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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第九話 二日目 灯里①


 黒陽高校は、霧泉市にある唯一の高等学校だ。

 そのため、霧泉市の住人にとって、黒陽高校は一つの学力の指標だったりする。

 例えば、黒陽の生徒だと言えばひとまず「この子は、そこそこ勉強を真面目にやってきた人なのだな」と思ってもらえるし、市内ならアルバイトの面接にも有利になる。

 実際、進学校とまでは言えないが偏差値も決して低くはなく、毎年十人程度は都内の名門大学に進学する卒業生を輩出している。


 さて、それで結局何が言いたいのかというと――


「確率なんて、最後は『出る』か『出ない』かの二分の一じゃん……」


 ――黒陽高校の定期テストはそれなりに厳しいという話だ。


 そして、当の黒陽高校一年生である宮下灯里は、期末テスト二日前にして自宅の勉強机に項垂うなだれていた。


「やっぱり私一人でテスト勉強は無理だよぉ」


 灯里は既に中間試験で複数教科の赤点を取っており、期末テストで挽回しなければいけない状況に追い込まれていた。

 もしも期末テストも散々な結果になら、夏休み期間に行われる補習と追試が確定してしまう。


 しかし、もとより勉強嫌いを声高に表明している灯里だ。宿題以外の自習の経験などほぼなく、その進展は遅々としたものだった。


「かといって、今回ばっかりは深夜くんには頼れないし、りーちゃんは教えるの苦手って言って教えてくれないし、和道くんは入院中だし……」


 深夜はそもそも、一学期の授業の半分近くを休んでいるので灯里に教えている場合ではない。

 りーちゃんこと、笛場莉人も深夜に負けず劣らずの秀才のはずなのだが、そういう理由で勉強に関する誘いだけはノリが悪い。

 和道に関しては、仮に彼が健在だったとしてもこの二人ではまともに勉強にはならなかっただろう。


「っていうか、頭が良い人ってどんな風に勉強してるの?」


 そんな思考に陥ること自体が無駄な時間だとは気づかず、身の回りの優等生の姿を順番に思い出す灯里。

 そして、最後に脳内に浮かんだのはいまは亡き姉の姿だった。


「そういえば……お姉ちゃんってどんな風に勉強してたんだろう」


 灯里は記憶を探ってみるが、姉が自宅で勉強机に向かっている姿は全くといっていいほど出てこなかった。

 思い出される姿といえば、紙の本を読んでいるか、電子ピアノで演奏の練習をしているものばかり。

 だが、灯里の姉、宮下栞里は生前に全国模試で一位を取った実績のある、掛け値なしの成績優等生だ。


「ちょっと、気分転換」


 そんな言い訳を口にして、灯里は勉強机から立ち上がる。

 決して確率計算の問題の答えが全くわからないから、ではない。

 自室を出て、廊下を挟んで真正面にある『栞里の部屋』とプレートのかかった扉を注視する。


「お姉ちゃんの勉強ノート、残ってたりするかな?」


 ほんの少し前まで、灯里は姉への劣等感を理由にこの部屋に入ることすら避けていたというのに、今はこんなつまらない理由で遺品を漁ってみようと思えるのだから、何事も気の持ちようだ。


 灯里は、ちょっとした宝探し感覚でドアノブを回す。

 すると、そこには以前までその部屋になかったはずのものがあった。

 いや、『いた』と表現するべきかもしれない。


「おお、戻ったのか宮下栞里。探したのだぞ。非常に言いにくいのだが、例の猫について、お前に話があってだな」


 それは、サッカーボールサイズのまるいニワトリのぬいぐるみ。

 そのぬいぐるみは、栞里の遺品が収められた段ボールに上半身を突っ込み、美青年をイメージさせる繊細なテノールボイスを発していた。


「え……喋っ……」


 そう、栞里の部屋では、見覚えのないぬいぐるみが動き、喋っていたのだ。


 美声のニワトリは、どうやら灯里と栞里を勘違いしているらしく、思考停止して言葉につまっている灯里に痺れを切らせて、短い両翼を羽ばたかせて段ボールから浮遊した。


「お前に限って、私を忘れたなどありえまい……はて、しばらく見ぬうちに……背が縮んだ、というわけではなさそうだ。小娘、姓名を述べよ」

「せ、セイメイ?」

「名前のことだ」

「名前。あ……ええと……宮下灯里、です……」


 そのニワトリがあまりにも堂々としているものなので、灯里は言われるがままに名を名乗ってしまった。


「そうか。ふむ、では、宮下灯里よ。今見たこと、聞いたことはすべて忘れろ」

「は……はぁ?」

「では、さらばだ!」


 そして、そのニワトリはそのゆるい外見が嘘のように、急加速で灯里の頭上を飛び越えてその部屋から逃げ出した。


「あ! ちょっと待って!」


――あれって、絶対にそうだよね! それで、あのニワトリ、お姉ちゃんのことを知ってた――


 なんとしてでも、あのニワトリから話を聞きたい。

 灯里はそう思って、逃げ出した彼を追いかけようとする。が、数秒呆けていたのが命取りとなり、既に白い球体は廊下を抜け、リビングに到達していた。

 おそらく、ベランダから外に飛び出そうとしているのだろう。


――外に逃げられたら、きっともう二度と会えない――


 灯里は大慌てで廊下を走るが、この距離ではもう間に合わないと絶望する。

 だが、ニワトリが翼で器用にベランダのガラス戸を開けた直後、黒八と白二のツートンカラーの頭が、ベランダの手すりをよじ登って現れた。


「灯里ぃ! ラウムちゃんのこと慰めてぇ!」

「ラウム、お願い! そのぬいぐるみ捕まえて! 多分、悪魔だから!」

「なに! ラウムだと!」

「んん? なんだかよくわかんないけど、おっけ、オッケー!」


 ◇


「はぁはぁ……ゴメン灯里。部屋、滅茶苦茶になっちゃった……」

「壊れたものはないから……はぁ、はぁ……大丈夫だと思う……」


 灯里とラウムは息を荒げながら、ニワトリとの攻防で荒れたリビングの椅子やテーブル、調理器具の配置を整えていた。

 それらの作業がひと段落ついて、ようやく二人は先ほど捕らえたニワトリのぬいぐるみと向き合う。

 ちなみにそのニワトリ本人は逃亡防止のため、ちょうど宮下家にあったスイカ用のネットで拘束されている。


「それで、状況がさっぱりなんだけど、コイツ何?」

「それが、私にもさっぱりで……」

「悪魔……にしては、ずいぶんとファンシーな見た目だこと」

「なんだラウム。よもやこの距離で、私が誰かもわからぬというか」

 

 ニワトリは相変わらず外見に見合わない美声で、呆れた声を出す。

 とても逃げようとして捕まったものの態度ではないが。


「ん? ちょっと待った。その歌劇の真似事みたいな喋り方……まさか、あんたフェネクス!?」

「然り、然り、然り」


 ニワトリのぬいぐるみ、フェネクスは全身を前後に揺らす。

 おそらく、頷いているのだろう。と灯里はそのモーションを自分なりに解釈した。


「ラウムの知り合いの悪魔なの?」

「そうね。悪魔の中でもちょっと縁があるやつなんだけど……」

「かつては共に堕天した同胞というに、よもや忘れられたのかと思うたぞ」

「うっさいわね。今はちょっと鼻が利かないの」


 二人は本当に既知の間柄だったらしいが、ラウムは相変わらず警戒心をむき出しにいしている。


「それで、フェネクスは私の友達の家で何しようとしてたわけ? ことと次第によっちゃ、アンタでもバラバラにぶっ壊すけど」


 ラウムはキッチンから持ち出してきた肉切り包丁を逆手に持ち、その切っ先をフェネクスの頭頂部に突きつける。

 その口調は、いつものどこか嘘くさいキャピキャピしたものではなく、感情がないかのように冷え切ったものだった。


「いや、安心した。身なりが随分と可憐になったようだが、性根の芯は私の知るラウムのままのようだ」

「あいかわらず舌がよく回……」


 ラウムはそこまで言って、隣に立つ灯里の視線に気づくと、慌てたように声を高くして誤魔化した。


「いやぁ、ほんと。フェネクスとのおしゃべりって懐かしいよねぇ! 何年ぶりかなぁ!」

「大丈夫だよ。私のこと真剣に心配してくれたラウムを、怖いなんて思わないから」

「……ごめんね」


 ラウムは短くそう言ってから、改めてフェネクスに包丁を突き付ける。


「それで、改めて聞くけど、フェネクスはなんでここにいたわけ?」

「ふむ……『妹に悪魔の存在を知られるな』という盟約ではあったが……既にラウムを通して悪魔の存在を認知はしている様子。ならば、説明せぬ方が、ゆくゆく彼女の意に反する結果に繋がろう」


 フェネクスは短い自問の結果、結論が出たらしい。

 そして、灯里を見上げて言葉を紡いだ。


「私は、君の姉、宮下栞里に用があった。君に危害を加える気はない。いや、危害を加えることは、宮下栞里と結んだ盟約に反する」

「お姉ちゃんに……ですか?」

「ああ、それで彼女は今どこに?」

「それは……」


 灯里は言葉を濁し、リビングの隅に置かれた栞里の仏壇を見やる。

 フェネクスもすぐにその視線に気づき、あぁ、と短く息を漏らした。


「そうか。彼女はもう逝ったか」

「はい……去年の一月に……。あの、フェネクスさん……もしかして、お姉ちゃんって」


 灯里は、そこで一旦言葉を止める。

 だが、フェネクスは一切の躊躇いなく、その言葉の続きを紡いだ。


「ああ。君の姉、宮下栞里は悪魔憑きだった」

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