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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第二話 一日目 深夜② / ???⓪


 ◇


 深夜が久しぶりの学校生活を送っている頃、霧泉市東部の住宅街。

 半ばお決まりの場所になりつつある神崎家の屋根の上にラウムが膝を抱えて座り込んでいた。


「三割……いや、二割くらいかな」


 彼女は毛先が白く染まった自らの髪を指に絡めながら、空算を確認するように呟く。


「ザドキエルはアレでも古株の中級天使だったはずだから……同ランクならあと五体、下級天使相手ならその倍あたりが妥当なところか……先は遠いなぁ」


 ラウムは『目的』までの道のりの険しさに辟易とした様子で上体を倒し、屋根の上で寝転がる。

 しかし、彼女の視界に入って来たのは晴天の青い空、ではなく自身を見下ろす赤髪の幼女の不愛想な顔だった。


「ひゃあ!」

「ようやく気付いたか」

「いや、だから! いきなり現れて驚かすのやめてよね!」


 ラウムは弾かれるように体を起こし、背後に立つ十歳程の幼い少女の姿を借りた悪魔、セエレに抗議の叫びをあげる。だが、当のセエレはむしろラウムに呆れ混じりの表情を向けていた。


「今回はしばらくお前の後ろに立っていたんだがな。ラウムお前、魔力感知の感度が鈍っていないか?」

「あぁー……まだ天使の霊核が馴染んでないからかも」


 ラウムはスンスンと鼻を鳴らして眼前のセエレの魔力を感じ取ろうとするが、この距離でもその気配はモヤがかかったかのように漫然としか感じられないことに気づいた。

 正確には、もっと強大な別の魔力の匂いのせいで他の匂いを上手く嗅ぎ分けられない、というべきだろうか。


「いまだに信じがたいが、お前は本当に天使の霊核を取り込んだのだな」


 セエレもまた、その強大な魔力ーーラウムの中にある天使の気配を感じ取っていた。

 それはまるで、水の中に落された白と黒の絵の具が灰色に混ざらず、白と黒のまま漂い続けているような歪な気配。

 おそらく、二色になった今のラウムの髪色がそのまま天使と悪魔の魔力の比率を表しているのだろう。


 セエレは悪魔にもかかわらず、いや、自身が悪魔だからこそ、ラウムのその異常な状態に薄気味悪さを覚えずにはいられなかった。


「神崎様の代償の一件もその霊核の力なのか?」

「深夜の代償?」

「とぼけるな。悪魔が一度奪った代償を人間に返却するなど、今まで聞いたことがない」


 ラウムは顎に指をあてて、んーっと考える素振りを見せる。

 それは説明するべきかどうか、というよりもどういう風に説明しようか、といった感じの軽い態度。


「ちょーっち、ややこししい話になるけど、セエレちゃん大丈夫?」

「蹴り落とすぞ」

「ごめんなさい! これは私がデリカシーなかった!」


 実体化した悪魔の姿は召喚者の記憶から作られている。なので、そこをからかわれるのは忠臣であろうとするセエレにとって地雷だったらしい。

 自分にも思い当たる節があると言ってから気づいたラウムは珍しく心からの謝罪をしてから改めて説明をはじめた。


「まず大前提として、私達が異能を使う時ってさ、この肉体を構成してる魔力を消費するでしょ?」


 そう言いながらラウムはセエレと自分の肉体を順番に指さす。

 彼女達の姿は傍目には普通の人間と変わらないように見えているが、この疑似肉体を構成しているのはタンパク質ではなく高密度の魔力だ。


「そうなるな。でなければ、私は直樹様に噛みついている時にしか異能を使えなくなってしまう」

「そして、その消費した分の魔力を補うために、私達は深夜達契約者から代償を奪う。つまりさ、私達が奪った代償って、実はすぐになくなったりはせずに、しばらくはこの中にあるんだよ」


 ラウムはそう言って自らの胸をポンポンと叩く。

 セエレもその説明自体は一応納得できるらしいが、まだ腑に落ちないところがあるのか険しい表情を崩さない。


「お前の言っている理屈は理解できる。だが、それは結局、順番の違いでしかない。私達が異能を使う時に魔力を消費するという事実は変わらないはずだ」

「普通ならセエレの言う通り。だけど、私とアンタだけは例外なんだよ」

「例外?」


 セエレは首を傾げてオウム返しをする。


「だって、私がこの身体を作る時に代償を奪った相手は深夜じゃないんだもん」

「……っ! そういうことか」


 セエレは遂にラウムの実行した「代償の返却」の仕組みを完全に理解する。


「つまりお前は、召喚者……前回の契約者から奪った代償だけを消耗し、天使から奪った霊核の魔力分、温存していた神崎様の代償を返却した、ということか」

「だーいせーかい! まあ、ザドキエルとの戦いで《黒翼》を使ったから、遂にそのストックが底をついちゃったんだけどね、タハハ!」


 それも当然だろうとセエレは言葉にせずに呆れざるを得なかった。

 天使を圧倒する出力の黒翼を発現したにも関わらず、深夜が廃人にならずに済んでいるのだからその程度の裏ワザと対価は無いと困る。


「だが、霊核は単なる魔力の塊ではなく、魔力の精製器官だ。それが手に入ったということは、今後は神崎様の代償を奪わずに異能を使えるようになるのか?」

「そうなると思ったんだけどさぁ……他人の霊核一個じゃ精製効率がクッソ悪くて、異能の消費を完全に賄うのはムリっぽそう」


 ラウムはセエレが来る前と同じように自身の白く染まった髪先を弄び始める。

 つまり、この髪が純白に染まるまでは、やはり異能を使うたびに深夜から代償を奪うことは止められない。ということらしい。


「神崎様はラウムの異能を使うたびに代償を支払う、しかし天使から霊核を奪えば今まで捧げていた代償を一旦は取り戻すことが出来る……随分とややこしい話だな」

「思いついたのは深夜と出会った後だし、やってみたら上手くできた。って感じだけどね。どう、これで納得してくれた?」

「ああ、私には真似できないし、する意味がないということもよくわかった」

「セエレの代償は血だもんね。後日に返されてもそれは困る」


 ようやくセエレの態度から角が取れ、そんな軽口を交わす雰囲気が両者の間に流れはじめた。


「ああ、それと。もう一つ、気になっていたのだが」

「なーに? まだラウムちゃんのことワルモノだと疑ってるわけぇ?」

「いや。そういう事情ならなぜお前はあの日から神崎様と顔を合わせていないのか、と思ってな」

「げっ……」


 その問いかけを受け、ラウムの口がピクピクと引き攣る。

 セエレの言う『あの日』が蓬莱邸での戦いのことをさしているのは間違いない。


「えーっとその……いまは、私は深夜の前に顔を出すべきじゃないかなぁ……って……」

「おおかた、記憶が戻ったことでお前に奪われる代償の重さを再認識した神崎様が、契約を解消するんじゃないか、とビビッて避けているんだろうが」

「言い方! もっとオブラートに包んだ言い方ってのがあるよね! アンタ鬼?」

「鬼ではなく悪魔だが」


 あの日、記憶を取り戻した直後の深夜の狼狽ぶりは凄まじいものだった。少し離れたところで見ていたセエレですら強く印象に残っているのだから、ラウムからすればその衝撃もひとしおだったことだろう。


「以前の妹様の時といい、お前がここまで小心者だったとは知らなかったよ」

「うるさいなぁ、もぉ。ってか、そういうアンタこそ直樹が入院中なのに、なんでこんなところにいるわけよ?」

「優秀な従者というものは、空気を読むということも大事なのだよ」

「何それぇ?」


 ぷくぅ、と頬を膨らませるラウムに対し、セエレはフフンと鼻で笑うのだった。


 ◇


「大したもてなしもできず……あっ! 俺、飲み物とケーキ買ってくるっす! ヒナちゃんはなに飲みますか!」

「あなたは入院患者でしょう! ベッドの上でじっとしてなさい!」


 霧泉市立病院の一室。

 放課後になり和道のお見舞いに訪れた深夜達一行はそこで、同じくお見舞いに来たらしい深夜達一年三組の担任教師、大賀比奈とこの病室の主である和道直樹のそんなやり取りを扉の影から眺めていた。


「直キチ、思ったより元気そうだね」


 和道は点滴に繋がれているが、大賀に対してデレデレと情けない表情を隠そうともせずに浮かれており、一目で彼が健在であることを確認した深夜達はひとまず安心する。


「でも、せっかくのヒナちゃんとの二人きりを邪魔するのは和道くんに悪いよね」

「いや、大賀先生は仕事で来てるだけだと思うけど……」

「神っち~わかってないなぁ。理由はどうでもいいんだよ。大事なのは好きな人が来てくれたって事実なんだから」

「……そういうものなの?」

「「そういうもの」」


 女性陣二人が声を揃えてそう言うので、多数決の原理にもとづき深夜の意見は封殺されるのだった。


「ってわけだから、ヒナちゃん先生が帰るまでどっかで時間潰そ」


 と笛場が提案する。


「じゃあ、一階に併設されてる喫茶室は? あそこのケーキ、安くて美味しいよ」

「神っち、詳しいね。もしかして、神っちもここで入院してたの?」

「いや……」


 三月のトンネル事故の際に神崎家の面々が入院したのは御城坂市の病院であり、深夜は生まれてこの方一度も風邪をひいたことがないほどの健康優良児のため。この病院で入院したことはない。


「昔……知り合いがここで長いこと入院してたから」

「あっ……」


 深夜のその発言に灯里が何かを察したのか小さな声を上げる。

 この病院は灯里の姉、宮下栞里が入院していた病院なのだ。

 そのことを改めて認識すると急に感慨深い気持ちに囚われてしまう。


 ――二年前はほぼ毎日来てたんだよね。そりゃ詳しくもなるか――


 栞里との出会いの思い出、入院した栞里の退屈を紛らわす話相手として交流の日々の記憶、そして、彼女と最後に交わした約束。

 この病院には栞里との過去が詰まっていた。


「深夜くん、大丈夫?」

「大丈夫だよ、灯里こそ」

「私は……最近ちょっと心境の変化があったから」

「そっか」

「こっちもイチャイチャし始めた……もしや独り身はウチだけ?」

「イチャイチャとかじゃないから!」


 笛場の小ボケに灯里が顔を真っ赤にして否定し、そのやり取りを深夜は微笑ましく笑って眺める。


「あーでも。直キチもタイミング悪いね」

「何のタイミング?」

「いや、今入院しちゃったら、期末試験受けられないから、直キチの補習確定だなって」


 直キチかわいそー、と口では言いつつケラケラと軽い態度の笛場。だが、その発言に対して深夜は一つ引っかかることがあった。


「期末試験……」

「ううぅ……憂鬱……せっかく忘れてたのにぃ」

「アカリンの前でテストの話は禁句だったかぁ」

「あのさ……その期末試験っていつからだっけ?」


 そうだ。教導学塾での一件以降、次から次へと事件と戦いが連続していてすっかり忘れていた、もう一学期も終盤であることを。

 そして、五月の中間試験を受けていない深夜は、この期末試験の結果が成績に直結するということを。


「休み明けの月曜からだよ」

「来週の月曜日……」


 深夜は深夜はスマホを取り出し、その画面に映っている今日の日付を確認する。


 金曜日


 猶予は今日を含めて三日しかなく。当然、深夜はあの教導学塾の事件以降、一日たりとも勉強などしていない。


「全部……あの三雲零ってやつのせいだ……」


 何の意味も無いとわかっていても、そんな恨み言が深夜の口をつくのだった。


 ◇


「はぁっくしゅん!」


 御城坂市の表通りから一歩外れた歓楽街、その中にある西洋建築を外観だけ模したホテル。

 本来なら未成年は入れないはずのその一室、その備え付けの妙に豪奢なソファの上で十代半ばの少年が大きなくしゃみをした。


「あぁ? だぁれが俺の噂してくれてんだぁ?」


 彼は鼻を擦って違和感を解消すると、これまた豪奢かつピンクのけばけばしいシーツが掛かったキングサイズのベッドを一瞥する。


「…………」


 そのベッドの上には紫紺の髪が柔らかな枕に頭を埋めて眠っている。

 寝息すら聞こえないほど静かなその寝顔は、彼女の白い肌も相まって西洋人形が横たわっているようにも見えた。


「さーってと、続き続き。リオンが起きる前にグランドルートクリアしねぇとなぁ」


 三白眼の少年、三雲零は先ほどのくしゃみでダンタリオンが目を覚まさなかったことを確認し終えると、膝の上に乗せたノートパソコンに視線を戻すのだった。




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