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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第一章 「15秒と破壊者」
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第十話 その一瞬に……


 進路指導室で行われた三木島との個人面談を終えた深夜。

 誰もいないと思っていた教室で彼を迎え入れたのは、今日名前を知ったばかりの男子生徒。


「相模……明久」

「ハハッ、なんでフルネーム?」


 教室の中で唯一鞄が脇に掛けられた深夜の机。その上に腰を下ろし、あたかも深夜を待っていたという態度を見せるのはパーマヘアの軽薄そうな雰囲気の男子生徒。

 深夜の驚いた表情が面白かったのか、相模はクククッと口元を押さえて笑っている。


「あんた、このクラスじゃないでしょ? 何でこんな時間までここにいるの?」

「察しが悪いなぁ。別にわざわざ聞かなくてもわかるだろう? 君に用があったんだよ」

「……用って?」


 深夜にしてみれば、昼休みに少し言葉を交わしただけの相手。

 用と言われてもその内容は全く想像できない。


「宮下さんって可愛いよねぇ」

「……え? なに、いきなり……」

「子供っぽい顔して意外と良い体してるしさ。何よりあの従順そうな態度が僕好み」


 今日はじめて知り合ったような相手が突然目の前に現れて、話があると言い出したと思えば、深夜に対して灯里への好意をアピールし始めた。

 未来が視えるといっても、深夜がわかるのはあくまで映像だけ。未来に喋る言葉まではわからない。

 なので、突然の惚気のろけ話に困惑してしまう。


「だからさぁ、君には悪いんだけど彼女、僕にくれない?」

「……はぁ……」


 しかし、そこから続いた言葉を耳にした瞬間、深夜は大きなため息をつく。


「あのさ。別にお前が宮下を好きになろうが、どうでもいいんだけど……それに応えるかどうかを決めるのは宮下だろ。

 それを勝手にくれだのやるだの、人を物かトロフィーみたいに言ってさ。馬鹿じゃないの?」


 深夜はどちらかといえばあまり人に悪感情を抱くタイプではない。

 だが、友達を軽んじられれば話は別だ。

 深夜は自然と鋭くなる目つきで相模を睨みつける。


 しかし、その左眼に【相模がどこからか、見覚えのある野球帽を取り出し、ひらひらと見せつける姿】を視て、その眼が大きく見開かれた。


「なんだよ、説教のつもり? まったくさ。僕より、お前みたいな毎日適当に生きてそうなクズが良いなんて、どうかしてるよね。本当、ムカつくよなぁ……君が素直に僕に譲るって言うなら許してやろうと思ったのにさぁ……」

「相模……お前……」

「さっき確認したけど、昨日の黒コートは学校の外なんだろ? もっとも、アレもお前の後で殺すけど」


 そう言って相模はどこからか見覚えのある野球帽を取り出し、深夜に見せつけるようにひらひらと振る。

 それは間違いなく、昨日深夜を襲った悪魔憑きが身に着けていたものと同じだった。


――コイツ、まさかここで!――


「僕はさ、欲しい物はどんな手を使ってでも手に入れるタイプなわけ……だからさぁ、僕の前からいなくなってくれよ、神崎ぃ!」


 相模の右肩から黒い煙が噴出する。

 それは急激に密度を高め、固形化し、異形の黒腕を形成した。

 そうして生み出された悪魔の腕が、深夜を狙い大きく振りかざされる。


「っく!」


 即座に相模の腕の間合いから跳び退き、深夜の眼前を黒の塊が通り過ぎる。

 そこにあった机が宙を舞い。黒板にぶつかり。ひしゃげ、誰かの教科書をぶちまける。

 あと一秒動くのが遅れていれば、代わりにぶちまけられていたのは深夜の臓腑だっただろう。


――教室だと机と椅子のせいで動きにくい。一旦、廊下に!――


「昨日といい……雑魚がちょこまか逃げるなよ!」


 深夜が廊下に飛び出すのと、異形の腕が教室の扉を殴り飛ばすのはほぼ同時だった。

 相模が廊下に出てくる前に、と深夜は慌てて走り出す。


「アイツ……逆恨みもいいところじゃないか」


 灯里に好意を向けても相手にされず、彼女の近くをうろつく深夜を排除しようと悪魔の力を振るう。

 それは凄まじいまでに独り相撲の敵意。

 これでは深夜がいくら考えたところで、相模が襲撃犯だと気づけるはずがない。


「待てよ、神崎!」

「そんなこと言われて待つわけがないだろ」


 黒腕をそのままに、深夜を追って廊下に相模が姿を現す。彼はググッっとバネを引き絞るように、右肩の第三の腕を再び振りかぶっている。


――来る!――


 左眼に映る未来。

 その攻撃の軌跡を脳裏に焼き付け、深夜は黒腕の貫手を躱す。


「くそっ、どうにかして雪代に連絡を……」


 避けられない速さではない。

 しかし、それでも相模の操る悪魔の腕は、その力も間合いも深夜にとって圧倒的な脅威だ。

 一瞬でも注意を逸らせば、次の瞬間には命を落としかねない。

 この状況下でポケットからスマホを取り出し、雪代に助けを求める余裕は深夜にはない。


――ここは四階。雪代と合流するには一階まで階段を駆け下りるしかない――


 現在の相模と深夜の距離はおよそ七メートル。

 深夜は改めて相模の様子を観察し、逃げ切れると確信を抱く。


――相模のヤツ、この程度の距離を縮められていない。そうか、アイツはあの腕を出した状態だと走れないんだ――


 相模の右肩から生える第三の腕は、人体にとって本来ありえない異物だ。


 見た目通りなら、その質量もかなりのものだろう。そんなものを維持していれば、相模の重心が乱れるのは当然だ。

 いくら悪魔の腕のリーチが長くとも、その根元である相模との距離が縮まらないのなら、逃げ切ることは十分に可能ではないか。


 そう思った深夜の希望はあっさりと、無残にも砕かれる。


「逃げられるとでも思ったのかよ?」


 深夜が躱した黒腕は、今回は引き戻されず廊下の奥にまで伸ばされる。

 そして廊下の壁面にその鋭利な爪を立てると、そのまま、壁に突き立てた爪を起点に黒腕が縮み、それに引っ張られて相模の体が空中を駆けた。


――昨日、雪代から逃げた時の!――


 異形の腕の伸縮を利用した曲芸じみた移動。

 それによって相模は深夜の背後から一転してその正面に立ちふさがり、ニヤリと笑みを浮かべる。


「くっ!」

「そうそう、いいね。僕の前ではそういう負け犬らしい顔をしてればいいんだよ!」


 階段まではあと数メートル。

 しかし、その道を遮るように相模が異形の黒い腕を構えて立ちはだかった。


――振り返って来た道を逆走しても、また回り込まれるだけ。だったら!――


 深夜は覚悟を決め、目線を悪魔の黒腕に固定し、地面を蹴る足にさらに力を込める。


「今度こそ死ねよ、神崎ぃ!」

「……視えた」

「なんだ、と!」

「うぉおお!」


 相模の大振りな一撃。

 そこにタイミングを合わせ、深夜は前転するように身を低く投げ出した。

 深夜の体が不格好ながらも相模の真横を通り抜け、目指していた階段の前に転がり込む。


「本当になんなんだよお前は! 悪魔の力もないクセに調子に乗ってさぁ! 大人しく僕にやられとけよ!」

「はぁ、はぁ……あとは、階段を駆け下りて……」


――それで、本当に逃げ切れるのか?――


 平坦な路地や廊下と階段では、逃走の勝手は大きく異なる。

 必然的に深夜の移動速度は平坦な廊下を走るよりも遅くなるし、万が一足を踏み外せば即アウトだ。

 対して相模には先ほど見せた腕を使った移動法がある。

 大きく跳躍するあの移動法はおそらく、階段のような高低差のある場所でこそ真価を発揮するはずだ。

 本当に四階から、雪代のいる一階まで逃げ切れるのか? そんな一抹の不安が深夜の思考に影を落とす。


――それにもし、雪代と合流できたとして……逆に不利を悟った相模が、昨日のように逃げ出したら……――


 相模明久の最終的な目的は灯里だ。

 だとしたら、深夜に正体をバラしたことで躊躇いがなくなった相模が、今度は灯里に直接手を出すかもしれない。


――宮下をこんな危険な目に巻き込む……それだけは、ダメだ――


「だったら、俺がやるべきことは……」


 その結論が階下への未練を断ち切り、深夜は上り階段に足を踏み出す。


「ハハッ! 屋上に逃げる気かよ!」


 ここは既に最上階。上がった先にあるのは屋上に続く扉のみ。

 それがわかったうえで深夜は階段を駆け上がり、踊り場で折り返す一瞬、悠々と歩いて追いかけてくる相模を見る。

 そこにあるのは薄ら笑み。自らが狩る側であるという圧倒的な余裕。


 ――あの油断を利用できるのは一回だけ……――


 深夜はギリギリまで左眼で相模を見つめ、階段を上り切った先で屋上に続く扉のノブを掴む。


 ガッ、ガッ


 しかし、そのノブはいくら力を込めても回ることはない。

 当然だ。いくら柵や手すりがあるとはいえ、屋上が生徒に一般開放などされているわけがない。


「どうしたぁ? 神崎ぃ!」


 その音を聞いた相模の声に、嘲笑の色が強く混ざる。

 逃げ場はもうなく、まさに進退(きわ)まる状況。

 深夜は、折り返し階段の終わりを示す壁に身を隠すようにしゃがみこみ、ポケットに手を入れて、階段を駆け上がったことで荒ぶっていた息を整える。


――あと、七秒……――


「隠れても無駄なんだよ!」


 その言葉と共に、深夜が身を隠す踊り場の壁面に巨大な黒い爪先が引っかかる。

 その爪はガリガリと音を立てて壁に深く食い込むと、今まで何度か見せていたように急速に収縮し、階下にいた相模の体を空中に引き上げた。


「みぃつけたぁ!」


――あと、三、二……――


 相模は悪魔の腕を使った人外の跳躍によって、階段を使わずに直接、深夜の隠れ潜む踊り場に飛び込もうとしていた。



【突如、黒い悪魔の腕という支えを失い、空中に放り出された相模の表情から余裕の色が消え失せる。】



「ゼロだ」


 アンカーのように壁に爪を食い込ませている漆黒の魔手。

 それにむけ、深夜はポケットから取り出した白銀色の栞を、力いっぱいに押しつけた。

 その直後、相模の肩から生えていたその異形の腕は、昨夜、雪代の銃撃を受けた時と同じように、根元から爆ぜるように消し飛んだ。


「なっ! なんでお前がソレを!」


 突如、黒い悪魔の腕という支えを失い、空中に放り出された相模の表情から余裕の色が消え失せる。


「うぉおおお!」


 魔力の暴発に巻き込まれた手のひらが焼けるように痛む。

 だが、深夜はその激痛を無視する。

 そして、階段の手すりに足を掛け、空中に取り残された相模を目掛けて、勢いのままに跳んだ。


「おま、なっ、なにを!」


 雪代から預かった退魔銀の栞。

 それを使って悪魔の腕を消したとして、相模は昨日と同じように、またすぐにあの腕を再生させることができるだろう。

 つまり、深夜が勝つにはこの一度きりのチャンスで、相模を戦闘不能にしなければならなかった。


 だから深夜は階段の高低差を利用した。


 屋上の扉が開かないことに焦るフリをしてみせた。


 全てはこの一撃で相模明久を倒すために。


 そして、深夜のその手は、空中で身動きが取れなくなった相模明久へと届いた。


「捕まえた」

「は、離せ!」


 深夜は強引に相模の胸倉を掴み、彼の体を自らの下に押し込める。


「ぼ、僕を見下ろすな、神崎ぃ!」


「このまま……落ちろっ!」



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