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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第四話 一日目 三雲②



 扉を叩きつけるようにして、地下のバーから地上に出た三雲。

 彼はしばらく路地を歩き、周囲に人目や監視カメラが無いことを確認して、ダンタリオンとの同化を解除した。


「じゃ、こっからは夜まで自由行動なぁ」


 そのまま足を止めず、ダンタリオンを路地に残して立ち去ろうとする。


《……お昼ごはんはどうするの?》

「勝手に食ってろ。金もカードも持ってんだろぉ」


 体から追い出されるような乱暴な解除に、ダンタリオンは若干むっとした表情になる。


「集合は夜の八時。ホテル前な」

《あっ……》


 だが、三雲はそんな彼女には目もくれず、一人で表通りに消えてしまった。


《私が聞いたの。レイのごはんの話なのに》


 ◇


「あぁ、くそっ! ガン待ちしてんじゃねぇよ! クソつまんねぇなぁ!」


 ゲームセンターに響く三雲の悪態。そして、彼の前の筐体には見事なカウンターコンボを決められて地に伏すキャラと、相手プレイヤーの勝利を高らかに告げる文字列が映し出される。


「あー、クソッ。格ゲーってのはダラダラ遊ぶ分にはいいが、ストレス発散にはまったく適さねぇな」


 勝てばすっきりするが負ければ逆にイライラが募る。ましてや、今は平日の真昼間。こんな時間でもゲーセンで格ゲーに勤しむ人間相手に気持ちよく連勝など、無謀というものだ。


――それに、ずっとコソコソした視線を感じてちゃ、集中なんてできやしねぇ――


 三雲がその気配に気づいたのはこのゲームセンターに入ってきてからだが、三十分近く格ゲーをし続けてもその気配は消えなかった。確実に、何者かが三雲個人を目的に張り付いている。

 三雲にしてみても尾行される候補はいくらでもある。不良少年の補導が目的の警察ならまだいい方で、協会の悪魔祓い、あるいは同類の悪魔憑きあたりだと三雲一人では対処に困る。


――リオンを呼び出すか……――


 と、ポケットのスマホ(教導学塾時代にダンタリオンと共に偽の名義で契約した)に手を伸ばそうとする。だが、その瞬間に三雲の脳裏に半月前の大剣の悪魔憑きの言葉が想起される。


『倒して、地獄に送り返さないと』

「……そうだな。別行動でちょうど良かったよ」


 三雲は結局スマホに触れず、両手をパーカーの腹ポケットに突っ込んで、格ゲー筐体の前から移動した。

 するとやはり、視線の気配もまた彼の後を追って動き出した。


――さぁて、と。鬼が出るか蛇が出るか。ってなぁ――


 などと内心でぼやきながら、三雲はフロアの奥にある非常階段に向かった。このゲームセンターは五階建てで、階層ごとにゲームのジャンルが異なっている。格ゲーのフロアは四階。

 だが、混雑時ならまだしも今、わざわざエレベーターやエスカレータ―でなく階段を使うような人間はいない。

 ゲームフロアの喧騒が嘘のように静かな階段を、五階に向かって上る。背後の気配もそれに追従し、二つの足音が非常階段の壁に反響した。


「よっと!」


 その足音を確認した三雲は、折り返しの踊り場に着く直前に真後ろに跳んだ。


「え、きゃっ!」


 前にいる三雲がいきなり後ろ向きで飛び降りてくる、などと予想だにしていなかった尾行者は、短い悲鳴をあげて落ちてくる三雲を回避した。


――女か。っていうか、ノコノコ人気のない階段までついてくるって、大したヤツじゃねぇな――


「……って」


 とりあえず、警察や悪魔祓いの可能性が消え、警戒心が緩んだ三雲。しかし、その表情は尾行者の顔を見た瞬間に歪んだ。


「あっぶなぁ……って、その顔、間違いない! 君、零くんだよね。夕凪ゆうなぎさんとこの」

「……撫子なでしこ


 尾行者であったその齢二十そこらの長髪の女性は、三雲と対極的に笑顔を浮かべて、一歩退いた彼と距離を詰めようと迫っている。


「あ、私の名前知ってるってことはやっぱり」


 やらかした。と思ったが一度吐いた唾は飲めぬ。

 自分が正しいと確信を得た女性、音無おとなし撫子なでしこはぐいぐいと三雲に押し迫ってきた。


「まさか御城坂みしろざかに来て知り合いに会うなんて思ってなかったよ。零くん達が全寮制の中学に行って以来だから……四年ぶり? そりゃ、顔つきも怖くなるわ」

「うっせぇ。ほっとけ」


 三雲は彼女を知っていた。彼女との間柄を一言でいえば一種のご近所さんというやつだ。


 三雲の小学生時代は近所ぐるみのホームパーティや、バーべーキュー会などが定期的にに開かれており。その際、地域の子供達の中で最年長だった撫子が、三雲達年少者に色々と世話を焼いてきたものだった。

 本人曰く「弟が欲しかったからちょうどよかった」とかなんとか。


「ってか、なんで撫子が御城坂にいるんだよ。東京の音大に進学したんじゃなかったのかぁ?」

「ああ、ちょっと色々あってね。逃げて来ちゃった」

「いい歳して家出かよ。ま、お嬢様らしいっちゃらしいかぁ」


 三雲の記憶が確かなら、音無撫子はプロピアニストの娘として、将来を熱望されていたはずだが、そういう道もやはりなにかと大変らしい。


「そういう零くんが進学した学校も、この辺じゃないでしょ?」

「そうだなぁ。そうだったわ。じゃ、俺はゲームに戻……おい?」


 三雲としては、これ以上昔の知り合いと顔を合わせてなどいたくない。

 なので、早々にこの場を去ろうとするのだが、そんな彼の思惑を無視して、音無は三雲の手首をがっちりと握る。そして、彼を五階へと引っ張ろうとしていた。


「せっかくだから、ちょっと思い出話に付き合ってよ」

「なんで!」

「いいじゃん。お姉ちゃん、ずっと一人で寂しかったんだよ」

「…………知るかよそんなこと……」


 と口ではいいつつ、その腕を乱暴に振り払えない自分に嫌気がさす三雲なのだった。


 ◇


 五階の音ゲーコーナーの端には、クッション性皆無の全く休まらない椅子と、割高な値段設定の自動販売機だけが置かれた休憩コーナーがあった。

 昭和から平成初期は喫煙所だったのだろうか、壁の色が他のエリアより若干黄ばんでいる。


「ってかさ、零くん雰囲気変わりすぎだよね」

「あぁ、どこが?」

「その喋り方からすでに変だよ。昔は真面目だったし」

「養子の立場で生意気な問題児なんてやってられっかよ」


 三雲は自動販売機で買った紅茶とリンゴジュースの缶を器用に片手で二つ持ち、どっちにする? とジェスチャーで音無に確認する。


「将来の夢が『正義の味方』だった子が変わっちゃったもんだよ」

「オイ待て、なんで撫子が小学校の卒業文集のこと知ってんだよ!?」


 音無は迷いなくリンゴジュースを取り、椅子に座る。

 三雲も少し離れた席に座り、不貞腐れながら手元に残った紅茶に口をつけた。


「おじさまが誇らしげに話してたからね。あ、そうだ。おじさまたち元気?」

「撫子の方が近所に住んでたんだろ。俺に聞くんじゃねぇよぉ」

「時代の流れってやつでさ。ご近所ぐるみのイベントごともなくなって、二年くらい会ってないんだよね」


 つまり、音無は『三雲が世間的には行方不明扱いになっている』ことも知らないらしい。

 それが良いことか、悪いことか。三雲には判別が難しかったが。


「それで、やめちゃったの?」

「なにを?」

「正義の味方」


 真面目な顔でなんて馬鹿げたことを聞いてくるのか。

 そんなものは、現実を知らない子供の妄言だ。


「俺には荷が重すぎた。それだけだよ」

「それ、ちょっとわかるかも」


 その答えを聞いた音無が、乾いた笑いを浮かべる。


「そういえば、始くんは? 同じ学校で同じ寮でしょ? 今は一緒じゃないの?」


 始。その名前が出た瞬間、三雲の顔から表情が消えた。


「――アイツはいねぇよ」


 その言葉を口に出すまでに、三雲自身は一分以上の時間がかかったような感覚だった。

 だが、音無が三雲に不信感を抱いた様子もなく「そうなんだ。残念」と返したことで、実際にはそれが五秒にも満たない間だったのだと気づかされる。


「俺の話はいいだろ。そっちの話をしろよ」

「私の話? 聞いても楽しくないよ?」

「ヤロウが自分の身の上話をする方が百倍つまんねぇんだよ」

「そうは言うけど……じゃあ、零くんはなにが聞きたい?」

「そうだな……撫子が御城坂に何しに来た理由」


 そもそも、御城坂市は確かにこの近隣では発展している方に入るが、それでも東京と比較すれば天と地ほども差がある地方都市だ。観光名所があるわけでもなければ、ここでイベントごとが開催されるということも滅多にない。

 家出をするにしたって、東京の方が過ごしやすいのは間違いないだろう。


「零くんは今、御城坂市で住んでるの?」

「一応な」


 ホテルを転々としているのを『住んでいる』と言っていいのかは、この際置いておく。


「じゃあさ、教導学塾って知ってる?」


 そして、音無の口から出てきた「御城坂市に来た理由」は、三雲に冷や水を浴びせるようなものだった。


「……知ってるよ」

「ホント? あそこって、無料で衣食住を提供してくれるんでしょ」

「あぁ、そうらしいなぁ」

「最初はうさんくさいと思ったんだけど、全然詐欺とか怖い噂もネットになかったから、お世話になろうと思ったんだよね。どうやったら入れてくれるか、とか零くん知らない?」


 音無もまさか目の前の幼馴染が、その教導学塾の影の元締めだったとは万に一つも思うまい。

 そして、彼がそういう都合のいい甘言で集めた家出人達を生贄にし、悪魔の王を召喚しようとしていたことも。


「……残念だったなぁ。教導学塾ならちょうど半月前にぶっ潰れたぜ」

「うそ、マジ!? ネットで出てきた住所が工事中だと思ったら……」


 音無はアテを失って意気消沈といった様子になる。おそらく、金銭的にもそれほど余裕がある身ではなく、彼女にとっては教導学塾が最後の希望だったのだろう。


「有り金で適当に遊んで、気分転換したら大人しく家に帰るんだな。でないと、そのうち襲われるぞ」

「……そうだね。そうする」


 そう言って、音無はリンゴジュースを休憩室のテーブルに置いて三雲の前から自ら去っていった。その姿には彼を強引にここまで連れ込んだ力強さは残っておらず、足取りも若干ふらついていた。

 それはたとえるなら、群れからはぐれ、飢えながら路頭に迷う野犬のような後ろ姿だった。

 後を追うべきか。三雲は立ち上がり、階段から階下におりる彼女を目で追ったが、すぐに思いとどまる。


「行って、何するってんだよ」


 家まで無理やり送り届ける? それともホテルに連れ込む? 馬鹿らしい。


「誰がどうなっても関係ねぇ。そう、全部切り捨てたんだろ。三雲零」


 三雲は飲み干した紅茶の空き缶をゴミ箱に叩き込み、自らに吐き捨てる。


《追いかけなくていいの? レイ》


 その直後、三雲の脳内に少女の声が響いた。


「うぉおお?!」


 飛び上がって振り返ると、そこには一時間前に路地で別れたはずのダンタリオン。

 彼女はいつも通りの無感情な顔つきで、何をするでもなく突っ立っていた。


「なんで! テメェが! ここにいんだよぉ!」

《自由行動って言ったのはレイでしょ?》

「それで、俺の後について来たってかぁ?」

《前からゲームセンターに興味があったの。だから、偶然》

「いけしゃあしゃあと……」


 偶然なわけがあるか。三雲がホテルでゲームをしていても一切興味を示したことがないだろうが、と言い返そうとするが、それより先に、ダンタリオンは最初の言葉を繰り返した。


《それよりレイ。さっきの人、追いかけなくていいの?》

「あぁ? なんのために? まさか、事情聴いて慰めろ。なんて言うんじゃねぇだろうなぁ」

《別に、そういうことは言わないけど》


 ダンタリオンは不思議そうに首を傾げて言葉を続ける。


《あの人、レイとハジメの知り合いで、ご近所さんなんだよね? このまま帰ったら、レイが生きてることとか、御城坂にいることとか。全部警察やご家族にバレちゃうけど》

「あ…………」


 ダンタリオンが言いたかったこと。それは「口封じをしなくてよかったのか?」ということだった。


《……もしかして、本気で忘れてたの?》


 まずい。

 まずい理由はもう数えきれないほどあるが、目下一番まずいのは警察に三雲の情報がいけば、ほぼ自動的に協会にも三雲の生存が知られるということだ。


 いま、三雲が悠々自適に自堕落な生活を送れている理由はひとえに、協会が『三雲零は教導学塾の一件で死んでいる』と思っているからに他ならない。


「追いかけるぞぉ、リオン! テメェの異能で催眠かけて全部忘れさせる!」


 三雲は大慌てで撫子の後を追って走り出し、ダンタリオンはそのあとをマイペースに歩いて追いかける。


 悪党になるのも一朝一夕ではいかないのだな。と、変な思考が三雲の脳内に浮かぶのだった。


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