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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第六話 一日目 三雲④

「……はじめ! 始ぇっ!」


 ゴロリと重い音がした。

 重量のある球体がコンクリートの地面の上を転がる音だ。

 その球体は不規則な赤い軌道を地面に残して転がり、三雲の足元でピタリと止まった。

 それは切断された人間の頭部だった。


「はじっ――」


《だめ! 動いたら偽装がゆるむ……こらえて!》


 ダンタリオンが三雲を背後から羽交い絞めにし、その口を手で覆う。

 その力は強大で、少女の細腕だというのに、三雲がどれだけもがいても緩む気配すらない。

 故に、彼はそれを見つめ続けることしかできなかった。

 瞳孔が開き切った瞳を。

 無造作に散らばった十本の指を。

 赤い血と肉の中にかすかに見える白い骨を。

 無惨に、パズルのピースのように、決して助からないと理解できる有様となった親友を。

 その奥に立つ、長い前髪で顔の右半分が覆われた少年の姿を。


「下等種が自らの分を弁えないからこうなる」


 その少年は三雲とそう変わらない年齢だった。

 だが、彼はバラバラの死体を前にしても顔色一つ変えない。それどころか、その表情にあざけりの笑みを浮かべてすらいる。

 その表情、その言葉だけで三雲は理解する。

 この男がこの惨状の元凶なのだと。


「――――っ!」


 怒りは一瞬で沸点を越えるが、その叫びも、殴りかかりたい衝動もダンタリオンに抑え込まれる。


《だめ……レイまで……殺される》


 目隠れの少年の視線がふらりと、三雲へと向けられ、左眼だけが見えるその顔を三雲は睨みつける。


――殺してやる。どんな手段を使っても、何を犠牲にしてでも、必ずお前を殺してやる――


 三雲を抱きしめるダンタリオンの腕が、緊張に強張る。


――たった一つのために、他の全てを切り捨てる。そんな『悪』になってでも――



 日がくれるまで探し回っても、音無撫子は結局見つけられなかった。


『歩き疲れた』というダンタリオンの要求によりホテルに戻った三雲は、今朝中断されたPCノベルゲームの続きを黙々と読み進めていた。

 成人向けノベルゲームとは一口にいっても三雲が好むのは、アダルト要素はエッセンス程度に抑えた、シリアスなものが多い。


 たとえば、今彼がプレイしているのは

『爆発事故によって家族を失った主人公が事故の原因である悪魔を探し、家族の仇を取ろうとする』なんて内容だ。


 なお、グランドエンディング直前で、ずっと謎にされていた「家族の仇である悪魔」の正体が「主人公を支え続けてきたメインヒロイン」だった、と衝撃の真実が明かされていたりする。


「…………ふぃー。満足満足。やっぱり物語はハッピーエンドに限るねぇ」


 ヒロインの力を悪用していた真の黒幕を主人公が倒し、ヒロインの贖罪の人生を支える決意をして物語は幕を閉じた。

 復讐を終えても死んだ人間は戻ってこない。だがそれでも、悪くない結末ではないだろうか。

 スタッフロールも最後まで見届け、タイトル画面に戻ったことで、三雲は有線イヤホンを外して体を伸ばす。

 長時間ソファで前かがみの姿勢だったからか、体が硬くなっているのを如実に感じる。


――リオンに見られたら、普段から姿勢をよくしろって説教されそうだなぁ――


 なお、そのダンタリオンは現在浴室で長湯中で、三雲の視界内にはいない。

 彼女が出てくるまで仮眠でも取ろうかと思い、三雲がベッドに向かうとその上にシーツとは別の白い布が置かれていることに気づいた。

 とはいっても、それがダンタリオンが脱いでいったものではないと三雲は一目でわかった。


「教導学塾の……アイツ、いつの間に」


 白地に金の刺繍がされたある意味では見飽きたケープ。それが三着分。ベッドの上に無造作に山を作っていた。

 どうやらダンタリオンが三雲の目を盗んで、路地裏で情報を聞き出した男達から回収していたらしい。


「なんだったか、これも一応魔道具になってんだっけかぁ?」

《ううん。魔道具、って呼ぶにはお粗末な代物》


 三雲の独り言が聞こえていたのか、ダンタリオンの返事が返って来た。

 彼女が風呂から出るまで三雲は待つつもりだったが、どうせとばかりにこんなものを持って帰って来た真意を問いただす。


「お粗末ってことは、大した異能は使えねぇってことか」

《そもそも、それ自体は異能に一切関係ないわ。ただ、魔力が少し込められてるだけだから》

「あ? なんだそれ。そんなもん信者に持たせて何がしてぇんだよ」


 元になったダンタリオンのケープも、持ち主に異能を与えるものではなかったが、あれには「着ている人間の行動を操る」という力はあった。

 だが、持ち主にも製作者にも恩恵のない魔道具など作るだけ魔力の無駄遣いにしかならないはずだ。


《多分だけど、そのケープを信者に着せている理由は発信機として、だと思う》

「……発信機ぃ?」

《普通の人間は悪魔憑きと違って魔力の気配を感知できないでしょ? だけど、それを着た人間は離れていても、ケープに付いた魔力を辿ればどこにいるか把握できる。さっき、ざっと探ってみたけど私の感知範囲で三十個くらい反応があったわ》


 三雲はケープを掴み上げ、見つめる。魔力の気配を放つ発信機。


《あと、さっきの男の人達にも気配が少しだけ移ってたから、脱ぎ捨てても意味はないみたい。さしずめ、脱走防止用の首輪、ってところかしら》

「バカかテメェ! わかってんなら、そんなもん持って帰ってきてんじゃねぇよ!」


 つまり、教導学塾を乗っ取った悪魔憑きに、自分達の存在も居場所も筒抜けになっているということではないか。

 三雲はすぐさま三着のケープをまとめて鷲掴みにし、ホテルの外へと向かう。

 彼が扉の無人精算機を焦りながら操作していると、浴室の扉が開き、バスタオルを体に巻いただけの状態のダンタリオンが三雲の背後に立った。


《なにしてるの?》

「決まってんだろ、適当な場所に捨ててくんだよ!」


 ようやく精算が終わり、オートロックの扉の鍵が開いた。しかし、ダンタリオンは三雲の手首を掴み、その動きを止めた。


《……レイ》

「着替えんだろ? 出てってやるからさっさと……うぉ!」


 三雲はその手を振り払って外に出ようとするが、逆にダンタリオンに力づくで引き戻され、仰向けに倒れる。

 そして、ダンタリオンはそのまま三雲の両手首を床に抑え込み、四つん這いで彼に覆いかぶさった。


「……オイ。なんのつもりだぁ? コレは」


 三雲の鼻先にダンタリオンから滴ったお湯の雫が落ちる。

 端的に言えば「押し倒された状態」。しかも、ダンタリオンの濡れっぱなしの長い髪が重力で垂れ落ち、二人の顔の周囲を覆い隠したことで強制的に見つめ合う形になってしまう。


《レイ、あなたは何に怯えているの?》

「怯えてる……だぁ?」


 ダンタリオンの真紅の瞳に、三雲の顔が映る。その表情に普段の悪辣な笑みはなかった。


《レイだってわかってるでしょう。あの女の子が教導学塾にいる可能性が一番高いって》

「……」

《でもレイは教導学塾を避けている。いいえ、悪魔憑きを避けている。のかしら?》

「うるっせぇなぁ! さっさと離しやがれ」


 拘束を解こうと腕に力を込めるが、少女の体でもやはり実体化した悪魔。一ミリたりとも腕は浮かず、かといって自由な両足でダンタリオンを蹴り上げるというわけにもいかず、三雲は抵抗を諦めて現状を受け入れる。


《あの時……ラウムの契約者に負けた時。レイが無理やり魔王を召喚しようとしなかったら、私はきっと地獄に送り返されていた》


 三雲が大人しくなったことを受け、ダンタリオンはとつとつと思い出を語るような口調で話始める。


「いきなり話変わったなぁ」


 怯えている。と言われたので、てっきり『さっさと教導学塾を調べに行け』と発破をかけられると思っていた三雲は肩透かしを食らい、軽い態度で返す。

 だが、ダンタリオンの次に発した言葉でその表情が苦虫をかみつぶしたようなものに変わる。


《あんなに必死そうなレイを見たの、ハジメが殺された時以来だったわ》

「…………」

《まさか、悪魔憑きを避けるのも、メカクレを本気で探さないのも。私を戦わせないため、なんて言わないわよね?》


 三雲は何も言えずに押し黙る。

 そんな彼の心の内を見透かすように、ダンタリオンは瞬き一つせずに三雲の目を見つめ続ける。


《私達の目的は、ハジメを殺したメカクレに復讐すること。そうでしょう?》

「…………ああ、そうだ」


 三雲は絞り出すような声で肯定する。

 約半年前のクリスマスイブ。三雲の親友、夕凪始が殺された。

 その復讐を目的に、三雲はダンタリオンと契約を交わしたのだ。


《レイはそれを自分のワガママだと思っているのかもしれないけど、違うの》

「どういう意味だよ。それ」

《これはね、私にも必要な復讐なの》


 ダンタリオンの声はこの上なく無感情で、冷たい。


《あの日、あの時、逃げ出した私をレイとハジメが見つけてくれた。あなた達は私をその日常の中に入れてくれた……だけど、きっとあのメカクレが本当に探していたのは……私なのよ》

「わかんねぇだろ……そんなこと」

《悪魔を拾って、一か月後に殺されて……関係ないわけないじゃない》


 三雲はそれ以上は強く否定しなかった。彼自身、ダンタリオンの前では決して口にはしなくとも、メカクレとダンタリオンに繋がりがないとは思っていなかったからだ。


《この復讐は私にとっては贖罪なの。あなた達の全てを奪った私の願い》


 理由は違えど、ダンタリオンもまたメカクレを殺したいと、夕凪始の仇を取りたいと、そう願っていた。


《だけど。レイが復讐なんてやめて、幸せになるために生きようとするのなら、私はそれを止めない。むしろ背中を押してあげたい。けどね――》


 一瞬だけ、ダンタリオンの口調が優しくなる。それは彼女が心から三雲の幸福を願っているのだと、その感情の全てを乗せたものだった。

 だが、それに続く言葉に乗せられたのは対極ともいえる冷酷な怒り。


《――『()()()()』なんて理由で逃げることだけは、絶対に許さない》


 それは自身の贖罪への冒涜だと。

 そして、悪魔のせいで親友を、平穏な日々を、安寧を全てを失った三雲が成すべきことは彼女を思いやることなどではないと。



《ちゃんと壊れるまで、私を使って》



 その言葉を最後に三雲とダンタリオンの間に沈黙が訪れる。

 長い、長い無言の末に、三雲は口角を吊り上げ、悪辣な笑みを浮かべた。


「……ッハ! そこまで言うなら覚悟しろよ。泣いて謝ってもやめてやんねぇからなぁ!」


 ◇


 時刻は日付が変わろうという真夜中。三雲は再度、情報屋ともいえる件のバーの前にいた。


「さぁて、と。今日は徹夜決定だなぁ」

《そうだね……あ、そうだ、レイ。一つ約束》

「あ?」


 既に同化は終え、幻覚による変装も済ませた三雲が地下に続く階段に足を踏み入れようとすると、心の内からダンタリオンが問いかけた。


《もう二度と、私のために自分を犠牲にするようなことはやめてね。魔王を一人で召喚しようとしたりとか》

「うっせぇ。アレは負けんのが嫌だっただけだよ、自惚れんなクソアマ」

《そう。ならいいわ》

「……っち」

――笑い声が聞こえてんだよ――


 三雲は舌打ちだけ返し、以後は彼女の声を無視して地下への階段を降り、バーへと入った。

 今朝と違い、客は多い。というよりも、時間的には今が営業時間の本番だ。


「あら、一日に二回も来てくれるなんて、私のお酒気に入ってくれたのかしら?」

「あんな弱い酒飲んだうちに入らねぇよ」

《あ、レイ。『サンドリヨン』ってカクテルは別名『シンデレラ』っていって……》

「今回は酒はいらねぇ、欲しいのは情報だ」


 ダンタリオンの発言を遮るように三雲はマスターに本題を告げる。


「メカクレ君に関しては追加情報はないわよ?」

「そっちは一旦保留だ。二つ調べろ、一つは教導学塾。俺の後釜で好き勝手やってるのは誰か調べろ」

「それなら簡単ね。もう一つは?」

「もう一つはプロピアニスト、音無麗子の一人娘、音無撫子の個人情報。調べられるだけ調べろ、家族、学業、友人、男、プライバシーとか全部無視だ」


 そして、三雲はドンと叩きつけるように札束の入った封筒をバーカウンターに置く。それは教導学塾の運営に携わる中でかき集めてきた資金のほぼ全てでもあった。


「お金を積んで女の子の個人情報を買おうだなんて、ろくでもない頼みね」

「あったりめぇだろ。目的のために手段を選ばねぇから、悪党なんだよぉ」


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