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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第十一話 二日目 灯里③


「ダメだぁ……全然捕まんない」


 意気揚々と異能猫の捕獲を宣言したラウムであったが、およそ一時間近くの追いかけっこを経てもなお、指先がその尻尾を掠めることすらできていなかった。


「壁走ったり、家の屋根から屋根に飛び移ったり、すごかったね」

「猫の分際で異能を使いこなしやがってぇ……」


 ラウムも悪魔の端くれ、身のこなしには自信があったのだが、現在その自信は粉々に打ち砕かれていた。


 闇雲に追いかけるだけではダメだということになり、一旦の休憩も兼ねて灯里達はあの猫が最初にいた公園に戻り、ベンチに腰を下ろしていた。

 ちなみにそのフェネクス本人は異能猫を見失わないように、灯里とラウムから一時別れて空から尾行中である。


「灯里はお姉ちゃんからあの猫について何か聞いたりとかしてないの?」

「ううん、なにも。野良猫と遊んだみたいな話は記憶にないし、遺品にもペット用品は一つもなかったよ」


 そもそも宮下家のあるマンションはペット禁止なうえ、栞里は晩年はずっと入院していた。いつ、どこであの猫を見つけたのか、灯里には想像もつかない。


「ってかさ、灯里のお姉ちゃんってどんな人だったの?」


 猫探しのヒントを求めて、というよりは軽い雑談のような雰囲気でラウムが聞く。


「一言で言うと……凄い人だったかな」

「……凄い人?」


 灯里は我ながら雑な答えをしたなと思ったが、何せこんな風に姉の人となりを誰かに聞かれたことなど初めてだったのだ。


「んー、説明が難しいんだけど。学力テストで全国一位を取ったり、ピアノのコンクールで最優秀賞を何度も取ったり、将棋の小学生大会で優勝もしてたかなぁ」

「うわぁ。漫画に出て来そうなハイスペック人間だ」

「ね、凄いでしょ?」


 と、灯里は珍しく自信ありげな表情を浮かべる


「でも、勉強、音楽、将棋ってジャンルバラバラだね」

「お姉ちゃんは記憶力が凄くよかったんだ。だから、プロの演奏とかを一度でも見たらそれを完璧に真似できるって言ってた」


 とにかく栞里の記憶力は常人のそれを遥かに超越していた。

 勉学なら問題集や教科書、あるいはその出典元の論文まで遡って内容を丸暗記していたし、将棋ならプロ棋士の棋譜を手当たり次第に記憶し、その戦術全てを自らのものにしていた。


「あ、あと落ち着きがあって大人っぽいんだけど、ちょっと面倒くさがりで。あとは……」

「灯里ってば、お姉ちゃんのこと大好きなんだね」


 ラウムがクスリと口元に手を当てて笑っているのをみて、灯里は自分がのべつ幕なしに姉について語っていたことに気づき、気恥ずかしさから顔を真っ赤にして委縮した。


「でも、そんな記憶力の持ち主なら、あの猫に関するメモ書きとかはなさそうだね」

「そう……だね。お姉ちゃんの遺品にも日記とかそういうのは残ってなかったから」

「うーん……何かいい裏技ないかなぁ……ネコジャラシとかその辺に生えてない?」


 関係者からの情報が手に入らないとわかり、ラウムはベンチにもたれて項垂れる。


「ネコジャラシ……ああ、エノコログサのこと?」

「アレ。そんな名前だったんだ」

「ちょうど穂が出てる時期だとおもうから探せばその辺に……」

「ハイ、お探しのものはコレかしら?」


 灯里が一瞬、公園の隅に生えっぱなしになった雑草達に目線を向けた瞬間、ラウムではない女性の声が聞こえた。

 その声につられて振り返ると、そこにはエスニックな服装をした二十代そこらの女性がエノコログサの穂を片手にそこにいた。


「げぇ! コレクター女!」

「あらあら。『げぇ』なんて酷い挨拶ね」


 その女性に灯里は一切見覚えがなかったが、隣で繰り広げられたそのやり取りから、ひとまずラウムの知り合いであるということだけは理解できた。


「ってか、なんであんたがまた霧泉市にいるのよ! 協会に捕まってるはずだよね?」

「色々あって、今は人手不足の協会のお手伝いをしているの。これも一種の司法取引ってことになるのかしら」

「うへぇ……」


 ラウムはどうもこの女性は苦手な相手らしく、嫌そうな表情を隠そうともしていない。


「事情はだいたいわかったから、用がないならさっさとどっか行ってよ。ラウムちゃんは見ての通り暇じゃないんだよね」

「とてもそうは見えないのだけど……まあいいわ。用ならちゃんとあるから」


 そう言うと、その女性は肩にかけたトートバッグからむき出しのスマートフォンを取り出し、ラウムの眼前に差し出した。


「協会からコレをあなたに手渡すように言われてたから、結構探したのよ」

「何よこれ?」

「あなた名義のスマートフォン。使用料金は全額協会負担だから好きに使っていいそうよ」


 しかしラウムは危険物でも触るように渋々といった感じでそのスマホを受け取った。


「どうせ、発信機かなんかついてるんでしょ?」

「あらご明察。GPSでいつでも探知可能にしてあるらしいから、電源を切ったり充電をサボっちゃダメよ」

「ハイハイ。じゃ、受け取ったから。しっし!」


 ラウムは受け取ったスマホを上着のポケットにねじ込むと、間髪入れずに手を振って女性を追い払う。


「はいはい。私も暇じゃないし、退散させてもらうわよ」

「じゃーねー……あ、ちょっと待って」

「なによ?」


 ラウムにスマホを渡して用件は済んだと公園から立ち去ろうとする女性を、ラウムが呼び止めた。


「コレクター女ってさ。猫、飼ってたことある?」

「私、猫アレルギーなの」


 そうしてその女性は今度こそ灯里とラウムのいる公園から立ち去って行った。


「……はぁ! い、行ったよね?」

「灯里ぃ。なんで息止めてたの?」

「だって、あの人も悪魔憑きなんでしょ?! 捕まってるとか、発信機とか物騒な話してるし、気配を消したくもなるよ!」

「アイツは「元」悪魔憑きだけどねぇ」


 フェネクスやラウムといった悪魔に気安く話す癖に、悪魔憑きには怯えている灯里のアンバランスな危機意識をケタケタと笑い飛ばすラウム。

 もっとも彼女の名前を聞く余裕すらなかった灯里にしてみれば、全く笑いごとではないのだが。


「そういえば、なんであの人に猫を飼ってたか聞いたの?」

「猫飼ったことがある人なら捕まえ方とかも知ってるかな、って」

「あー、なるほ……あ」


 ラウムの案に納得した灯里は、思い出したポンと手を叩く。


「私の部活の先輩にいるよ。猫飼ってた人」

「マジ? 連絡取れたりする?!」

「うん。先週に退院したって聞いたから」

「ん? ……退院?」

「うん。先月に三木島先生の起こした連続襲撃に巻き込まれて」

「あ……あはは……そうなんだぁ……」


 ラウムは目線を斜め上に向け、乾いた笑い声を漏らすのだった。


「アレ。そうことになってるんだった」


 そのラウムの小さな呟きは、幸いなことに灯里の耳には届かなかった。


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