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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第五話 一日目 三雲③


「女子大生って生き物はよぉ。なんだってどいつもこいつも似たような服と髪型してんだろぉなぁ?」


 すっかり見失ってしまった音無撫子を探し、御代坂市を西へ東へと駆け回った三雲とダンタリオン。

 しかし、三時間かけても音無は見つけられず、二人は休憩と昼食を兼ねて、元教導学塾ビルの前にある喫茶店で腰を下ろしていた。


「ったく、どこ行きやがったんだよ撫子のヤツ」


《レイと別れた時の雰囲気からして、大人しく東京に帰ってことはなさそうだけど》


 二十を超えた大学生が県を跨いでまで家出しているのだ。人に何か言われてあっさり帰るほど軽いものではないだろう。

 かといって、まだ御代坂市に留まっているはずと考えるのも、かなり希望的観測に寄ってしまっているのもまた事実だ。


《別の街に行った可能性もあるんじゃない?》

「それは今回は考慮しねぇ」

《どうして?》

「そうなったらもうお手上げだからなぁ。考えるだけムダだ」


 電車を使えば三時間でいったいどこまでいけるか。考えるだけで嫌になる。

 せめてもの救いは、撫子が教導学塾に頼ろうとする程度には金銭事情に余裕が無さそうだったという点だろうか。


「悪魔憑き探すほうがよっぽど簡単ってのはどぉいうことだよ」

《一般人には魔力の気配が無いもんね》


 ダンタリオンは注文の品を持ってきたウェイターに無言の会釈をし、給仕されたダージリンの香りを一度楽しんでからティーカップに口をつける。


「……リオンの異能でこの店の客を全員洗脳して、しらみつぶしに探させるかぁ?」

《それは無理》


 ダンタリオンは三雲の思い付きをバッサリと断じる。


《私の異能はあくまでも『催眠』だから。意識や行動を操るには、時間をかけて準備しないと。思考能力を削ぐような暗示を重ね掛けしたり、私達を信用させて心理的な壁を取り払ったり》

「そういや、そうだったなぁ」


 教導学塾の内装を視覚的に疲れるようにしたり、定期的なメンタルカウンセリングで信用を得たりと洗脳のために色々と苦労した日々を思い出す。


《元教導学塾の塾生で、まだあのケープを持っている人なら操れるかもしれないけど》

「あの一件の後でもまだ教導学塾にすがってるようなバカは……」


 いない、と言いきれずにくちごもる。なにしろ、三雲は今朝、まさにあのケープを着た女を見かけたのだから。


《居場所が欲しい人にとって、相手の思惑とか理由なんてどうでもいいのよ。大事なのは自分を受け入れてくれるかどうか。だからきっと、教導学塾を求める人はまだいるわ》

「知ったような口を聞きやがる」

《こう見えて私、レイの二百倍くらいはお姉さんだから》


 桁が違いすぎてボケる気にもツッコむ気にもならない。


「つっても、そのためにわざわざ元教導学塾の生徒探してたら本末転倒だわな」


 人探しのために、また別の人探しを始める。古典的なRPGではよくあるシチュエーションだが、いざ現実でそれをやるのは非効率的にもほどがある。


《それなんだけど》


 ダンタリオンは喫茶店の窓から見える教導学塾ビルの跡地を指さす。

 跡地といっても、ビルが完全に倒壊したことで現在は背の高い金属板の壁で囲まれており、内側の様子を見ることはできない。


「工事現場がどうしたよ?」

《そっちじゃなくて、工事現場と隣のビルの隙間。狭い路地があるでしょ?》

「あぁ?」

《さっき、三人くらい。教導学塾のケープを着けた人がそこに入っていくのが見えたわ》


 ◇


 元教導学塾の生徒達が入ったという路地。

 三雲は遠巻きにその様子を伺い、驚きと呆れが混ざった声を漏らす。


「オヤジ狩りなんざ、とっくに絶滅した文化だと思ってたぜぇ」


 そこでは、教導学塾の白いケープを着た青年達が三十代程スーツの男を取り囲み、殴る蹴るの暴行を加え、有り金を出すように迫っていた。

 御代坂市は人も多く、小さな揉め事程度なら日常茶飯事な面はある。だが、それにしたって、ここまでストレートな犯罪行為を目撃したのは三雲もはじめてだった。


「ってか、アイツら元塾生じゃねぇぞ。全員顔に見覚えがねぇ」


 三雲は教導学塾の関係者の顔と名前は全て覚えている。ということは、彼らはあの崩壊の後に教導学塾のケープを手に入れたということになる。


《……レイ、あのケープ。変》

「変? 間違いなくテメェがデザインさせた例のゴテゴテケープじゃねぇか」

《物はそうだけど、魔力が違う》

「……どういうことだぁ?」

《どうしてかはわからない。けれど、あの人達が着ているケープには、私のじゃない、別の悪魔の魔力が込められてる》


 何故か組織の崩壊後もケープを身に着けている塾生達。そして、別の悪魔の気配。それらを元に三雲はいくつか仮説を立てるが、どれも断定に至るには情報が足りない。


「しゃーねぇかぁ。リオン、同化すんぞぉ」

《あの人、助けるの?》

「っは、まさか。ボコして学塾について聞きだすんだよ」


 ダンタリオンの言葉を鼻で笑い、彼女と同化した三雲は魔力の操作に意識を向ける。


――塾生の数は三人。まだ俺達には気づいてねぇな。さぁて、どうするかねぇ――


 死なない程度に痛めつけるのはダンタリオンの異能の専売特許だ。

 なにしろ催眠による幻覚なのだから、どれだけ攻撃をしても相手の肉体は失血も骨折もしない。だが、全てが全て三雲とダンタリオンの思うがまま。というわけでもない。


 欠点もそれなりにある。例をあげれば、この異能は奇襲には全く適していない。

 催眠、幻覚の本質が『思い込み』である以上、相手にその攻撃の一部始終をちゃんと見せつけないと効果が薄いのだ。


 しかし、見せつければどんな攻撃でもいいというわけでもない。例えばここで三雲が雷の幻覚を若者達にぶつけても、彼らはけろりとしているだろう。

 ほとんどの一般人には、『人が落雷に撃たれたらどうなるか』を上手く想像できないからだ。


――ま、そういうわけで、派手な絵面とわかりやすい演出を考えないといけねぇわけだが……――


 とそこで、三雲は、塾生たちに殴られたことで顔を腫らして、地面に倒れ伏しているスーツの男を視界の端に捉える。ああも顔を執拗に殴られれば、しばらくはろくに動けないだろう。


「良いこと思いついた」

《良いことって、顔じゃないけど》


 口角をあげ、下卑た笑みを浮かべた三雲は異能を制御し、早速思いついたアイデアを実行に移す。


「ァ……ァア……」


 その直後、うずくまっていたスーツの男の声が一段低く、不安定な発声に変わった。

 そして、緩慢な動きで地面を這い、三人の塾生の内の最も近い一人の足に縋りつく。


「なんだ、コイツ。気持ち悪……ひっ!」


 縋りつかれたリーダー格らしき青年はスーツの男を足蹴にし振り払おうとする。だが、そのスーツの男の顔を見て、短い悲鳴をあげた。


 縋りつく男の顔は血にまみれ、皮膚が剥がれ、一部の表情筋が露出していた。唇の右端が裂け、奥歯も視認できる。だが、塾生たちも流石にここまで酷い状態になるほど痛めつけた覚えはない。


「ゥ……ゥア……」


 そんな見るも無残な痛々しい状態にもかかわらず、その男は呻き声をあげながらリーダー格の足にピタリと張り付き、離れようとしない。

 それはまるで、ホラー映画に登場するゾンビのようだった。


「こいつ、死ぬんじゃねえか……誰か来る前に逃げるぞ!」

「お、おい! 置いていく気か! 助けろよ!」


 残る二人の塾生はリーダー格を置いて逃げ出そうと、一斉に路地の奥に向く。しかし、その逃走は叶わなかった。


「アァアア……」

「……ゥマ……」


 彼らが逃げようとした路地の先、その影から湧き出るようにスーツの男と同じような……いや、それよりも醜い、腐敗し、肉と臓器を露出させたゾンビの群れが現れたのだ。


「痛っ! コイツ、足を噛みやがった」


 リーダー格の男が叫ぶ。そして、逃げそびれた二人の視線が一気に彼に集中した。


「……ぁ? ……オイオイ。テメェら、なんだよその顔」


「お前……いま、そいつに噛まれたって……」

「ゾンビっていや……感染するもんだろ」

「はぁ? おい、ドラマの見すぎだろ……現実的に考えろよ……」


 しかし、リーダー格の男の声は震えている。そもそもこの状況が既に現実的ではないのだから。


「現実? ……忘れたのかよ。俺達は塾長が人を氷漬けにして殺すところ見てんだぞ! 今更そんなもん!」

「あ……うわぁああああ!」


 仲間が、自分がバケモノになるかもしれない。そんな恐怖は彼らの理性を完全に破壊した。

 冷静さを失った彼らがゾンビの群れに飲まれ、取り押さえられるのはあっという間の出来事だった。


「や、ヤダ! 助けて、死にたくない! 誰か助けてっ!」

「はいはぁい、静粛に。死にたくなけりゃ静かにしやがれ。クソガキども」


 阿鼻叫喚の地獄絵図と化した路地裏。そこに満を持して、三雲が姿を見せる。

 彼はのんびりと歩き、ゾンビの群れに押さえつけられて泣き叫ぶ塾生たちの前に立つ。


「だ、誰だ!」

「まさか、お前がこれを……テメェ! 早くやめさせ――!」


 三雲がこのゾンビ達の元締めだと察した一人の塾生が怒りの形相で吠える。

 だが、三雲はその威圧を意にも介さず、右手に生み出した拳銃でその男の額を撃ち抜いた。


「静かにしろ、って言ったよなぁ?」

「――」


 残された二人は奥歯を噛みしめ、恐怖の叫びを飲み込む。

 これで話を聞くための状況は整った。


「さぁて。助かりたければ俺の質問にちゃんと答えろよぉ? どっちか一人生きてりゃ問題ねぇわけだからなぁ」


 その脅迫は完璧に決まり、塾生達は三雲の言われるがままに持ち得る全ての情報を吐き出した。


 ◇


 最後に、彼らのこの一時間の記憶だけを消し、口封じを終えてから狂乱状態で気絶した彼らを路地に放置して三雲とダンタリオンは表通りに戻って来た。


《ゾンビの群れなんて、随分とファンタジーな幻覚ね》


 三雲の隣を歩き、彼を見上げるダンタリオンは相変わらず無表情。だが、三雲の脳裏に届くその声だけは心なしか弾んで楽しそうだった。


「もうすぐ夏だしなぁ……ホラーとゾンビものは別かぁ?」


 もちろん、あのゾンビの群れは一匹たりとも実在しない。


 あの全てはダンタリオンの幻覚。

 最初のスーツの男も実は一歩たりとも動いていないし、彼らには指一本触れていない。だが、捕まったと一度でも思い込んでしまえば、あとは彼らの脳が勝手にありもしない重さを感じ、体の動きを止めてくれる。


 感電や剣で切られた経験はなくとも、人間の重さくらいは誰でも想像できる。そういう意味でもゾンビの幻覚はちょうど良かった。


《それで、どうするの?》


 ダンタリオンの真紅の瞳が三雲を捉える。

 あの塾生達はこう言っていた。



『俺達だってやりたくてこんなことしてんじゃねぇ。けど、『学費』を用意しないと塾長に殺されるんだよ……見たんだよ……人間が氷漬けにされて殺されるところを』



 どうやら、三雲に代わり教導学塾の塾長に成り代わった何者かは、悪魔の異能で塾生を脅し、金を巻き上げているらしい。


「もう俺には関係ねぇよ」


 別に教導学塾という組織に未練はない。乗っ取った後釜が何をしようと、三雲にはどうでもいいことだった。


「んなことより、さっさと撫子見つけるぞ」


 だが、もちろん三雲もよくわかっている。

 撫子は教導学塾を求めて御城坂市に来た。そして、どういうわけか、三雲の手を離れた教導学塾は今もこの街に存続している。

 なら、寄る辺の無い彼女が向かう先はきっと……。


「メンドクセェのはゴメンなんだよ」

《…………そうね》


 ダンタリオンのその声は、先ほどの少し楽しそうな物から一転して、とても無感情な物だった。



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