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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第五章「天使の目覚め」
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終幕―表― 懐かしい名前



 霧泉市での全てが終わり、雪代紗々は協会の病院にいた。


「……まさか、私が退魔銀の手錠をつけることになるなんて、悪魔祓いになった時は思いもしていませんでしたね」


 雪代はしみじみとベッドの天井を見上げて呟く。

 戦いの後、セエレの異能によって東京にある協会管下の病院にて治療を受けた二人だったが、そのまま立花により二人揃って文字通りベッドに縛り付けられることとなってしまった。

 曰く、こうでもしないとセエレの異能でまた脱走するから、だそうだ。


「俺達が行かなかったら……あの人達は死なずに済んだのかな」


 同じ病室、隣のベッドから和道のそんな呟きが雪代の耳に入ってきた。

 あの人達、というのはおそらくグラシャラボラスとロノヴェの契約者のことだろう。


 炭村の襲撃に便乗して奪われていた二冊の魔導書は回収し、ラウムも奪還した。

 だが、同時に主犯格であった蓬莱は花菱と共に逃げおおせ、敵とはいえ二人の人間が命を落とすという後味の悪い結末となってしまったのだ。

 それは一ヶ月前までただの高校生だった和道にそう簡単に受け止め切れるものではないだろう、と雪代は彼の心中を察する。


「天使の……というよりはザドキエルの目的は悪魔退治ではなく、どうもラウム個人への復讐だったようですから。私達が行かずとも、天使はあの別荘を襲撃していた……かもしれません」

「かもしれない……か」


 その実行犯たる天使ももうこの世にいない以上、真相を確かめることはもう不可能だ。


「妙な話だよな。俺達、アイツらを倒しに行ったのにさ……死なれたら、やっぱりなんか嫌な気分になる」

「そうですね」

「秋桝のおっちゃんや炭村さんを唆して、悪魔と契約させたアイツらに怒ってたはずなのに。アイツらにも叶えたい願いがあって、俺はそれを否定できなかった。誰かに迷惑をかけるくらいなら死んじまえなんて、言いたくなかったんだ」

「これは……私が立花さんに昔されたお説教なのですが」


 和道の独白を受け、雪代はそう前置きして言葉を続けた。


「失敗を気に病んではいけない。けれども『仕方なかった』で済ませてもいけない。

 結果が成功でも失敗でも、その結末よりも良い未来に繋がる最善の選択があったかもしれないと、終わった後も常に考え続けなさい。それだけが人を守り続けるための唯一無二の道のりだから、……と」

「考え続けろ、か。馬鹿には厳しいなぁ、それ」

「和道さんならできますよ。なにせ、中卒の私より和道さんのほうが高学歴なんですから」

「俺、ちゃんと高校卒業できっかなぁ……来週から期末試験なんだけど」


 雪代はちょっとした冗談で説教臭くなり過ぎた空気を緩和する。

 だが、最後にこれだけは言わなければならないと思い出したことで再びその声色は真面目なものに戻る。


「ですが……神崎さんと和道さんは選択するべき時だと思います」

「選択……ですか?」

「霧泉市にばら撒かれていた魔導書の原本は回収し、実行犯であった悪魔憑きはいなくなった。あの街の悪魔騒動は一旦は解決です。ロノヴェ達がバラ撒いた写本の持ち主はまだ現れるかもしれませんが、それも協会で対処できる程度でしょう」


 後味は悪くとも、雪代が追っていた四月の連続襲撃事件から始まった霧泉市での一連の悪魔達の騒動はこれで収束するだろう。あとの事後処理や蓬莱の行方を探る必要はあるが、それは協会の仕事だ。


「あなた達は、それでもまだ悪魔との契約を続けるのですか? 例えばそれが、別の騒動の火種になるかもしれないとしても」

「別の火種……」

「ラウムとセエレ、二人は現代ではあり得ないとされている実体化した悪魔です。その力を狙うものが現れてもおかしくありません」


 現にラウムは黒翼という切り札をもって神の御使いたる天使を討ち滅ぼし、その力がフェーズ3以下の悪魔を大きく上回っていることを自ら証明した。


「憑依型の契約と異なり、実体化した悪魔は契約者を乗り換えることもできる。あなた達の命が狙われる可能性だってあります……だから――」

「少し、考える時間が欲しいっす」


 和道のその言葉を最後に結局、重苦しい沈黙が病室に充満することとなってしまった。


「……そういや、神崎はどうしたんすか? 手術終わって、目が覚めてから見てないんすけど。別の部屋で入院してるんですか?」

「それが……神崎さんはどうしても行きたいところがあるから、と言ってこの病院ではなく、自分は霧泉市に置いていくようにセエレにお願いしていて……」

「アイツも怪我してましたよね。大丈夫なんですか?」

「私もそう言ったのですが……どうしても、今日じゃないとダメだと強情で……心当たりはありますか?」


 和道は数秒唸るように考えると、中学時代の記憶がふと蘇った。


「そういやあいつら、月末はいつも……」



 ◇



「雨、強いな……」


 宮下灯里は夜のように黒い雨雲を見上げながら、傘をさして霧泉市の市街と住宅街の境目にある霊園を一人歩く。

 今日は一年前に亡くなった姉の月命日だ。

 この日は墓に赴き、花を供えてこの一か月にあった出来事を姉の墓前に報告するというのが習慣になっていた。


「先月は来られなかったから、お姉ちゃん。怒ってるかな……」


 今まではどんな天気でも欠かさずに毎月墓参りをしていたのだが、先月末の灯里は悪魔であるラウムとの出会い。三木島大地による誘拐。そして学校の温室棟の崩落に巻き込まれるなど激動の日々だった故に、ここに来ることが出来なかったのだ。


「本当は自分で育てた花、見せたかったんだけど」


 そう言って灯里はここに来る途中の花屋で購入した墓花を見やる。

 姉に見せるつもりだった花は全て温室棟の崩壊で失われてしまった。

 水溜まりを踏んでしまわないように足元に視界を向けて歩いていた灯里は、姉の眠る墓が視界に入るその時まで、他に誰かがいるなどと思いもしていなかった。


「あれ?」


 彼はたった一人、豪雨のなか傘もささずに宮下栞里の墓前に立ち尽くしていた。

 いつからそこにいたのだろうか、その衣服はずぶ濡れでぴったりと彼の細身な体に張り付いていた。

 灯里は姉の墓前に立つ彼を知っていた。

 故に彼女は彼に呼び掛ける。


「そんな格好してると風邪ひくよ…………()()()()


 灯里の呼びかけが届いたのか、今にも倒れてしまうのではないかと不安になるほど虚ろだった彼の目に光が灯る。

 そして、錆びたロボットのようにぎこちなく首をひねって背後に立つ灯里を視界に収めた。


「…………()()


 そして、神崎深夜は灯里の名を呼ぶ。




 何故だろうか、彼にその名で呼ばれたのがとても久しぶりなことのような、気がした。


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