと言っている場合ではない。


「ラウムがいるのはあっちの方……あれ?」


 おおよそのラウムがいるであろう方角に視線を向け、深夜はあることに気づいた。

 その方角は確か、霊骸がこの音楽室から飛び出していく直前、引き寄せられるように見つめていた方角ではなかったか。


「まさか、霊骸が最後に見ていたのは、ラウム?」


 あり得る。


 霊骸の目的が魔力の補給なら、微々たる量の魔力しか持たない深夜達よりも、もっと多くの魔力を保有する獲物を優先してもおかしくない。


 そして、今の霧泉市で最も多くの魔力を内包しているのは間違いなくラウムだ。


「在原! 救急隊の人が来るまで笛場のこと観ててあげて!」


 霊骸の次の狙いはラウム。

 その結論に思い至った深夜は即座に立ち上がり、スマホの表示するラウムの元へと向かうために走り出した。


「あ! ちょっと、それ私のスマホなんだけど!」

「あとで返す!」



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