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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第一章 「15秒と破壊者」
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第九話 個人面談


「ちょっと今から面談がしたいんで、進路指導室まで来てくれ」

「今から、ですか?」

「本当は昼休みにする予定だったんだが、お前さんがどこを探しても見つけられなくてさ」


 その時間、深夜は灯里と温室棟にいたので、三木島が見つけられなかったのも当然だ。

 しかし、表向きは真面目な優等生としてふるまっているつもりの深夜には、教師に呼び出され、個別に面談を受けるようなことをした覚えがない。


「面談って、何の話です?」

「トンネル事故に関する聞き取り」


 なるほど、それは深夜だけが個別で呼び出されるわけだ。


「面倒くさいです」

「俺だって嫌だけど、教育委員会やら学年主任の爺さんやらがうるせぇのよ。ちゃんとアフターケアできてるのか、ってな」

「お疲れ様です。対応頑張ってください」

「他人事みたいに言っているがお前に拒否権ねぇからな。報告の期限が今日までなんだよ。諦めて付き合え」

「……わかりましたよ」


 深夜はうへぇ、とうんざりしたような声を漏らす。

 しかしながら、この手の事案は後回しにしてもいいことがないのはよくわかっていた。


「じゃあ、進路指導室で待ってるから、早めに来いよ」


 そうして三木島は普段通りのヘラヘラとした笑みを浮かべ、教室を出ていく。

 その背中を見ながら深夜は小さくため息をつき、スマホのメッセージアプリを起動する。

 送信先は今朝無理やり登録させられた雪代のアカウントだ。


『悪いけど、ちょっと教師に呼び出されたから下校は遅くなると思う』


 すると、送信から一分も経たずに返事がきた。


『わかりました。では校門前で待機しておきますので、終わったら合流してください』

「アイツ、あの格好で校門の前に突っ立ってるのか……」


 深夜は再び大きなため息をつく。

 間違いなく下校する生徒達に白い目で見られているはずなのに、雪代は気にならないのだろうか。

 いや、気にしていないからこんな返事を返せるのだろう。

 きっと灯里や和道も、帰り際に校門前で仁王立ちしている雪代を見かけたことだろう。

 頼むから友人達にこれ以上変な誤解や不信感を与えないで欲しい。


『ですが気を付けてくださいね。昨夜の襲撃者が校内に残っている可能性は十分にありますので』


 最後に雪代からの不吉な心配のメッセージを受けて、深夜はやや重たい足取りで三木島の待つ進路指導室へと向かった。


 ◇


「失礼します」

「おう、悪いな神崎。とりあえず、気楽に座ってくれ」


 通常の教室の半分ほどの面積のその部屋は、進路指導室というよりも応接室のような雰囲気を放っていた。

 大学受験の資料や問題集の収まった本棚に囲まれた部屋の中心には、ローテーブルを挟んで置かれた、合皮の剥がれたボロボロのソファが二組。


 先に部屋の中にいた三木島はそのソファに座り、テーブルの上に置かれた植木鉢にペットボトルで水を注ぎ入れている。


――似合わないな――


 淡い紫の花を愛でている三木島の姿は、普段の気だるそうな授業態度とのミスマッチが凄まじい。


「それで、面談って具体的には何を聞かれるんですか?」

「いきなりバッサリくるなぁ、お前」

「早く帰りたいので」

「もうちょいオブラートに包めよ。でもまあ、確かに質問自体はつまらない内容だな。ご両親の容態とか、学校生活がどうとか」


 三木島は空になったペットボトルをテーブルに置くと、ブリーフケースから数枚の束になったアンケート用紙を取り出した。


「登校初日にも似たようなこと聞かれましたよね。アレからまだ二週間ですよ」

「もう二週間、だ。『和泉山間トンネル崩落事故』は二か月経った今でも連日ニュースで取り上げられるような大事件だろ? 世間様への体面的にも、その被害者を粗雑そざつに扱うわけにはいかんのだよ」


 そう言われて、深夜は今朝のニュース番組を思い出す。

 普段から、あまりテレビやネットニュースなどは見ないので気にしていなかったが、あのような特集が、きっと事故の日から何度も繰り返されているのだろう。


「大変ですね」

「お前ほどじゃないさ。その歴史的な事故に巻き込まれて家族全員が入院。さらにその影響で一か月遅れの入学。クラスに馴染むのも大変だろう?」

「もともと友達は多くないし、一人にも慣れているのでそれほど」

「できれば担任の前でそういうことを言うのはやめてくれねぇかな……」


 三木島は眼鏡を押さえて、面目が立たないから、と言いたそうな情けない表情を浮かべる。


「ま、聞かなかったことにしておくが。本題はお前のご両親の状況についてだ」

「前にも言いましたけど、両親は七月末までは入院する予定です」


 深夜と真昼は幸いにもほとんど怪我はなく、半月ほどの検査入院で済んだ。

 しかし、彼らの両親は全身、特に足の骨折が酷く、今も少し離れた街の大病院で入院中だった。


「今は妹さんと二人暮らしなんだったか、生活に不便は?」

「特にないです」


 強いてあげれば、慣れない家事に四苦八苦しているという悩みはあるが、これは三木島に言ってどうこうできる内容ではないだろう。


「なるほどね。じゃあ次は、お前の方から気になっているとか、悩んでいることがあれば言ってくれ。報告のための項目だから、別に内容は何でもいいぞ。むしろ何でもいいから出してくれ」


 随分と明け透けな態度だが、深夜は三木島のそういうところは嫌いではなかった。

 そして、何よりその申し出と彼の人となりは今の深夜にとって非常に都合がいい。


「それなら、例の連続襲撃事件って、学校側はどの程度まで事情を把握してるんですか?」

「……へぇ。興味あるんだ? なんでまた?」


 三木島のやる気のない態度から一変して目に光が宿り、値踏みするような視線を深夜に向ける。

 話を聞き出す理由に「昨日、深夜が襲われたから」と言い出すわけには流石にいかない。かといって、あからさまな作り話も怪しまれる可能性が高い。


「一応ですよ。自分と妹の身の安全のために、知れることは知っておきたいなと思いまして」

「確かに、お前にとっても対岸の火事ってわけじゃないもんな」


 人を騙す時は真実しか口にしない。そのポリシーに則り、深夜は嘘ではないギリギリの言葉を慎重に選んで返す。

 ひとまず三木島の納得は得られたらしい。


「とは言っても、学校側が把握しているのは、昨日お前達に説明したのがほとんど全部だよ。犯人の手掛かりはなし。被害者も学年、性別、部活や委員会、どこを見ても共通点は一切不明。むしろ俺の方が色々と聞きたいくらいだぜ」

「だったら。昨日、宮下の前で事件の話を急にやめましたよね。アレはなんだったんですか?」

「お前、ぼーっとした顔して案外目ざといな……」


 また酷く失礼なことを言ってくれる。だが、そこにツッコミを入れると話が横道に逸れそうなので聞き流すことにした。


「俺から言ったものかは悩ましいが……まあ、いいか」


 おそらく、本当はよくないのだろうが、三木島のこの適当さはこういう時はありがたい。


「連続襲撃事件。その被害者の一人に宮下と同じ、園芸部の生徒がいるんだよ」

「…………」

「その顔は、やっぱり宮下にも聞かされてなかったか」

「……はい」


 だが、これで灯里が温室棟の植物達の世話を一人でしていたことに合点がいった。


「ぶっちゃけ、ほとんどの生徒は今回の襲撃事件を自分とは関係ない話だと思っている。むしろ、ちょっとしたスリルのあるイベント感覚の奴も少なくないかもな。だけど、身近な知り合いが実際に襲われたとなれば話は別だろ? 流石の俺も配慮くらいするってもんだ」


 普段の言動や態度はだらしない大人そのものだというのに、こういう一線は弁えているのも三木島らしいと言えばらしい。


「事情は大体わかりました」

「お前からも気遣ってやれよ。被害者に共通点はないとはいえ、もしかしたら次は自分が……なんて思っているかもしれないからな。あ、あと俺がこの話を話したってことは当然秘密な?」

「わかってますよ。余計なことを言うつもりはありません」

「なんか、話が早すぎて逆に面白くねぇな」


――面白いも何もないだろうが、この不良教師――


 ◇


「くそぅ、結局一時間以上拘束された……放課後の居残りは禁止って自分で言ってたのに」


 あの後もアレやコレやと形式張った質問が続き、解放された頃には昨日に引き続き日が傾き始めていた。


「もう校内にも誰もいないし……これじゃあ犯人捜しはまた明日だな……」


 深夜は教科書と鞄の回収のため、四階にある一年三組の教室に戻る。

 既に校内には生徒どころか、教師含めた人影一つ見当たらなくなっていた。


 教室の鍵は幸いにもまだ鍵のかかっておらず、深夜は無警戒にその扉を開く。


「ん?」

「やあ、神崎クン」


 誰もいないと思っていた教室に、一人の先客がいた。


「相模……明久?」


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