表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
133/173

第十二話 二日目 灯里④



「異能を持った猫、ねえ……あんまり妙なことに首突っ込むのはやめといたほうがいいよ、宮下ちゃん」

「なんていうか、放っておけなくて」

「……いやそもそも、悪魔の魔導書を宮下ちゃんに渡した私が、偉そうなこと言えた立場じゃないか。ハイこれ、猫ちゃん捕まえるのに役立つかも」

「ありがとうございます。上城かみじょう先輩」


 玄関先で猫用のオモチャやお菓子類が詰め込まれた紙袋を受け取り、灯里はぺこりとお辞儀する。

 彼女は灯里からすると、高校の園芸部での一学年上の先輩に当たる相手であり、同時に、一か月前に三木島が黒陽高校内で起こした魔導書騒動の際、灯里に魔導書のUSBを手渡した張本人でもあった。


 もちろん、それは三木島大地の計画によるものだったのだが、彼女たちはその真実を知らない。


「それじゃあ、友達を待たせてるのでもういきます。これ、終わったらすぐ返しに来ますので」

「あー、いいよ別に暇なときで。もう私は使わないから」


 上城は少し寂し気な作り笑いを浮かべて灯里に手を振る。

 その表情に後ろ髪を引かれながら、灯里は身体を翻してその場を去った。


――上城先輩はどんな願いを叶えるために悪魔と契約していたんだろう――


 彼女が意識を取り戻しお見舞いに行った時も、灯里は上城が悪魔に何を願ったのかは聞けずじまいだった。

 だが、悪魔との契約に代償が伴う以上、彼女もまた何かしらの真剣な願いがあったのは間違いないだろう。


「あ、灯里おかえり! どうだった」


 上城の家から少し離れた先で待っていたラウムが、手を挙げて灯里に気づき声をかける。


「とりあえず、いくつかアドバイスを貰って、猫ちゃん用のオモチャとか貸してもらった」

「よし! これであの猫をとっ捕まえてやる!」

「でも、上城先輩も元悪魔憑きだし、別にラウムを見ても驚かなかったと思うけど」


 ラウムは『私、悪魔だから』と上城に直接会うのを露骨に避けていた。


「いやー……念には念を入れて……ね。それより! さっさといこ! 急がないと日が暮れちゃう」


 ラウムが強引に話題をそらそうとしていると灯里は気づいていたが、理由があるならまあいいか。と流すのだった。


 ◇

 

「戻ったか。遅かったではないか」

「あの、猫ちゃん。どうですか?」

「うむ、いかんせん相手は猫。壁を登った程度では大した騒ぎにもなっておらぬ」


 フェネクスと合流した灯里達は、ブロック塀の日陰で丸くなる猫を見つける。


「いやいやいや! アレは見られたら普通にヤバいって!」


 なお、その猫が寝ているのは地面ではなく、そのブロック塀そのもの。おそらく、今は重力の向きを九十度ずらしているのだろう。


「して、妙案は浮かんだのかね、お嬢さん方」

「そりゃ、もちろん!」



作戦その一

『オモチャで誘導作戦』



「ネズミのオモチャと……ヒモ?」

「猫の遊びは狩猟本能によるものだから、動いているのを見ると追っかけちゃうんだって」

「なーる」

「うむ。実際私もあの猫がドブネズミを食っているのを何度か見たことがある。効果的な可能性は高いであろうな」

「フェネクスぅ……その情報は要らなかったかなぁ」


 兎に角、あの猫がネズミに興味を示す可能性は出てきた。


「問題は役割分担だよね。オモチャを引っ張る役と猫を捕まえる役。灯里はどっちがいい?」

「私どんくさいから、捕まえるのはラウムにお願いしてもいいかな?」

「おっけ、オッケー!」


 そして、灯里は軽く準備運動を済ませたのち、ネズミのオモチャを引きずりながら走って猫の前を横切った。


「にゃ!」


 眼前を通り過ぎた小さな物体。本能には逆らえないのか猫の目線が釘付けになる。


「釣れた!」

「んなう!」


 そして、ピンと尻尾を立てた猫は灯里の引っ張るネズミのオモチャを追って走り出した。


「け、結構早い!」


 とは言いつつ、灯里も灯里で猫にオモチャを取られない程度の速度を維持して走り続けている。

 そして、ラウムとフェネクスは捕獲のタイミングを見計らうため、一旦近くの民家の屋根に飛び乗り、灯里とキジトラ猫の追いかけっこを見下ろしていた。


「ほう。宮下灯里は姉と違い、意外と動けるようだな」

「そういえば、さっきから結構走ってるけど灯里ってもしかして結構体力ある?」

「はぁはぁ、ラウムぅ! もう、そろそろ、限界ぃ!」


 流石に猫から全力で何分も逃げ続けるのはムリだったらしく、灯里の叫びが霧泉市の住宅街に響いた。


「異能猫は完全にネズミに集中している、今だラウム!」

「後ろから、静かに!」


 そして、ラウムは奇襲を仕掛けるかの如く、屋根から一足跳びで猫の背中、つまり上空から飛び掛かる。

 完全に視界の外からの接近、更に上空から迫っているため足音もない。

 奇襲は完璧。


「……にゃう?」


 そのはずだった。


「気づかれた!」


 ラウムの手が猫に届くまであと数センチというところで猫の視線がネズミから頭上のラウムへと移動した。

 その直後、猫が空へと落下した。


「あ、ちょ、近づかれたらタイミングが!」

「なーう!」


 空中で身体を捻り、百八十度回転した異能猫は空中のラウムを蹴って、更に上へと登っていった。


「うおっとと!」

「ラウム、大丈夫!」

「平気! それよりあの猫は?」


 バランスを崩しつつも両足で着地は成功したラウム。

 だが、肝心の猫はラウムを踏み台にして、ラウムと入れ替わるように民家の屋根に上っていた。


「くっそぉ! くーやーしーいー!」

「追っかけて捕まえる、ってのはどうやってもムリっぽいね」



 作戦その一

『オモチャで誘導作戦』 失敗



 ◇


 作戦その二

『エサで釣る作戦』



「安直ではあるが、王道でもあるな」

「向こうから来てくれるなら、それが一番だから」

「異能があると言っても所詮はケダモノ。美味しいごはんには逆らえまい!」


 というわけで、次なる作戦は追うのではなく、猫の目に入る位置にキャットフードの入った皿を用意し、おびき寄せる作戦。

 フェネクスの言う通り、安直だが堅実な方法だ。


「……にゃう」


 異能猫はすぐにそのキャットフードの存在に気づいた様子を見せる。

 灯里達は息を潜めつつ、猫が皿に口をつけた瞬間に飛び掛かれるように構えてその時を待った。


「あのニャンコロ。なかなか近づかないわね」

「餌より、私達の方を見ている気もする……」


 流石に野良生活で培った警戒心が勝るのか、ラウム達の間合いの外をウロウロはするが致命的な一歩はなかなか踏み出してこない。


「じれったいなぁ……」

「根気強く待つ他あるまい」

「ちょっとあなた達。困るのよねぇ、そういうことされちゃ」


 猫をじっと眺める灯里達に対し、妙齢の女性が咎めるような視線と共に声をかけてきた。

 灯里は「またラウムの知り合い?」という意図を込めて隣を見るが、当のラウムは首を左右に振っている。


「野良猫にエサなんてやったら居ついちゃうじゃないの。ほら、ちゃんと持って帰って処分してよね」

「あぁ、逃げた!」


 妙齢の女性がキャットフードの入った皿を持ち上げたことで、異能猫はあっさりとその場を離れていってしまった。


「見失わないうちに追うよ、灯里!」

「ちょっと! 待ちなさい、まだ話は……」

「ごめんなさい、いろいろ事情があるんです!」


 説教がはじまりそうな雰囲気を察知し、灯里とラウムも逃げるように猫の後を追って走り出した。


 作戦その二

『エサで釣る作戦』 失敗


 ◇


 作戦その三

『マタタビで酔わせる作戦』


「エサがダメでも、マタタビなら何も言われない……はず!」

「ラウムちゃん、マタタビってはじめて見るかも」

「上城先輩はいざという時の最終手段、って言ってた」


 灯里がそう言って取り出したのはビニールの小袋に入った茶色い粉末。


「……ねえ灯里。見た目は完全に『怪しい粉』だけど、大丈夫?」

「大丈夫だと思うよ……木の粉……のはずだし」


 はじめて見るマタタビ粉末に対してすこし戦々恐々とした様子を見せつつ、灯里達は次なる捕獲作戦の準備を進めていく。


「まあ、でも。袋に入った状態でもあの猫興味津々だから一番可能性はありそう」

「……なーう」


 現在灯里達は、再び最初の公園に戻ってきているのだが、なんと今回は異能猫が自分から灯里達の近くにまで近づいているのだった。まだ袋に入った状態にもかかわらず、それほどまでにマタタビ粉末が魅力的なのだろうか。


 しかし、近づいてきたとはいっても、ラウムが顔をぶつけた木の幹に張り付いて距離を取っているなど、警戒を解いたわけではないというのもまた事実だ。


「それでその粉。どうやって使うの?」

「ええと、先輩にはブランケットに匂いをつけると捕まえやすいって聞いたんだけど……」


 上城に渡された紙袋から、引っ掻き傷だらけのブランケットを引っ張り出そうとする灯里。だが、他のオモチャやエサ皿が引っ掛かって手こずってしまう。


「んー。色々一気に借りすぎちゃったかな」

「ラウムちゃんが取ってあげよ……灯里!」


 突如、ラウムが叫び声をあげて灯里の手を引っ張る。


「えっ?」


 肩が痛くなるほどの力で腕を引かれた灯里は、ラウムの体に突っ込むようにバランスを崩す。

 そして、次の瞬間、灯里が立っていた場所に樹の幹が倒れこんできた。


「宮下灯里! ラウム! 無事か!」

「なんとかね……」

「なにが……?」


 ラウムに抱き寄せられる体勢のまま、灯里は何が起こったのか、と自らに向かって倒れてきた木に視線を向ける。


 いったい何が起こったのか。

 その答えはいたってシンプルだった。


「折れ……てる?」


 それは、先ほどまで異能猫が張り付いていた広葉樹。

 それがまるで力任せに押し倒されたように根元から一メートルほどの所でへし折れていた。


「あのニャンコロがやったっての?」

「そんな、まさか!」


 木の幹は直径三十センチ以上はある。人間が押したり叩いたりした程度では決してああはならない。それが小さな猫一匹ならなおさらだ。


「見た目はただの猫でも、異能があるなら立派なバケモノだよ。でも、まさか私達を殺そうとしてくるなんて」

「ねえ、ラウム……あの子、様子が変だよ」


 灯里は木が倒れたことで地面に落下した猫を見つける。だが、そのキジトラ猫は足どりもおぼつかず、立とうとしてもうまく立てないといった感じで、プルプルと震えては横たわる、という行動を繰り返していた。


「何アレ。酔っぱらってるみたいだけど……マタタビのせい?」

「ううん。袋を開けてもないよ」


 猫の異常な様子に首を傾げる灯里とラウム。

 そんな彼女たちを他所に、『異常』はネコの周囲にまで波及していった。

 風吹いていないにもかかわらず、土が猫の周りを取り囲むように渦を巻きはじめたり。

 猫の近くにあった小石が、圧力に押しつぶされるように砕け散ったり。

 明らかに異能が関与している異常現象が猫の周囲で起こり始めていた。


「マズいな……異能の暴走がはじまったか」


 その有様を前に、フェネクスだけがそれが何かを知っているかのように、呟いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ