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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第三話 一日目 三雲①



『その……わたし、はじめてだから。電気、消して』


 歓楽街にあるホテルの一室。三雲零の耳に届くのは、少女の恥じらいを帯びたなまめかしい声。


《……レイ》


 BGMが変わり、少女の衣服が取り払われ、その一糸纏わぬ肢体したいが露わに――


《レイ。いつまでもゲームしてないでごはん食べて》


 だが、その肝心のところでノートパソコンが強引に閉じられた。


「あっ! リオン、テメェ……やっと隠しヒロインルートに入ったところなんだぞぉ?」


 三雲は膝上のパソコンを閉じた犯人、異相の悪魔、ダンタリオン睨み上げる。

 だが、ダンタリオンは物怖じする気配は一切なく、逆に紅玉のような冷たい瞳を更に冷ややかに細めている。


《じゃあ、あの何分待てばいい?》

「ま、エンディングまで五時間くらいじゃねぇ?」

《今すぐ、ごはんを食べなさい》

「へぇへぇ、わーったよぉ。うっせぇなぁ」


 三雲は首の骨をゴキゴキと鳴らし、ノートパソコンに接続された有線イヤホンを引き抜く。

 テーブルの上にはダンタリオンが並べたらしきコンビニ食品の群れがあり、三雲は適当にタマゴサンドを取って包装を粗雑に引き剥がした。


《レイ》

「んぁ?」


 一口でサンドイッチの半分を口に放り込む三雲。

 対してダンタリオンはプラカップに入ったスティックサラダをウサギのようにチビチビと咀嚼そしゃくしている。


《いつからゲームしてたの?》


「あー、一時くらい」


 現在の時刻は午前九時。


《寝ずに朝までゲームしてたんだ……》

「夜の十時から一時までは寝てたぞぉ?」

《若いからって、体壊すよ》

「テメェは俺の母親か」


 ベッドが一つしかないからだよ。とは口に出さない。

 三雲は十分足らずでサンドイッチを全て口に放り込み、ペットボトルの水で一気にそれを胃に押し流す。この乱暴な早食いも消化に悪いからやめろ、とダンタリオンは何度も苦言を呈しているのだが、一向に改善される様子はない。


《っていうか、そういうゲーム。未成年は買えないんじゃないの?》

「そういう? 濁さず言ってもらわねぇとわかんねぇなぁ」

《……セクハラ》


 ニタニタと下卑た笑みを浮かべるが、ダンタリオンは呆れたように淡々と返すのみ。


「エロゲヒロインなら顔を赤らめて恥じらうか、もうちょい口汚く罵倒するところだぜぇ」

《私は悪魔だもの。悪魔のヒロインなんていないでしょう? ……それで、これからどうするの?》

「…………あー」


 ダンタリオンのその問いかけをきっかけに、三雲の表情からにやけ笑いが消えた。

 教導学塾で魔王を召喚しようとし、失敗したあの一夜から半月。ビルの崩落から辛うじて生き延びた三雲とダンタリオンは協会の目を隠れ、御城坂のホテルを転々とする生活を続けていた。


「また教導学塾をやり直せってかぁ?」

《違うわ。そもそも私達の本来の目的は……》

「わかってるよ」


 朝食を食べ終えた三雲は、不貞腐れるようにベッドに飛び込み、ダンタリオンに背を向けて横になる。

 あの大剣の悪魔憑き……ラウムの契約者との戦いで負った傷はもう完璧に癒えている。だが、三雲はこの二週間、ダラダラと自堕落なゲーム漬けの日々を過ごしていた。

 ダンタリオンが言いたいのはつまり「こんな生活を続けるために、私と契約したわけではないだろう」という意味だ。


《……とりあえず、レイ》

「ん?」

《一旦出てって》

「なんでそうなる!」


 身体を起こし、抗議の叫びをあげる三雲。しかし、ダンタリオンはネグリジェ姿の胸元を両手で隠すようにしてその理由を端的に述べた。


《着替えるから》


 反論の余地はなく、三雲は大人しくパソコンをはじめとした最小限の私物を肩掛けバッグに詰め込み、ホテルから追い出された。

 流石に平日の朝ということもあり、ホテルの外は閑散としていた。


「ってか、俺一人だったら警察に見つかった時どうしようもねぇぞぉ」


 一応の警戒程度に周囲を見回してみるが、視界に入るのは大学生らしき酔いつぶれた青年。ホストとその客らしき派手な身なりの男女。クラブ帰りらしい年若い女二人組。


「世界は今日も平和だねぇ……ん?」


 そんな人達の中、チラリと見覚えのある人……というよりはモノが三雲の視界の端に映った。


「アレは……」

《おまたせ》


 その後を追おうとする直前、三雲の肩が叩かれる。

 そこにいたのは、白と黒を基調にした、フリルやリボンが多数あしらわれたブラウスとスカートの装いに着替えたダンタリオン。


「前から思ってるが、着るの面倒くさそうな服だなぁ」

《微に入り細を穿つ。細かいところまで手が込んでいる方が可愛いもの》


 パニエと呼ばれるらしいアンダースカートやら、編み上げブーツやら、ゴスロリ風とまではいかないが、クラシカルな雰囲気で統一されたファッションを彼女は好んでいた。

 実際、その服装は実体化した悪魔の特徴である、紫紺の腰まで伸びた長髪や赤い瞳にとてもよく似合っている。

 ちなみに、教導学塾の制服であった白いケープも彼女のセンスでデザインされたものだった。


《知り合いでもいたの?》


 ダンタリオンは、三雲が先ほどまで何かに視線を向けていたことに気づいていたのか、彼が先ほどまで見ていた別のホテルの方を見る。だが、既にそこには誰もいない。


「いいやぁ、知らねぇヤツ。さっさと行くぞぉ、ラブホ前でたむろって警察に補導なんて笑えねぇからなぁ」


 三雲はポケットに手を突っ込み、酷い猫背の姿勢で歩き始め、ダンタリオンもその後に追随する。

 見えたのが知らないヤツ、というのは嘘ではない。ただ、先ほど向かいのホテルに入ったその女が教導学塾の白いケープを身に着けていたので、三雲は少し気になっただけだった。


 ◇


 そうして三雲とダンタリオンの二人は表通りとは逆方向、歓楽街から更に込み入った路地の奥に進み、雑居ビルの地下に伸びる階段の前に来ていた。


《千夜一夜に伽語り――》


 あまり気分の入っていないダンタリオンの魂契詠唱を経て、三雲との同化が完了する。


「前来た時はどんな顔してたっけぇ?」

《教導学塾の塾長だったはず》

「あー、そうだったそうだった」


 三雲はコンコンと自らのこめかみを叩き、意識を集中させ、自らの姿を三十そこらの成人男性の姿に変える。そうして、異能による変装を終えた彼は階段を降り、その先にある個人経営のバーへと足を進めた。


「あらいらっしゃい。また来てくれるなんて思ってもなかったわ」


 三雲……が化けた教導学塾の塾長を迎え入れたのは、カウンターの奥でグラスを磨く一人の男。彼は三雲を手招きし他に誰もいないカウンター席に座るよう促す。


「教導学塾の一件、私の耳にも届いてきたわよ。だけど、まさか生きてるなんて」

「悪運には自信があんだよぉ」

「それは本当みたいね。何飲む? 生存祝いにサービスしちゃうわ」

「じゃあ任せる」

「オーケー。とっておきの一杯を入れてあげる」


 バーのマスターは濃いめのアイシャドウを見せつけるように、完璧なウィンクを決める。


「どうぞ、『サンドリヨン』よ。ショートカクテルだからぬるくなる前に飲んじゃってね」


 一口差し出されたカクテルを口に含むと、強烈な柑橘類の酸味と甘みが三雲の口に広がった。


「じゃあ、本題だ」

「あらやだ、せっかちね」


 三雲はわざわざダンタリオンの異能で姿を誤魔化してまで、酒を飲みにこんな場末のバーに来たのではない。本来の目的は別にあった。


「そうね。最近のめぼしい話題は『壁を歩く猫』『喋るヒヨコのぬいぐるみ』『ドッペルゲンガー』あとは『和泉山に天使が出た』とかかしら?」

「あいにく都市伝説には興味ねぇよぉ」


 この店で提供されるのは酒だけではなく、あらゆる噂の真相や情報も商売の一翼を担っていた。それらは酒の数百倍の金額、あるいは情報の等価交換でやり取りされている。

 特筆すべきは、この店でやり取りされる情報の多くが、悪魔や魔導書に関するものであるということ。


「前に来た時、人を探しているって言ったろぉ? 何かわかったか?」

「アレね……残念だけど、続報はないわね」


 マスターのその言葉を受け、三雲は苛立ちを隠そうともせず残ったカクテルを一気に煽った。


「ヒントが少なすぎるのよ。片目が前髪で隠れた十代の男の子、なんて世界中に何千人といるじゃない。あとは……」

「人間をバラバラにして殺す。骨ごとぶった切ってな」

「バラバラ殺人なんて、それこそこの国で起こっていたら耳に入ってくるはずだけど……あら、もういいの?」

「アイツのことがわからねぇなら用はねぇよ」


 三雲は席を立ち、マスターに背を向ける。


「そのメカクレ君、あなたといったいどういう関係なのかしら?」

「教えりゃ情報が手に入んのかぁ?」

「可能性は少し上がるわね」

「…………」


 適当を言いやがる。と思いつつも、三雲は吐き捨てるようにその質問に答えた。


「仇だよ。親友のな」


 そして、扉をわざと派手に閉め、バーを後にした。


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