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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第十六話 三日目 深夜③


「おお、神っちが珍しく先に待ち合わせ場所にいる……」


 霧泉市立図書館前。

 笛場莉人は目を丸くして深夜を見つめていた。


「流石にこっちからお願いしといて遅刻とかしないよ」


 日曜日の午前、確かにいつもの深夜ならまだ夢枕の中にいるだろう。だが、今日ばかりはそうも言っていられない事情があった。


「もしかして、神っちってばウチとのデートにウキウキだった?」

「俺がお願いしたのデートじゃなくて、勉強だよね?」


 そう、何しろ今日は期末テスト前日。

 一学期の半分近くを休んでいた深夜は渋る笛場に頼み込み、テスト勉強に付き合ってもらう約束を取り付けたのだった。


「えー。せっかくオシャレしてきてあげたのにぃ」


 笛場はからかうように大仰な動きでオフショルダーのミニワンピ姿を見せつける。


「灯里達と一緒に遊んでる時も似たような服でしょ」


 というよりも、笛場は元々相手や場所を選ばずにオシャレにこだわるタイプというだけだ。


「神っちってさー、すぐにマジレスしてきてからかい甲斐がないよね」

「小さい頃から、からかわれまくって慣れたからね」

「小さい頃?」

「……いや、気にしないで」


 場所が場所だからだろうか、余計なことを口走ってしまった。

 深夜は失言を誤魔化すように会話の流れを本題へと戻す。


「じゃあ、さっさと入ろう。予約は事前にしてあるから」

「はいはーい……って、予約って何?」

「この図書館、事前予約で貸し切りにできる部屋があるんだよ。和道達との受験勉強会でもたまに使ってたんだ」

「へー……知らなかった」

「笛場、結局一回も参加しなかったもんね」


 そうして、深夜は慣れた足取りで図書館の中に入っていった。


 ◇


「マジで貸し切りじゃん」


 音楽室とは言っても、そこはやはり図書館の一室だけあってちゃんと読書用のテーブルと椅子が用意されてある。というよりも、グランドピアノが置かれていること以外、内装自体はほとんど自習室と変わらなかったりする。


「静かだし、勉強にはちょうどいいからね」

「……神っち、今日のことアカリンに言っちゃダメだよ。誤解されるから」

「誤解?」


 笛場が目を細めて深夜を見る。

 もっとも深夜としても、笛場に言われるまでもなく今日のことを灯里はおろか他の誰にも言うつもりはない。


――っていうか、灯里や和道には負けたくないから隠れてテスト勉強してる、なんて絶対言えないし――


「…………なに?」


 そんな深夜の内心を見透かしたかのように笛場はジト目から一転してニヤニヤと笑みを浮かべる。


「んー? なんにもー。でも、いつも言ってるけどウチ、勉強教えるのガチで下手だよ」

「別にいいよ。今回は勉強っていうか……テストのヤマを張るだけだから」


 そうして、深夜は机に座り、リュックサックに詰め込んできた教科書と笛場に貰ったノートのコピーを開く。

 そもそも三日で一学期の授業範囲を網羅など土台無理な話だ。


「たまに質問するけど、基本的には笛場は好きにしてていいよ」

「そんな感じね、オッケー」


 深夜はそう言って勉強をはじめ、笛場は最初こそ戸惑っていたがすぐに深夜の言うように本を読んだり、スマホでゲームをしたりといった感じに時間を潰し、時折深夜が笛場に声をかけて聞くという流れになった。


「……この英語の不定詞の三つの用法って、このノートの順番に黒板に書いてた?」

「いや、そんな細かいこと覚えてないって! でも、ノートは黒板を丸写ししたやつだから、多分そう」

「じゃあ、多分この三つの書き出しはテストに出るかな」


 深夜は英語のノートに赤ペンで線を引き、目を閉じて復唱し暗記をはじめる。


「それだけでなんでわかるの?」

「教科書に書いてあるのと並び順が違うから。独自の方法で教えてるってことはそれだけ重要視してるってことでしょ?」

「へー」


 たまに勘違いしている人がいるが、定期試験の本質はクイズ大会ではなく、いかに授業の要点を理解しているかの確認だ。

 ならば、教師が重要だと考えていそうな点を逆算すれば自然と出題範囲も絞れる。


――まあ、こういう小手先の技は栞里の受け売りなんだけど――


「そうだ、神っち。私からも質問なんだけど」

「なに?」

「神っちさ、アカリンと喧嘩でもした?」


 英語の教科書から英単語を書き出す深夜の手がピタリと止まった。


「別に、喧嘩なんてしてないよ」


 嘘は言っていない。ただ、深夜が灯里や栞里を忘れてしまっていたことに対して、一方的に負い目を感じているだけだ。

 だがそれにしても、笛場は本当によく見ているというべきか、目ざといというべきか。


「ふーん。けどまあ神っちは嘘は言わないからなぁ。じゃあ、本当に喧嘩しているってわけじゃないのか」


 笛場は深夜の答えに納得したのか、スマホに視線を戻しネットで夏服の新商品を吟味しはじめた。


――灯里も……そこそこ気まずいけど、現状もっと関係に困ってる相手がいるんだよなぁ――


 深夜の脳裏に浮かぶのは黒髪の少女の顔。いや、今は黒と白の二色だったか。

 そんな雑念を払うように暗記用の英単語のリストアップを再開しようとするが、再開一つ目の単語の意味がわからず、進めようにも手が進められない。


「お、神っち、急に立ってどっか行くの?」

「ちょっと英和辞典借りてくる」

「えー! それくらいスマホで調べればいいじゃん」

「紙の方が好きなんだよ。目が疲れにくいから」

「アナクロだぁ」


 深夜は適当に誤魔化して、音楽室から一旦外に出て、扉を後ろ手に閉めると深く息を吐いた。


「灯里も、真昼も、ラウムも……ちゃんと話つけないとダメだよねぇ」


 笛場の前でため息の一つでもつこうものなら、全部見透かされてしまう。そんな気がして、深夜は音楽室から一旦離れることにしたのだった。


「和道に相談……は入院している間は避けておきたいし。どうしようかな……ん?」


 歩いて気分転換のつもりで辞書のコーナーに向かう深夜。そんな彼の視界に妙なものがうつった。


「……人?」


 それは、床に倒れた人だった。

 年恰好は還暦以上の老人らしい老人といった風体の男性。

 急病人なら放置はマズいと思い、歩み寄ってその近くで屈みこんだ深夜はその人の意識を確認する。


「大丈夫ですか? 返事できますか?」


 しかし、その老人からの返事はなく、寝息のようにすーすーと鼻息を繰り返すだけだった。

 生きてはいる。だが、意識がない。

 年齢も年齢だけに嫌な予感が深夜を襲い、すぐにでも図書館の職員を呼びに行こうと立ち上がる。


「なっ!」


 そして、職員を探そうと周囲を見回した深夜は気づく。床に倒れているのが、その老人一人だけではないことに。


「あら、神崎くん」


 点在する意識不明者のいる図書館の中、深夜と同じようにその中の一人に声をかけていた一人の妙齢の女性がいた。

 彼女は深夜の存在に気づき、立ち上がって声をかけてくる。

 その首には図書館職員であることを示すネームタグがぶら下げられていた。


「えっと……確か……」


 深夜は頭を抱えて記憶を掘り起こす。深夜が名乗る前に呼び掛けてきたということはおそらく顔見知りの相手のはず。


「思い出した。栞里と一緒に来てる時からここにいた……」


 おそらく、彼女との関係性もラウムの異能の代償で一時的に失われていたのだろう、思い出すまでに数秒のタイムラグがあった。

 特別親しいという程ではないが、何だかんだと四、五年以上は頻繁に顔を見合わせて、そのたびに挨拶をしていた間柄。異能の代償にはちょうどいい関係性だったのだろう。


「コレ、なにかあったんですか?」

「それが私にもよくわからないの。神崎くんは気分が悪いとか、そういうのはない?」


 職員の女性も施設内の状況が異常であることは認識しているようだが、その原因まではわからないといった様子。


「まさか……悪魔か」


 確証はない。だが、原因不明の集団昏倒に対し、この場で深夜にだけ思い浮かべることが出来る可能性の一つがそれだ。


 ◇


 ギィと重々しい音と共に音楽室の扉が開かれた。


「あ、神っちおかえりー」


 笛場はスマホから目を離さずに入室した存在に声をかけるが、返事はない。


「ん? 神っち?」


 深夜ならどんな形であれ、何かしらの返事が来るはず。そう考えた笛場は若干の警戒心と共にスマホから顔をあげ、入口に目線を向けた。


「……えっ」


 そして、その姿を見た瞬間、笛場が息を飲む音が防音の行き届いた音楽室内に大きく響いた。


「……アカリン、なんでここに?」


 音楽室の扉を開き、そこに現れたものは宮下灯里の姿をしていた。



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