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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第六章 「三者三様の三日間」
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第一話 一日目 深夜①


「学校をサボりたいと思ったのははじめてだ……」


 蓬莱ほうらい邸での戦い、あの豪雨の日から三日が経過し。深夜はおよそ半月ぶりに黒陽こくよう高校に登校した。

 のだが、彼はいつものように自らの所属する一年三組の教室に入ることはせず、廊下に立ち止まり、空きっぱなしの扉からちらちらと教室の中の様子をうかがっていた。


「灯里、当然いるよね」


 目下の観察対象は五名ほどの女子グループの中で談笑をしているサイドテールの小柄な少女、宮下灯里。彼女を遠巻きに眺める深夜の目は険しく、気づかれようものならあらぬ嫌疑けんぎがかかりそうなほどだ。


――この前逃げたから顔を合わせずらい……――


 かといって、教室に入れば挨拶をしないわけにもいかない。

 というわけで、深夜は何かいい解決策はないかと考えながら教室の前で突っ立っているのだった。


「あ、かみっちじゃん! ひっさしぶり!」

「えっ、あぁ?」


 そんな不審者状態の深夜に向けて、背後から快活な女性の声が投げかけられる。

 振り返ると、そこにいたのはセーラー服の上に私物のカーディガンを羽織った派手ないで立ちの女子生徒。


「なに、その顔。まさか半月ぶりだからってウチのこと忘れちゃった?」

「いや、覚えてるよ……笛場ふえば

「なんか探り探りだなぁ。まいっか、おはよ、神っち」

「おはよう」


 その勘の良さにドキリとしながらも平静を保ち、深夜は目の前の少女、笛場莉人ふえばりひとに朝の挨拶を返す。

 彼女もまた、和道や灯里と同じく深夜にとっては中学時代からの友人の一人だ。


「ってか、さっきからずっと教室の前にいたけど何してんの?」

「あー、それにはちょっと事情が……」

「あ、わかった。久しぶりで恥ずかしいんだ。しゃーなし、ウチが人肌脱いであげようか!」


 笛場はそういうと、深夜の腕を強引に引き寄せ、引きずるように彼を教室に連れ込んだ。


「みんなー! 半月ぶりに神っちが来たよ!」

「ちょ、笛場!」


 女子相手に力づくで振り払うこともできず、深夜はされるがままに教室に引き込まれたうえ、彼女の大きな声によって始業前の自由時間を過ごすクラスメイト達の注目を一身に浴びる羽目になる。


「最悪……」


 教室内が一瞬、しんと静まり帰り、深夜は肩を落としてぼやく。だが、その数秒後に彼に向けられたのは少し予想外の暖かな賑わいだった。


「おー、神崎元気そうじゃん!」

「なんかすっごい久しぶりな気がするね」

「おはよう神崎くん……って、なんかきょとんとしてない?」

「知ってる、コレは俺達の名前と顔が一致してないって顔」

「ひっでー。俺なんて中学の三年間ずっと同じクラスだったんだぜ?」


 深夜は自分の身の振り方がわからなくなり、しばらく呆然と教室の入り口で立ち尽くす。


「ええと……あの……おはよう」


 そして、ようやく絞り出すように彼らに挨拶を返し、身を縮こませながら自らの席に向かい、鞄を置いた。

 深夜が席に着くと、彼に声をかけていたクラスメイト達はまたそれぞれの小グループでの会話に戻っていく。


「アレ、神崎……だっけ? ずっと休んでたけど、お前知り合い?」

「知り合いっていうか、第一中の出身はだいたい神崎の世話になってる」

「そうそう、塾とか予備校行ってない人に勉強教えてくれたんだよね」

「最初は数人だけだったのが気がついたら大勉強会、みたいになってたよな」

「懐かし。ってか、俺の中間テストの成績悪かったの、あの勉強会が無くなったからだな。うん」

「勉強くらい一人でやりなよ」


 それは、深夜の存在を当たり前のようにクラスの一員として受け入れている何よりの証左しょうさ

 よくよく思い出してみれば、深夜に声をかけてきた生徒達は皆、深夜と同じ第一中学校の出身であり、顔を合わせ交流した記憶のある者ばかりだった。

 そんな賑やかさが嫌ではない自分に不思議な感覚を覚えていると、一旦深夜から離れていた笛場が再び彼の元に戻り、五冊程のノートをまとめて机の上にドンと置いた。


「あ、そうそう。神っち、はいコレ。休んでた間のノート。使うでしょ?」


 ノートの中身は一学期分の授業内容がまとめられたものだった。


「いいの?」

「アカリンやナオキチのノートは……あんまり役に立たないっしょ?」

「まあ……ねぇ」


 二人揃って苦笑いを浮かべて声を潜める。

 パラパラと渡されたノートを見ると、その内容は黒板の写しだけでなく、授業中の教師のコメントなども適宜書き込まれた非常に見やすくまとまったものだった。


 笛場は胸元のリボンを緩めたり、リングやネックレスといった校則的には完全にアウトなアクセサリを身につけたりといった派手な見た目に反して……というよりはその派手な見た目を教師に黙認させる目的で非常に学業が優秀なのだ。

 本人曰く、『学校で好きなオシャレをするための努力の一環』とのこと。


「助かるよ」


 深夜は笛場のノートをありがたく受け取りつつも、ちらちらと教室の少し離れたところにいる灯里に視線を向ける。


「ぁ……」


 しかし、タイミングが悪いというべきか、あるいはあんなに堂々と教室に入った当然の帰結というべきか灯里もまた深夜を横目に見ていた結果、二人の視線がぶつかった。

 そのお見合いは一分近く続き、深夜は内心で早く始業のチャイムが鳴ってくれと懇願する。しかし、その時まではあと三分はある。その時間を無言で見つめあうのは深夜には無理だった。


 深夜は両手を机の天板につき、心理的に重い体を持ち上げるように立ちあがり、灯里の方へと歩みより、その目の前で立ち止まる。


「あ……」


 奇しくも、灯里から先ほどの深夜と同じような声が漏れ、深夜を見上げる体制で彼女の体が硬直した。


「ええとあの……おはよう。灯里」

「……おはよう、深夜くん」


 三日前のことを聞かれるかと思っていたが、灯里はそれ以上言わず、結局二人は無言で見つめあうことになる。これでは距離が近づいただけだ。


「ラブコメ空間形成してるところ悪いんだけどさぁ」

「「してないよ!」」


 そんな深夜達を見かねた笛場のツッコミに、二人は声を揃えて否定する。

 なお、当の笛場本人はその否定を聞き入れることはなく、話を続けるのだった。


「これ、聞いていいことなのかわからないけどさ、神っちは直キチが休んでる理由、知ってる?」


 笛場はそう言いながら、始業の三分前にも関わらず空白となっている和道直樹の席を一瞥いちべつした。


「神っちが二週間前に休みだして、その一週間後から直キチが休みだしたじゃん? 関係あったりするのかなって」

「一応知ってる。和道は今、入院中だよ」


 現在、和道は蓬莱邸での戦いの負傷が原因で入院中だった。

 一応、表向きの原因は『和泉山の登山道で転んで怪我をした』ということになっており、彼の母にもそういう扱いで説明されている。


「入院って、大丈夫なの?」


 深夜の言葉に灯里は驚いて大きな声をあげた。

 何しろ彼女は三日前の朝、蓬莱邸に行く直前の和道と顔を見合わせていたから、この報告は寝耳に水だったのだろう。


「大丈夫だと思うよ、入院の理由は『貧血』らしいから」

「貧血……」


 人を騙す時は真実しか口にしない。という自らのポリシーに則り、深夜は言葉を選んで和道の現状を二人に説明する。

 実際、あの戦いにおいて深夜、雪代、和道の三名は、全員それほど大きな怪我を負ったというわけではなかった。

 ただ、和道に関してだけはザドキエルの攻撃による負傷に加え、セエレに自身の血を飲ませたことで体内の血液が足りなくなってしまっていたらしい。

 そのため、彼だけは輸血した体が回復するまでは入院続行、ということで先日霧泉市立病院に移送されたとの話だった。


「命に別状はない感じ?」

「ないと思うよ。電話にも出れたし」

「よかったぁ」


 灯里は胸を撫でおろし、安堵の息を吐く。


「じゃあさ今日の放課後、三人で直キチのお見舞い行こうよ」


 一通りの説明を受けた笛場が名案を思いついたというように手を叩き、そんな提案をする。


「……えぇ……」

「神っち、なんでそんな嫌そうな顔を?」

「……ちょっと、ね」


 深夜は、入院中の和道を甲斐甲斐しく世話をしているのだろうセエレの姿を想像し、二人を()()()()()()()()()()()()に会わせないようにするにはどうするべきか、と授業中ずっと考える羽目になるのだった。


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