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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第七話 二日目 三雲⑤


 ピチョン、ピチョン、と一定のリズムで水が滴る音がした。

 その音が気になって眠れない彼女は、重い体を無理やり起こし立ち上がる。

 風呂場のシャワー辺りをちゃんと締めていなかったのかと思いながら、寝室から出ると、リビングに見知らぬ男が立っていた。


「だ、誰!」

「ハイハァーイ、ブラックサンタのおでましだぁ。良い子にしてたかぁ?」


 カジュアルなパーカーを身に纏い、そのフードを目深く被ったその男は、間延びした甲高い声で、家主に語り掛けてくる。

 当然のように彼女の表情は恐怖に染まった。

 だが、その口から出てきた言葉は『正体不明の侵入者』に向けるには、少々様子がおかしかった。


「わ、私は逃げたりなんてしてません! ちゃんとノルマだってこなしてます、だから……!」

「必死に弁明してるところわりぃがぁ、生憎それは人違いだ」

「……え?」

「ってわけで、しばらく寝てろ」


 フードの男が手をかざす。すると、突然彼女は自らの首を手で抑え、口を大きく開けて呼吸を荒げた。

 まるで、急に呼吸がうまくできなくなってしまったかのように。

 そして、数秒とせずにこの家の家主であるその女は、目を白く反転させ、その場に倒れ込んだ。


「よっ、と。失神する時は一回しゃがめよ、あぶねぇなぁ」


 謎の侵入者、三雲零は、フローリングの床に倒れそうだった彼女の背中に手を回し、その体を支える。

 そのまま家主をベッドまで運び、寝かせた三雲は酒の空き缶が転がる寝室を見回し、ウォークインクローゼットに目を付けた。


「さーってと……お、あったあった」


 クローゼットの中の衣服や下着類を掻き分け、三雲はその奥に隠されるようにしておかれた教導学塾の白いケープを見つけ、それを乱暴に引っ張り出す。


《女性をクローゼットを漁るのに、躊躇ためらい一つないのね》


 三雲の脳内に、同化状態のダンタリオンの声が響く。


「なんだぁ、赤面して恥ずかしがって欲しかったってかぁ?」

《……そういうレイも見てみたいかも》


 三雲は冗談で言ったつもりだったが、ダンタリオンが数秒しっかり思考してから答えるものだから、その返答が若干本気で言っているように聞こえる。


「ぜってぇ見せねぇよ……ほら、これもさっさと壊すぞ」

《ええ、そうね》


 軽口を打ち切り、三雲はダンタリオンから受け取った魔力をケープに適当に流し込む。

 すると、異なる悪魔の魔力が混ざったことで、ケープはひとりでに裂け、ボロキレのような有様となった。


「これで二十個っと、だいぶ減らしたが、まだ本体の場所はわからねぇのかぁ?」

《ちょっと待ってね……孤立してた反応はこれで最後だから。あとは五個くらい固まっているのが一つと、三つの塊が二つ》

「三択か……王道に行くなら一番多いところが本命だが」


 教導学塾の本拠地であったビルは崩壊している。

 しかし、組織として形だけでも継続しているのなら、代わりとなる本拠地が御代坂のどこかにあるはず。

 そう読んだ三雲達は、御代坂に点在する魔力の気配を手当たり次第に調べ、標的の場所を絞り込んでいた。


「まあいい、もう日付も変わってる。さっさと次行くぞ!」


 そう言って塾生の家のベランダに出ようとする三雲、そんな彼の出鼻を挫くかのようにポケットのスマホが鳴った。


『ハーイ。頼まれてた情報、一通りそろったわよ』


 電話の相手はバーのマスター。

 三雲達が店を出てからまだ一時間程度しか経っていないが、どうやら、もう新しい教導学塾の支配者に関する情報が手に入ったらしい。


「俺の後釜、誰かわかったのか?」

『ええ。今の教導学塾の塾長を名乗っているのは「霜倉大介しもくらだいすけ」という名の男よ。あなたの想像通り、悪魔憑きみたいだけど、危機意識が足りないみたいね。偽名を使ってる様子もなかったからすぐにわかったわ』

「名前だけ言われてもよくわかんねぇよ。いったい、何者なんだぁ、そいつは?」

「『()()()()()()』わ」

「言葉遊びに付き合ってやるほど、今の俺は暇じゃねぇぞ」


 三雲は苛立ち混じりに先を促すが、マスターはいたって真面目に続ける。


「言葉通りよ。霧泉市といベッドタウンで生まれ、現在は御代坂市の不動産営業のサラリーマン。目立つ功績も実績もなければ逮捕歴もない。ああ、先週に会社は退職したらしいから今は無職ね」

「なんだぁ、そりゃ。そんなヤツがなんで悪魔憑きなんかになってんだよ」

「さあ。どうしてかしらね。ただ、今の教導学塾はあなたが運営していた頃より酷い有様みたいよ」

「そうみたいだなぁ」


 三雲は昼間の男達や先ほどの女の怯えきった表情を思い出す。

 彼も元々は魔王召喚の生贄にするつもりだった身だ、ことの善悪や塾生の現状を糾弾する気は毛頭ない。

 だが、霜倉は組織の外面を誤魔化すのも、塾生を管理するのも雑過ぎる。


「男には上納金を集めさせ、女は自分の周りに囲っているって話だから……まあ、悪魔憑きになった理由も大した理由じゃないんでしょうね。霜倉のお気に入りらしい塾生の目撃情報は北部のホテル街に集中してるわ。いるとしたら、本人もそこね」

《北部のホテル街……うん、魔力の気配と一致する。三つの場所》


 ダンタリオンの魔力探知とマスターの情報。二つを統合した感じ霜倉の所在はそこでほぼ確定、と言えるだろう。


「霜倉が魔導書を手に入れたルートは私も気になるところだから、追って調べるつもり。それと、音無撫子ちゃんについての方だけど」


 霜倉に関してはこれ以上語ることはないというように、マスターが話題をもう一つの依頼に切り替える。


「彼女、ここ一年くらいピアノを人前で弾いていなかったみたいね」

「スランプってやつかぁ?」

「もっと深刻。ちょっと伝手を頼ったら心療内科の通院履歴が見つかったわ。母が世界的なプロピアニストじゃプレッシャーもひとしおなんでしょうね」


 三雲は音楽は聴く専門、それもクラシックにはあまり興味がないので、ピアニストの世界は想像することしかできない。

 けれどおそらく、音無撫子は教導学塾に入って、そういった音楽とのしがらみを全部捨てたかったのだろう。


「あと、多分これも必要だと思うから伝えておくわ」

「んだぁ?」

「その音無撫子が、さっき話題にあげた北部のホテル街で目撃されたらしいわよ。教導学塾のケープを来た女性と一緒に」

「それを一番最初に言いやがれ!」


 三雲は改めて鍵のかかっていないベランダのガラス戸を引き開け、二階の高さから飛び降りた。


「リオン、このままホテル街まで一気に走るぞ。一応、幻覚で俺の姿隠せ!」

《動いているものを幻覚で隠すのって、結構大変なんだけど》

「適当でいいんだよ。こんな時間だ、見られても働き過ぎか、酒が理由の見間違いにならぁ!」

《それもそうね》


 ダンタリオンの魔力で高めた身体能力を利用し、地上数メートルの高さからの落下をものともせず、三雲は走りだす。

 その表情にはもう、ひと欠片の迷いも存在しなかった。



 ◆



 音無とローブの女性はホテルのエレベーターに乗り、最上階へと向かっている。

 二人の間に会話はなく、その沈黙が恐怖に代わり、音無の決意を鈍らせていく。

 だが、その間にも彼女の目の前にある電子モニターに表示された数字は大きくなっていく。

 そして、遂に最上階を示す9の表示で、エレベーターが止まった。


「着きました。塾長はあちらです……ですが、先にあなたに見せておくべきものがあります」


 女性はそう言ってエレベーターから一足先に降りた。

 最上階にある客室はいわゆるスイートルームに分類されるもので、この階層の廊下には二部屋分の扉しかなかった。

 女性はそのうちの一つのノブを開き、音無を誘う。エアコンが効いているのだろうか、冷たすぎるほどに冷えた空気が音無の体をなぞった。


「塾長から、逃げ出そうなどと思ってはいけません」


 扉の奥の照明が自動で灯り、暗い部屋の中が廊下から視認できるようになる。

 だが、音無の見た光景はホテルの内装とはとても思えなかった。


「あなたも、こうなりたくないのなら」


 その部屋は壁一面が白い霜に覆われており、。例えるなら、倉庫などの冷凍室といった様相。

 中にあるのも、ベッドといった調度品ではなく、巨大な氷の塊だった

 それも氷塊は一つではない。高さ二メートルはあるであろう巨大な氷塊が見える範囲で五つはある。

 しかも、よく見るとそれはただの氷ではなく、中に何かがある……というよりも、大きな何かを氷漬けにしたような代物らしい。


「…………なんですか、コレ……」

「塾長に逆らったもの、逃げ出そうとしたもの、塾長に飽きられたもの」


 そして音無が、その氷の中にあるのが、人間だと気づいたとき、寒さとは異なる震えが彼女を襲った。


「塾長は人間ではありません。そして、ここまで来てしまった以上、あなたはもう、逃げられない」

「なに、を……」

「悪くないじゃないか。良い声を出してくれそうだ」


 音無の背後から、野太い男の声がした。

 ハッとして振り返ると、そこにいたのはバスローブ姿の中肉中背の男性。どこにでもいそうな、体育会系上がりのサラリーマンといった風体。

 だが、音無を品定めするように見るその目だけは、飢えた野獣のように鋭く、そして不愉快だった。


「ここは寒いから。隣の部屋に行くぞ。入塾試験だ」

「試験って……何を?」

「顔は良いが、頭は悪いのか? 何も無いお前ができることなんて、一つしかないだろう。それとも、何の対価もなく衣食住が貰えると? 本気でそんな甘いことを考えていたのか?」

「それ……は……」


 塾長、霜倉の言葉に音無はたじろぐ。

 彼の言う通り、そんな都合の良い話があるわけがない。それはわかっていた。しかし、この状況は彼女の想像を遥かに上回っている。


「ちっ! トロい女だな、早く来い! アレの仲間入りしたいのか?」


 痺れを切らした霜倉は音無の手を掴み、強引にもう一つの部屋へと連れ込もうとする。だが――


「おかしぃなぁ! 教導学塾は清く正しく、健全な運営がウリだったんだけどなぁ!」


 ――霜倉の背中に、三雲零の跳び蹴りが直撃し、死体の氷塊が保存された部屋に押し込まれた。


「……っ零くん!」

「オイ、そこの! 撫子をエレベーターに連れ込んで、できるだけ遠くにいけ!」


 三雲の絶叫。その声を受け、ケープを着ていた塾生の目から光が消え、恐ろしい力で音無を羽交い絞めにする。


「な、なにこれ? キャッ!」


 そして、そのまま音無を強引にエレベーターに乗せ、一階のボタンを押す。


「ひゃひゃひゃ! まさか、リオンの作ったケープ着てる塾生がいるなんてな!」

「零くん! あなた、いったい……!」


 音無の疑問は何一つ解決せず、二人を乗せたエレベータ―の扉は閉まり、最上階に残されたのは三雲零と霜倉大介、二人の悪魔憑きだけとなった。


「お前……も、悪魔憑きか……? なんでここに!」


 三雲に蹴り飛ばされた霜倉は立ち上がり、声に明確な敵意を込める。

 対して、三雲は三白眼を見開き、そんな彼を声高らかにあざ笑う。


「別に、教導学塾って組織に未練はねぇけどよぉ。やっぱ、自分で作ったもんを他人に滅茶苦茶にされるってのはムカつくもんだねぇ」

「まさか、お前が……先代の?」

「そーだぜぇ、後輩。はじめましてのところわりぃが……」


 三雲が手をかざし、その背後に無数の剣が浮遊する。


「ここからは、虐殺タイムだ」


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