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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第八話 二日目 三雲⑥


「ここからは、虐殺タイムだ」


 三雲の右手の動きに合わせ、彼の背後に浮かんだ剣が霜倉へと射出される。


「チィっ!」


 対する霜倉は三雲の攻撃をうけ、懐から小ぶりなフルーツナイフを取り出した。


「そんな小さいナイフで防げるのかぁ?」

「ガキが……舐めるな!」


 そして、霜倉がそのナイフを地面に投げて突き刺すと、そのナイフを中心に冷気が渦巻きみるみるうちに巨大な氷柱つららが形成された。

 氷柱は三雲と霜倉、両者を分断するように立ちはだかり。三雲が放った無数の剣は標的にまで届かず、その氷柱に突き刺さった。


「氷……ああ、アレがアイツの異能か……」

《『凍結』……契約しているのはおそらくヴェパルね》

「オラぁ!」


 霜倉の乱暴な声と共に、今度はナイフが三雲へと向けて投擲とうてきされる。


《あのナイフ、気を付けて》

「わかってるよぉ!」


 三雲はスイートルームの広さを活かし、大きく横に跳んでナイフをかわす。

 そして、先ほどまで三雲がいた場所では、ナイフが鋭く尖った巨大な氷柱を形成していた。


「氷を作る異能……ってとこかぁ?」

《少し違うわ。ヴェパルの異能は『モノを凍らせる』こと。何もない所に氷を生み出しているわけじゃない》

「なるほど、あのナイフが氷の芯ってわけだなぁ!」


 突然氷漬けにされたり、氷が背後から襲ってくるという心配はない。そのことを理解した三雲は幻覚で生み出した刀を握り、霜倉に斬りかかる。


「ぐっ」


 その一閃は霜倉が咄嗟に前に出した左腕を切り裂く。

 三雲はその場所に合わせるように、その腕に血と傷の幻覚を張り付け、一旦距離を置く。


――所詮は幻覚。どうしてもチマチマ削るような戦いしか、俺達にはできねぇ――


 相手が『この攻撃は防げる』と自信を持っている限り、幻覚による攻撃は決してクリーンヒットしない。

 逆を返せば、精神が敗北を認めれば、その相手はあらゆる幻覚を受け入れる。


 現実の動きを織り交ぜ、幻の痛みを与え、存在しない傷を見せ、それを何重にも重ね、敵の戦意――精神を削いでいく。

 それが三雲零とダンタリオンの戦い方だ。


「じわじわと嬲り殺しにしてやるよぉ! 霜倉ぁ!」


 三雲はぐるりと霜倉の背後に回り込み、再度斬りかかろうとする。

 そんな彼をダンタリオンが引き留めた。


《レイ、止まって!》


 霜倉に目線を向けていた三雲の裏をかくように、左右から氷の槍が彼を襲う。


「うぉ、危ねぇなぁ!」


 間一髪だった。

 ダンタリオンの呼びかけがなければ、三雲が氷に串刺しにされていたのは間違いないだろう。


《大丈夫? どこか痛かったりしない?》

「ガキ扱いすんな」


――……それにしても、アレも氷の芯ってことか。ったく、霜倉ってやつはロクデナシの才能大アリだな――


 三雲は先ほど自らを襲った氷の槍の出どころを確認し、内心で悪態をつく。

 氷の槍の出どころ。それはこの部屋に元からあった、遺体入りの氷塊だった。


 霜倉が悪魔と契約したのがいつかは知らないが、一年足らずで死者の骸すら道具として使い捨てるまでに倫理観を失えるものか、と三雲は逆に関心してしまう。


「そこかぁ!」


 三雲が一旦距離を置き、たじろいだのを霜倉は見逃さない。

 慣れたスローイングで再度、三雲に向けてナイフが投擲される。


「ナイフ一本、避けられねぇと思ったかぁ?」


 三雲が大きく跳躍し、攻撃の回避と霜倉への接近を同時に行おうとする。

 しかし――


「バカが! その程度の距離なら届くんだよ!」

「ぁ?」


 ――ナイフから生成されたのは、一本の氷柱。ではなく、剣山のような無数の氷の槍だった。

 イガグリのような外見のそれは、周囲数メートルにある物体を無差別に貫き、その一つとして空中に浮く三雲をも刺し貫いた。


「がはっ!」


 氷の槍が三雲の胸部を貫通し、その体を宙づり状態にする。

 氷柱の表面を三雲の血が滴り、青白い氷が赤く色づいていく。

 そして、口の端から血を垂れ流す三雲の体はピクリとも動かなくなった。


「ハハハハッ! 口だけのガキが!」


 三雲の死を確信し、霜倉の表情が歪む。

 霜倉はそのまま、魔力を込めた腕で乱暴に三雲を貫く氷を砕き、その体を地面に落とした。


「クソガキが! 調子に! 乗ってんじゃ! ねぇ!」


 霜倉は、足元に転がる三雲の体を何度も何度も踏みつける。

 一度踏みつけるたびに、骨を折る音と感触がする。


「大人を! 舐めるなぁ!」


 蹴り飛ばされた恨み、お楽しみを邪魔された苛立ちを込めて何度も、何度も、霜倉は三雲の遺体を嬲る。


「ずいぶんと楽しそうだなぁ、霜倉ァ! 俺も、混ぜろよ!」

「ァ?」


 霜倉の口からでたのは奇しくも、三雲が氷に串刺しにされた時と同じセリフ。

 その声の出どころが自らの頭上だと気づいた霜倉が咄嗟に顔を上げると、そこには顔面に迫る三雲のかかとがあった。


「がぁ!」


 鼻っ柱に三雲の踵蹴りが直撃し、霜倉は両手で顔を押さえる。


「教えてくれよ、霜倉ァ。テメェ、今までなにを蹴って遊んでたんだぁ?」


 三雲が二人いる。霜倉は最初そう認識した。

 だが、現実は違う。


 気づけば、霜倉の足元にあった三雲の遺体は影も形もなくなっており、部屋にいるのは目を見開き不敵に笑う、無傷の三雲零一人だけ。

 簡単な話だ。

 ナイフを跳んで避けたのも、氷の槍に刺し貫かれたのも、霜倉が何度も踏みつけていたのも、全てダンタリオンの異能で生み出された幻覚の三雲だったというだけ。


「じっと、してなぁ!」

「何を――ぐっ!」


 三雲がパチンッと指を鳴らす。

 すると、霜倉の首と手足に鎖が絡み、その鎖はそのまま彼の全身をうつぶせで地面に引き倒した。


「テメェなんて言ってたっけ? 『大人を舐めるな?』だっけかぁ? ヒヒヒッ、そんな三流小悪党みてぇなセリフ、よく出てきたなぁ!」


 三雲は霜倉を嘲笑しながら、意趣返しのように、床にうつぶせ状態で拘束された霜倉の顔面を蹴り飛ばす。


「がはっ! ……あ、ぁあ!」

「お、なんだぁ、その顔? 顔を蹴られるのは初めてかぁ?」


 霜倉は、混乱と怒りがない交ぜになったグチャグチャの表情をしながらも、自らの顔面を執拗に蹴る三雲の足に手を伸ばす。


「こ、氷漬けにして、殺してやるよ!」


 だが、今まで塾生達を粛正する時と違い、その手が三雲の足首を掴んでも、何も起こらない。


「なん……でだよ!」

「悲しくなるねぇ。魔力抵抗についても知らねぇ三下が、俺の後釜を名乗ってたなんてよぉ」


 今の三雲の肉体は、ダンタリオンとの同化により大量の魔力を帯びている。

 そんな彼の肉体を異能で氷漬けにしようとするには、生半可な魔力では到底足りない。


「俺を殺したけりゃなぁ!」


 三雲はサッカーのフリーキックのように大きく足を振りかぶり、魔力を込めた右足で霜倉を力いっぱいに蹴り飛ばす。


「がはっ!」

「命ぐらいは賭けてみやがれ、ドサンピン!」


 そして、壁に打ち据えられたその体に、無数の幻覚の刃が放たれる。

 機関銃の掃射音のごとく、刀が壁と床、そして人体に突き刺さる音が絶え間なくなり続ける。

 その音は、霜倉の呻き声が途切れるまで続いた。


「はぁ、はぁ……あー、疲れた」


 日本刀の一斉掃射が止まり、三雲はようやく終わったとひと心地つく。


《まだ、ヴェパルの気配は残ってる》

「っち。最後に一発蹴り入れて、契約解除させっかぁ」


 ダンタリオンの警告を受け、三雲は舌打ちを漏らす。

 異能の幻覚によって滅多刺しにされた霜倉は、もうピクリとも動いていない。

 だが、それでも幻覚の攻撃ではやはりトドメはさしきれないようだ。


「また撫子を探しに行かねぇとだし」


 もちろん、三雲も油断していたわけではない。

 霜倉が新たに氷の柱を生み出し攻撃してくる可能性は常に警戒してた。


 だが、彼らは大きな読み間違いをしてしまった。


「ぁ……ぁ……」


 たしかに、霜倉は三雲を倒すために命を賭ける覚悟など持っていない。


《レイ!》

「まだ意識あんのかよ!」


 だが同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


「……死……ね」


 霜倉はその両手を床につき、自分達がいるこの部屋そのものを凍結させた。


《レイ! 早く気絶させないと!》

「わかってるよ!」


 三雲は警戒を一旦投げ捨て、遮二無二に霜倉に駆けより、その顔面を渾身の力で蹴りつけた。

 その一撃で遂に霜倉はぐったりと全身を力を失い、魔力の気配も消える。

 だが、それでも既に事態は手遅れだった。


「壁も床も扉も……見事に氷漬けだなぁ、オイ……」


 三雲は自分が入って来た扉を覆う数センチの氷を見て、肩をすくめる。

 試しに魔力を込めた全力の蹴りを入れてみるが、ひび割れ一つ入らなかった。


「氷には、はぁ……はぁ……幻覚なんざ、効かねぇし。どうすっかなぁ……」

《……レイ?》


 ダンタリオンが三雲の声に違和感を覚えた直後、まるで彼の体から追い出されるように同化が解除されてしまった。


《レイ! 大丈夫!》

「うっせぇなぁ……ふらついただけだよ」


 三雲はダンタリオンを邪険に振り払おうとするが、その手にはまともに力が入っておらず、ダンタリオンはすぐに、彼の言葉が嘘だとわかった。

 そして、彼の姿をよく観察し、彼の全身が薄い氷の膜に覆われていることに気づいた。


《これ……汗が凍って……》


 思えば、三雲はここにたどり着くまで、熱帯夜の中を一時間近く走りっぱなしだった。

 そんな汗でずぶ濡れの状態で急に、零下二十度近くの異常な領域に閉じ込められたのだ。

 その急激な環境の変化が、彼の体温を一気に奪ったというのは想像に難くない。


 顔色は蒼白、唇も紫色で血の気を感じない。

 それでも、自分の足で立ち続けようとするのは彼なりの意地というやつだろう。


「こんなところで……死ねるか、ってんだよ……」


 だが、その意地も長くは持たず、三雲は崩れ落ちるように氷漬けの床の上に倒れ込む。

 その呼吸はどんどん浅く、荒くなる一方でこの冷気の中でも白く染まらなくなりつつある。

 それは、三雲の体内の温度も低下しはじめていることを如実に示していた。


《レイ! レイ! しっかりしてよ》


 ダンタリオンは膝をつき、三雲の体に手を伸ばそうとする。

 しかし、その手が、この体そのものが血の通わない冷たい偽物だという事実に気づき、手が止まった。


「あぁ……そっかぁ。リオンは寒さとか関係ねぇのか……そいつは、よかった」


 このままでは氷が解けるより先に、三雲に限界が来る。

 だというのに、ダンタリオンにはこの現状をどうすることもできなかった。


《私のせいで……こんどは、レイまで……》


 無力感から来る絶望にダンタリオンの心が飲まれようとしたその時、三雲のスマホが着信音を奏ではじめた。


《…………》


 自分でスマホを取ることすらできなくなった三雲に代わり、ダンタリオンは彼のポケットからそれを取り出す。

 表示されているのは『非通知』の三文字。

 相手はわからない。だがそれでも、ダンタリオンは一抹の希望に縋るようにその通話ボタンをタップした。


『もしもーし。…………アラ? 聞こえてるかしら?』


 その相手は、三雲達に霜倉の情報を提供したバーのマスターだった。

 肉声の発せないダンタリオンは、そのままスマホをスピーカーモードにして三雲の口元に近づける。


『音無撫子ちゃんの身柄を確保したから報告しようと思ったんだけど……もしかして、ちょっとまずい状況かしら?』

「あぁ……ちょっと閉じ込められてな……」

『あら、大変。それは、ちょうどよかったわ』

「ちょうど……よかった?」


 三雲もダンタリオンも、電話口の相手のその言葉の意味が理解できない。

 そんな二人を置き去りにするように、電話口からバーのマスターとはまた別の若い男の声が届いた。


『そういうことなら、扉から離れていてくれ。巻き込むからな』



 その言葉の直後、分厚い氷に覆われていたホテルの扉が、氷ごと切り刻まれた。



 暖かい外気と共に室内に飛び込んできたのは、七人の人影。

 そのうちの一人がバーのマスターであったことから、三雲は彼らが先ほどの電話の相手なのだと察する。


「やあ、まだ生きてるよな? 三雲零」


 その集団の先頭に立つ、日本刀を持つ若い男が三雲に笑いかける。


《この人、どうしてレイの名前を?》

「なん……だ、テメェら……」


 何故この部屋にいるのか、何故三雲の名前を知っているのか。

 あらゆる疑問を内包した三雲の問いに、その男は刀を肩に掛け、こう答えた。



「俺達か? 俺達は『七曜会しちようかい』。悪魔憑きの……秘密結社ってやつだ」



 その答えを最後に、三雲零はついに意識を失った。


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