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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第十話 二日目 灯里②

「ああ。君の姉、宮下栞里は悪魔憑きだった」


 その言葉を受けた灯里は数秒の間、リビングの仏壇を見つめたあと、短く。


「そっかぁ」


 と呟いた。

 そんな二人のやり取りに若干蚊帳の外状態だったラウムが、灯里の態度に対して困惑気味に口を挟む。


「灯里、なんかずいぶんと落ち着いてるね。お姉ちゃんが悪魔憑きだった、なんて割と衝撃の事実だと思うんだけど」

「いやぁ……あのお姉ちゃんならまあ……ありえなくはないかなって感じだから」


 あはは、と苦笑交じりの灯里の態度からは多少の困惑や驚きはあれど、失望といったマイナスな感情は見受けられない。

 もっとも、ラウムと友人関係を築いている灯里には、悪魔という存在そのものにネガティブなイメージがないのも関係しているのだろうが。


「それで、フェネクスさんはお姉ちゃんに用があったんですよね?」

「うむ。だが、彼女がいないのではどうしようもない。邪魔をしたな」

「あ、待ってください!」

「ほごぉ!」


 フェネクスは会話のどさくさに紛れて、宮下家から再び外に出ようとしたのだが、灯里が咄嗟にネットの端を引っ張ったことでそれは失敗に終わった。

 そして、網目が全身に食い込んだフェネクスは情けない声を上げてテーブルに墜落する。


「あ、ゴメンなさい! 大丈夫ですか?」

「く……私が君達に害を与えるつもりがないのは、伝わったと思っていたのだが……」

「ラウムの知り合いみたいですし、そこは……はい、もう疑ってないですけど」

「……では何ゆえに引き留めたのだ?」

「ええと……あの……困ってるなら、私がお姉ちゃんの代わりにお手伝いしましょうか?」

「………ふむ」


 フェネクスは灯里の隣に立つラウムに目線を向ける。

 対して、ラウムは何故か誇らしげにこう答えるのだった。


「ふっふーん。すっごくいい子でしょ? 私のトモダチ」

「ああ……宮下栞里から聞いた通りだ。決して存在を知られるなと言われた理由がわかった」


 ◇


「ラウム、お主までついてくるとは意外であった」

「灯里と悪魔を二人きりになんてさせられないでしょ。それで、アンタの契約者はどこなのよ?」

「うむ。次の角を曲がった先だ」


 灯里とラウムはフェネクスに案内されながら、霧泉市の住宅街を歩いていた。

 ちなみにその移動中、フェネクスは灯里に抱きかかえられる形で、ニワトリのぬいぐるみとして振舞っている。


「だけど、悪魔が契約者に逃げられるなんて情けなーい。プププっ」


 フェネクスが宮下栞里を訪ねた理由。

 それは『逃げ出した契約者の捕獲を協力して欲しい』というものだった。

 二人は『捕獲』という言葉に少しばかりの違和感を覚えつつも、フェネクスの案内の元、彼の契約者の元に向かって歩いているのだった。


「自分から言っておいてなんだけど……部外者の私が契約者さんを説得なんてできる気しないですね」

「説得は不要。力づくで捕まえてくれればそれでよい」

「それはもっと無理な気が……」


 力づくと言われても灯里には荒事の経験など全くない。

 それどころか、灯里はそもそも悪魔と契約した『悪魔憑き』と呼ばれる人種がどういう人達なのかも、実はよくわかっていなかった。


「いた……あそこだ」


 そうしてフェネクスが二人を導いた先は、一軒家の間にある小規模な公園だった。


「フェネクスの契約者って、あんなところにいるの?」

「もしかして、小さい子供……とか?」


 場所が場所だけに灯里の不安も少し薄まり、警戒なく三人は公園の中に入る。

 公園、といってもそこは遊具一つなく、ベンチと木陰用の街路樹が無ければ空き地と勘違いするほど殺風景な場所だった。

 だからだろうか、土曜の昼間でも子供が遊んでいたりということはなく、それが余計に空き地らしさが際立たせていた。


「何よ、誰もいないじゃない」

「何を言っている、あそこにいるであろう?」

「あそこって……」


 周囲に人がいないため、フェネクスが手、もとい羽で公園の隅にあるベンチを指し示す。

 そこには一匹の猫が体を丸めて木陰で涼んでいた。


「そういえば……お姉ちゃんの部屋で『猫』がどうのって言ってたような……」

「ちょっと待った! まさか……あのキジトラ猫がフェネクスの契約者って言いたいわけ!?」

「……にゃう?」

「静かにせよラウム。我が契約者に気づかれてしまったではないか」

「いやいやいや! 説明! 詳しい説明をプリーズ!」

「ふにゃう!」


 ラウムの声かあるいは別の要因かはともかく、ベンチで寝ていたキジトラ柄の猫はすやすやと閉じていた目をパチリと開けて立ち上がり、灯里達一行に露骨な警戒を露わにする。


「あ、あの猫どこか行っちゃう」

「あー、もう! とりあえずとっ捕まえればいいのよね!」


 猫がすぐにも走り出そうとする気配を察知したラウムが、ベンチに向かって一気に駆け出す。

 人間ならば間に合わないだろうが、彼女は悪魔。その瞬発力は人間を大きく上回る。


「にゃ!」

「こんにゃろう!」


 初撃は一歩遅れてしまい、ベンチの上でラウムの腕が空を切った。だが、両者の距離は先ほどよりも大幅に近づいている。


「観念しなさい!」


 二度目はない。その確信と共にラウムは広葉樹の根元に逃げ延びた猫に向けて飛び掛かった。

 それを後ろで眺めていた灯里も、何事もなく捕まえられたと安心しかけていた。

 だが、ラウムの腕は再び空を切り、勢いを殺しそびれたことで樹の幹に顔面から突っ込んでしまった。


「いったぁ!」

「ラウム、大丈夫!」

「っー! もうイヤ! アムドゥシアスといい、コレクター女といい、最近、樹に痛い目合わされてばっかりなんだけど!」


 フェネクスを抱きかかえた灯里がラウムに駆け寄りハンカチを取り出す。

 かなり勢いよくぶつかったようで、ラウムの額には大きな擦り傷が出来ており、赤い血の代わりに黒い魔力の煙が漏れていた。


「これくらいなら霊核の魔力で足りるかな? ……うん、オッケ」


 しかしラウム自身が額に手を当てると、その傷もすぐに跡形もなく消えていた。

 そして、そのまま周囲を見渡し取り逃した猫がどこに行ったのかを探すが、右を見ても左を見てもあのキジトラ模様は見つからない。


「ねえ、灯里。あの猫がどこに逃げたか見てた?」

「あ、うん。確かこの樹を駆けのぼって行って……」


 ラウムが顔をぶつけた樹の幹を、下から上に見上げていった灯里の視線がある一点で止まり、その口がポカンと間抜けに開けっ放しになった。


「どったの灯里?」


 それに釣られて、ラウムも同じように自らの頭上を見上げる。するとやはり、同じように口を開けて固まってしまった。


「ラウムちゃんも、流石に猫が壁をのぼったりとかするのは聞いたことあるよ? でもさ、上下逆さまに座るなんてありえないよね?」


 彼女達が見たもの。それは横に伸びた木の枝の下側にちょこんと座るキジトラ猫の姿だった。

 それは誰が見ても、その猫にだけ重力が上下逆に働いているとしか思えない異様な光景。


「にゃー!」


 眼下(猫からすると頭上かもしれない)の灯里達が呆けているのを見て、猫はひと鳴きすると、重力を無視したまま樹の枝の下を走り、ぴょん、っと木の枝から飛び降りた。


「「あっ!」」


 灯里とラウムはそれ以上の言葉も出ず、空中で体を百八十度の捻った末に華麗に着地したキジトラ猫が公園から走り去っていくのを見送るのだった。


「ふむ。やはり容易にはいかぬか。追うぞ、宮下灯里、ラウムよ」

「ちょい待ちフェネクス!」

「何をするラウム! 急がねば見失ってしまう」

「その前に説明しやがりなさい! あの猫はいったいなんなのよ」


 ラウムはフェネクスの丸い頭(あるいは全身)を鷲掴みにして、グルグル腕を回す。

 その動作には、どこか説明不足の旧友だけではない種々様々なイライラも込められていた。


「わかった、説明する! 説明するからこの手を離すのだ! 綿が! 綿が崩れてしまう!」

「ホント? テキトー言ってたら中身の綿、全部抜くからね」

「本当だ! ただし、あの猫を追いながらで頼む!」


 フェネクスの提案で一応、ラウムの留飲は下がったらしく、渋々フェネクスを振り回すのはやめ、灯里と共に公園の外に出た猫を追って走り出した。


「思いっきり壁走ってるね、あの猫」


 件のキジトラ猫は、灯里達が公園を出てすぐに見つかった。

 だが、やはりその猫はブロック塀を地面と垂直にすいすい走っていた。


「で、まずあの猫が何なのか説明しなさいよ」

「ふむ……どこから説明したものか」


 今度はラウムの脇に抱えられて揺られるフェネクスは少し考える素振りをして、逆に二人にこんな質問を投げかけた。


「お主ら二人は『異能者』というものを知っているか?」


『異能者』というワードに、灯里とラウムは同時に反応する。

 だが、二人とも敢えて詳しくは言及せずに受け流した。


「……ま、それなりに知ってるわ。悪魔と契約せず、生まれつき異能が使える人間のことでしょ?」

「然り。しかし訂正するべき点が二つある。一つ、異能の発現は生まれつきに限らない点。二つ、異能者は人間とは限らないという点だ」

「それってつまり……あの猫ちゃんが『異能者』ってことですか?」

「然り。『重力を操る異能』それこそがあの猫が持つ異能だ」


 ここまで言われれば赤子でもわかるとばかりに灯里が結論を先んじ、フェネクスは大きく頷いた。


「つまり何? アンタが逃げられた契約者ってのは『異能を使う猫』ってこと」

「然り、然り」


 フェネクスは続けて二度、大きく頷く。


「万が一にも保健所などに捕まれば大事になってしまう故、早急な対処が必要だったのだが、なにせ私はこのナリだ。まさに猫の手も借りたいというヤツだったのだ」

「うまいこと言ったつもりかもしれないけど、全然笑えないからね!」

「でも、フェネクスさんの言うように、普通の人に見られたら大騒ぎになるよね」

「……そうだよねぇ……」


 その時、ラウムの脳裏に過ったのは『異能』、『協会』、『雪代紗々』、『神崎深夜』の連想ゲーム。


「今は顔をあわせたくない……」

「ラウム? どうしたの?」

「灯里! 騒ぎになる前に私達であの猫捕まえよう!」

「ん、りょ、了解っと!」


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