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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第一章 「15秒と破壊者」
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第十一話 逆転する真相


「僕を見下ろすなぁ!」

「そのまま……落ちろっ!」


 空中でみあったまま、二人は五階に相当する踊り場から四階の廊下に墜落する。

 深夜は落下の衝撃に弾かれ、ゴロゴロと廊下を転がった。

 全身の筋肉がしびれ、きしむように痛む。

 相模の体をそのまま緩衝材代わりにしたとはいえ、流石に衝撃全てを受け流すことはできなかったらしい。


「はぁ……はぁ……」


 両手を床につき、身体を起こそうとするが上手く力が入らない。プルプルと震える腕は、体を数センチ浮かせるのがやっとだ。


「はやく、起きて……雪代を、呼ばないと……」


【しかし、身体が思うように動かせない深夜を他所に、四、五メートルほどの高さから直接床に叩きつけられたはずの相模は、フラフラと揺れる頭を押さえながら幽鬼のような苛烈な表情でその身を起こしていた。】


「うそ……でしょ……」


 現在の相模明久は、まだ階段の目の前でうずくまっている。しかし、よく見るとその背後には、微かに黒い煙の塊のようなものが視認できた。


――ギリギリのところで悪魔の腕を再生させて、下敷きにしたのか……――


「は、ハハハ! 驚かせやがって……でも、残念だけど、お前の作戦は失敗だ!」


 相模の表情がより一層醜く歪む。怒りと歓喜がない交ぜになったような狂気を孕んだ叫びと共に、フラフラと全身を揺らしながらも完全に起き上がった彼の右肩から、再び黒い異形の腕が形成された。


【だが、相模の生み出した異形の腕が深夜に届くことはなかった。】


「勝ったのはお前じゃない! 僕だ!」

「いいや……お前の負けは、もう視えた」

「なにを……っ!」

「せいやぁあああ!」

「なっ……がはっ!」


 相模の思考は、深夜への敵意で埋め尽くされていた。

 故に、彼が雪代の存在に気が付いたのは、驚異的なスピードで階段を駆け上ってきた彼女の強烈な回し蹴りを受け、窓際の壁に叩きつけられた後だった。


「あ……勢い余って手加減し損ねましたが……首の骨とかは……折れてはいませんね。うん、よかったです」


 壁際で横たわる相模の体を確認し、生命の安全が確保できた雪代はコートの内側からさっと取り出したロープで相模の手足をがっちりと拘束した。


「助かったよ、雪代……でもなんで……」


 お前がここに、と続く言葉が出るよりも先に、深夜は雪代に正面から思い切り抱きしめられた。


「……よかったぁ!」

「ちょ、ちょっと、雪代?」

「神崎さんが出てくるのがあんまりにも遅くて、もしかしたらと思って……本当に無事でよかったですぅ!」


 あんまり力強く抱きしめられたものだから、コートの中に忍ばせている銃らしい塊がゴリゴリと押しつけられて痛いやら、バニラのような甘い香りがするやらで思考が上手くまとまらない。

 だが深夜はすぐに、耳元で聞こえる雪代の声が涙混じりであることに気づく。


――本気で心配してたんだ――


 そう思った瞬間、深夜の全身に張り巡らされていた緊張の糸が急速にほぐれていった。


「どうやって俺の場所、わかったの?」


 心配して来たと言っても、深夜は雪代に自分の教室の場所などわざわざ教えてはいない。

 それでよくあそこまでタイミングよく、ここにたどり着けたものだ。


「ちょうど気になって校舎に忍び込んだら、上の方から凄い音がしたので……その音の方に走ってきました」

「なるほど……」


 雪代が聞いた音はおそらく、深夜が相模を階段上から叩き落とした音だろう。

 それを聞いてからということは、雪代はおよそ数十秒以内に一階から四階まで駆け上がってきたとなる。わかってはいたが改めてとんでもない身体能力だ。


「でもまさか、学校内で襲ってくるなんて思ってなくて。私の見通しが甘かったばかりに神崎さんを危険な目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい」

「あー、うん。俺も同じく学校の中は安全だと思ってたから、気にしてない……っていうか、雪代なんで泣いてるの?」

「な、泣いてませんよ! 私はプロですから、決して泣いてません!」


――もしかして、今までの態度って雪代なりにプロらしい振舞いだったのか?――


 少し高圧的なくらいに自信に満ちた姿を見せることで、護衛対象である深夜が不安にならないようにしていたのかもしれない。

 少なくとも、深夜の無事を心から喜んでいる雪代からは、今までのような胡散臭さは感じない。


「そろそろ離してくれないかな? 服の下のものが当たって痛い」

「痛い……わ、私、そんなに硬くないですよ!」


 何を勘違いしたのか、色白な顔を赤らめて雪代がパッと突き放すように抱擁をやめる。


「銃の話だよ」

「え、ああ……そういう」


 解放された深夜は、少しは動くようになった体に鞭を打って自らの力で立ち、縛られた状態で壁にもたれる相模を見る。


「とりあえず……事件は解決?」

「ええ、そうですね。結局、私は大したお役には立ちませんでしたが」

「いや、雪代がいなかったら俺、とっくに死んでたから」


 雪代は申し訳なさそうに頬を掻くが、実際問題、深夜だけでは相模を倒しきれなかった。

 なので、深夜が今生きているのは紛れもなく彼女のおかげだ。


「……ん? なにこれ」


 深夜は、足元に転がっていた小さな電子機器を拾い上げる。

 落下の時か、あるいは雪代に蹴られた時かはわからないが、どうもそれは相模のポケットから飛び出したものらしい。


「USBメモリ?」

「今時、珍しいですね?」


 パソコンを持っていない深夜にはあまり馴染みはないが、それ自体は特段目立つ要素はない、どこにでも売っていそうな消しゴムサイズのUSBメモリだ。

 だが同時に、スマホを使えばいつでもクラウドサーバーなどでデータをやり取りできる現代においては、学生がわざわざ持ち歩くのも珍しい代物ではあった。


「それも一応、証拠として預からせていただきますね。彼がどこで悪魔の召喚方法を知ったのか、それを調べなくてはなりませんから」

「そっか。雪代はこれからのほうが大変なのか」


 深夜は拾い上げたUSBメモリを雪代に手渡し、彼女の今後について考えをせる。


「そうですね。事件の背景やほかの被害者達を襲った動機など、確認しなければいけないことは山積みですが……それでも一番難しいところは解決しました。神崎さんのおかげです」

「自分と……友達を守るのに必死だっただけだけどね」

「改めて、ありがとうございました。これで神崎さんもこの街も安全になるでしょう」


 雪代は深夜から受け取ったUSBメモリをコートのポケットに収めると、昨日、拳銃を突き付けてきた時とよく似た、しかし、友愛のこもった笑みを浮かべた。


「短い付き合いでしたが、神崎さんがこの先平穏に過ごせるよう祈っていますね」


 ◇


 無機質なスマホのアラームが鳴り、三度目のコール音が鳴りやむタイミングで深夜はその音を止めた。


「久しぶりによく寝た気分……いっ!」


 枕元に伸ばした右手がズキッと痛み、持ち上げようとしたスマホを取り落としてしまう。

 その右手には白い包帯が、手のひら全体を覆うようにがっちりときつく巻かれていた。


「そうだった。手、怪我してたんだった」


 放課後に学校で行われた相模との戦い。滅茶苦茶になった教室や、文字通り爪痕が残った廊下等の事後処理は協会の仕事だと言われた。

 その後は退魔銀の爆発によって負傷した右手を雪代に手当して貰い、それを最後のやり取りに深夜は彼女と別れたのだった。


「さて、起きるか」


 感傷に浸りそうになった思考を振り払い、深夜は重い体に力を入れ、ベッドから起き上がる。


「おはようございます。神崎さん、本当に毎日ギリギリに起きてるんですね」


 そして、昨日の朝と全く同じように椅子に座っている、金髪の女の存在に気がつくのだった。


「……ちょっと待って、なんで雪代がいるの?」

「今日も神崎さんが出てくるのを玄関で待っていたのですが、一向に出てこないので心配になってお邪魔しました」

「そうじゃなくて……」

「ご安心ください。今日はピッキングのような非合法の方法ではなく、昨日の内に作った合鍵を使いましたから」

「ウチの鍵をお前に渡したおぼえはないんだけど……」


 深夜は頭を抱え、声にならないうめき声をあげる。

 つまり、雪代のこの非常識な行動は全て、演技でも何でもなく素だったということか。


「……悪魔憑きだった相模は捕まえたよね。なんで雪代がまた俺の家に来てるのさ……」

「はい、それなんですが……」


 すると雪代はにこやかな表情をおさめ、一気に声を低める。

 それは深夜に嫌な予感をさせるには十分な変化だった。


「結論から言いましょう。相模明久さんは連続襲撃事件の犯人ではなかった。いいえ、むしろ彼は『六人目の被害者』です」

「それ、どういう意味?」

「相模さんが昨日落としたUSBメモリ、覚えていますよね?」


 雪代は相模が持っていた規格品のUSBメモリを取り出し、深夜に見せるように顔の横に掲げる。


「再調査の結果、連続襲撃事件の被害者達五名、全員の自室からコレと同じものが発見されました。そして、その中に入っていたデータも全く同じでした」

「同じデータ……それって」

()()()()()()()()()()()


 雪代は淡々と真実を告げる。

 なぜ、自分がここにいるのか、なぜ、まだ事件は解決していないと言えるのか。


「つまり、連続襲撃事件の被害者達、彼ら全員が……悪魔憑きだったんですよ」


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