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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第五章「天使の目覚め」
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第八話 意思と異能《おもいとちから》


「この発想は……正直に言って全くありませんでした」


 セエレは自らの小さな手に収まっている小さなナイフを見て呟く。


「当然ね。セエレのように実体化している悪魔にとって、劣化コピーに過ぎない魔道具を作るなんて魔力の無駄遣いもいいところだもの」

「ですが、どんな形であれ魔力が込められた武器。魔力だけで構成されているロノヴェの分身を消すことだけを考えれば、最も合理的な選択肢です」


 黒曜石で作られた儀礼用のソレはフルーツナイフ程度の大きさで、実用性が伴っているとは言い難い。

 だが、ナイフの取り回しなど知らない和道が持つならこれくらいがちょうどいいだろう。


「よっしゃ! じゃあこのナイフみたいに色んなものを魔道具にすれば……」

「そんなことしたらあなた、代償の過払いで失血死するわよ」


 和道の意気揚々とした提案に在原が呆れ声でツッコミを入れる。


「在原様もさきほどおっしゃられていましたが、魔道具の異能は所詮劣化コピー。このナイフも『ナイフ本体』しか瞬間移動できません」

「それを持ってたら俺も瞬間移動できる。とかはないわけだ」

「はい。ですから、過信は禁物でございます」


 ◇


 セエレによって十五の分身が一気に消され、エントランスに残ったロノヴェはいつのまにか一人だけになってしまっていた。


「自分の魔力を込めた魔道具……それなら確かにセエレちゃんの異能には干渉せず、私の分身にだけ魔力干渉が発生しますわね」

「そういうことだ」


 セエレはこの好機を逃さない。

 異能による瞬間移動で即座にロノヴェの懐に入りこみ、逆手に握るナイフでその喉元を切り裂きにかかる。


「させませんわよ!」


 しかし、ロノヴェも甘くはない。モップの柄を棒術の要領で巧みに操りナイフの刃を遮った。

 虎の子の魔道具も魔力が無い物体に対してはただのナイフに過ぎない。

 ロノヴェが構える木製の柄にナイフ刃が僅かに食い込み鍔迫り合いの形で戦況は膠着する。


「種が割れればそのナイフ一本に気を付けて対処すればいいだけですわ」

「ふっ……」


 ロノヴェはすぐに表情に余裕を取り戻す。だが、それはセエレも同じだった。


「できるものならな」


 セエレの不敵な笑みにロノヴェの警戒が強まる。

 だが、次に彼女に迫ったのはセエレの瞬間移動による追撃ではなく、階段を自らの足で駆け上がりロノヴェの背後に肉薄する和道の姿だった。


「挟撃……だが、素手で何が……」


 その直後、セエレの手からナイフだけが消失し、モップの柄にかかっていた圧も消える。


「しまった!」

「くらいやがれぇ!」


 突き出された和道の右手には黒く光るナイフの刃。

 ロノヴェは自らの判断の誤りに気付くがもう遅い。

 するり、と刃はメイド服を裂き、肉体に滑り込む。異なる二つの魔力が体内で反発しあい、制御が乱れたロノヴェの肉体は泥となってその場に崩れさった。


「よっしゃぁ! 俺達の勝ちだなセエレ!」


 最後の一体を倒し、和道が拳を掲げて叫ぶが、その横に立つセエレの警戒態勢はまだ続いていた。


「いえ、まだです」

「え? でもロノヴェは全員倒して……」


 セエレの言葉通り戦いはまだ終わっていない。

エントランスから廊下へと続く扉が開き、そこから続々と微妙に髪型の異なるロノヴェの分身達が入り込んできた。


「まだいんのかよ!」

「先ほど倒したのも、今入ってきたやつらも、異能で生み出した分身に過ぎません」

「出どころを叩かないと無限湧き。ゲームでよくあるやつだな」


 協会でセエレと戦っていた際にロノヴェが生み出していた分身は十や二十ではきかなかった。そこから逆算すれば今和道達の目の前にいる分身達も氷山の一角に過ぎないのだろう。


「そうだ! ラウムの場所を特定したみたいに、ロノヴェの本体がいる部屋がわかったりしないのか?」

「申し訳ありません……屋敷の至る所からロノヴェの匂いがするせいでどれが本体なのか……」

「なんだ、じゃあ簡単な話じゃねぇか」


 そう言うと和道はナイフを握りなおし、新たに現れた分身達の群れに正面から突っ込んでいく。


「手当たり次第に全員倒して数を減らせばいいってことだろ!」


 そのあまりに愚直な突撃にセエレはおろかロノヴェすら意表を突かれて硬直してしまう。


「このお方はバカですの?!」「囲んで叩きますわよ!」「背後ががら空きですわ」

「させるか!」


 そして和道によって数体の分身が倒されて初めて反撃に移ろうとするのだが、和道の隙をついて攻撃しようとするとセエレがすかさず瞬間移動で割り込んでくる。


「あの、直樹様! その作戦はあまりに強引ではありませんか!?」

「大丈夫だ! 体力には自信がある!」

「そういう話ではなくて!」


 だが、口ではそう言いつつも和道とセエレは着実にロノヴェの分身達を倒し、その数を減らしていった。

 戦いのさなか、和道の中に一つの感情が芽生えていた。


 それは『驚き』。


――誰かを『倒してやる』なんて思ったの、初めてかもしれない――


 和道直樹はお節介だ。

 深夜が常に彼をそう言っているし、本人も多少の自覚はある。

 人が泣いているのを見るより、笑っているのを見るほうが気分が良い。そんな単純な理由で困っている人に声をかけるのが習慣化していた。

 その過程で揉め事に巻き込まれることも少なくはない。人に殴られたことだってある。だが自分から誰かに殴り掛かるようなことはしたことがなかった。


 在原恵令奈との戦いも、教導学塾での一件も常に和道は「助けないと」と必死だったに過ぎず、戦っているという自覚もほとんど本人にはなかったくらいだ。

 だが、今は、今この瞬間だけは違う。

 今、和道はロノヴェを足止めしようとか、深夜や雪代を助けようという思いよりも明確にロノヴェを倒すことを目的にしていた。


――ああ、俺。自分で思っているより怒ってたんだな――


 その気づきは和道の動きに迷いを消し、気づけばエントランスの分身を再び全滅させていた。


「次いくぞ、セエレ!」


 和道はそのまま増援が入ってきた扉から逆に廊下に飛び出し、分身達の撃滅へと向かう。


「かしこまりました」


 セエレもまた契約者の覚悟と意思を汲んでその後に続いた。


「三十体目ぇ!」


 廊下で、食堂で、あるいは空き部屋で、和道とセエレは魔力の気配を辿り手当たり次第に目につくロノヴェの分身達を倒していく。


「セエレちゃんと契約者に同時攻撃です!」

「させません」


 和道とセエレ、二人を分断し分身達の同時攻撃を狙う。

 だが、それでもセエレは瞬間移動によってあっさりと包囲網を抜け出し、契約者たる主の元へ跳躍し分身を蹴り飛ばして守りきった。


「直樹様、お怪我はありませんか?」

「サンキュ、セエレ! そのまま頼む!」

「かしこまりました!」


 そして、セエレに接触した和道は彼女の異能によって群れから離れた分身の真後ろに跳び、魔道具のナイフで切り裂く。

 何度も何度も繰り返された攻防は着実にロノヴェの分身の総数を削っていた。


「くそっ! 相手はたった二人なのに……!」


 ロノヴェの困惑が言葉となり、和道達に伝わる。

 協会で戦った時はこんなにも苦戦はしなかったはずなのに、と。


『瞬間移動』

 セエレの異能に関して、同じ悪魔であるロノヴェも重々把握しているつもりだった。だが、今自らの身をもってその恐ろしさを味わい、認識を改めざるを得なくなる。

 彼女との戦いにおいては距離の概念が消失するのだと。


 戦いにおける彼我の距離、つまり『間合い』は重要な要素だ。

 剣には剣の間合い、銃には銃の間合いといったようにあらゆるものには『最適の距離』がある。

 敵の間合いを避け、自らの間合いに引き込むことこそが戦いの基礎であり奥義。

 素手の格闘技であれ、兵器による国家間の戦争であれ、あらゆる戦闘行為においてそれを無視することはできない。

 そのはずなのだ。


 だが、セエレの前ではその戦いの常識は一瞬にして崩れ去る。


「お前で三十五体目!」

「マズい、防御を……」

「はぁ!」

「セエレちゃん?! 後ろから……がはっ!」


 和道の握るナイフによる攻撃を警戒し、防御態勢に入った分身の背後に現れたセエレ。

 彼女は痛烈な跳び蹴りをロノヴェのがら空きの背中に突き刺し、その防御を崩した。


「おらぁあ!」

「きゃあ!」


 そして、姿勢の崩れた隙をついた和道の本命の一撃がまた一体、ロノヴェの分身を消し去る。

 ロノヴェの攻撃の間合いに入ったとしても彼女は一息の間すらなく、間合いの外へと逃れ。逆にどれだけ距離を取ろうと隙と見れば即座にセエレは徒手空拳の間合いに現れ攻撃を繰り出す。そして、ロノヴェがどれだけ分身達を動員し和道とセエレを引き離そうと、彼の危機には即座に割り込み主を助け出す。

 ロノヴェのあらゆる思考と策が一瞬で無に帰していく。無法もいいところだ。


「前回、ちょっと煽りすぎたかもしれませんわね」


 そして、この戦いの中心にいるのはセエレではなく、その契約者である和道。ならば、主を守ることを最優先とするセエレが異能の出し惜しみなどするはずがない。

 セエレは今、自らの本質である「付き従い支える者」としての本領を惜しみなく発揮していた。


「このままでは……マズい!」


 和道達によって倒された分身は既に四十に近い。

 これ以上の各個撃破を許せば彼らの疲弊より先に分身が底をつく。ロノヴェはそう判断した。


「総員集合! 旦那様は生け捕りと言っていましたが……一気に殺す気でかかりますわ!」


 ロノヴェは魔力のリンクで屋敷にいる全ての自らの分身に呼び掛け、彼らを和道達がいる廊下にかき集める。


「うぉお! なんか泥の洪水みたいなのが来たぞ!」

「この量ならそのナイフ一本では干渉しきれませんわ……押し潰して差し上げます!」


 もはや人の形を保つことすら諦め、魔力の汚泥という純粋な質量が廊下を埋め尽くし和道とセエレに迫る。

 もはや逃げ場などない。

 そのことに気づいた和道の顔面が蒼白となる。だが、そんな彼の隣でセエレはパッと目を見開き和道へと手を伸ばした。


「直樹様! 飛びます! 手を!」

「ああ、わかった!」


 魔力の濁流が和道を飲み込むまさに直前、和道とセエレの手が重なり、風切り音と共に二人は廊下から消え去った。


「…………逃げた?」


 廊下を埋め尽くした魔力の汚泥はすぐに一つに集まり圧縮され、一人分の人の姿へと変形した。

 再び金髪メイドの形を取ったロノヴェは廊下に和道達の姿が見えないことを確認し、魔力の気配を追う。

 そして、その魔力がまだ屋敷の内部にあること、そして、その近くに屋敷内で唯一、先ほどの濁流に合流しなかったロノヴェの魔力があることに気づき、自分がとんでもない失態を犯してしまったことに気づいた。


 ◇


 間一髪、セエレに手を引かれ汚泥の濁流から逃れて着地した和道は周囲を見回す。


「セエレ、ここどこだ? なんかさっきまでの屋敷と雰囲気ちがうけど」


 視界に入るのは埃一つの無いフローリングの床と家具や調度品のほとんどない病室のような部屋。

 彼らが先ほどまで戦っていた赤い絨毯とアンティーク調の内装で統一された屋敷とはずいぶんと趣が違う。


「いいえ、ここはまだ屋敷の中です。ロノヴェが屋敷中の分身を一か所に集めてくれたおかげで見つけられました」

「見つけた……まさか!」


 和道がセエレの言葉の意味を理解し、彼女が見つめる一点に視線を合わせる。

 その先にあるのは一つのベッド。正確には「大がかりな延命装置と繋がれたベッド」だった。

 その脇には今まで戦っていたロノヴェの分身達と同じくメイド服に身を包んだ金髪ロールの女性が控えていた。


「お前が……ロノヴェの契約者……なのか?」


 和道は困惑交じりの問いを掛ける。

 だが、延命装置から延びる無数のチューブに繋がれた、全身が包帯に巻かれた年齢も性別すらわからない姿で横たわるその人間は何も答えず、ただ、ピッ、ピッ、ピッという規則的な電子音だけが延命装置から鳴っていた。


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