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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第五章「天使の目覚め」
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第三話 霧泉の王



「俺が覚えてるのはここまで。あとは他の被害者達と同じようにレスキュー隊に救助されて、目が覚めた時には御城坂の病院だった」


 深夜の話を聞き終え、和道は開口一番率直な感想を漏らした。


「なんか、俺が知ってるラウムとかなり……いや全然雰囲気が違うんだが」


 彼が言っているのは主にラウムの言葉遣いやテンションの話だろう。


「それが、なんでか知らないけど病院で会った時には今みたいな感じになってたんだよね」

「神崎がそうしろ、とか言ったわけでもないんだよな?」

「あんなやかましいのは俺の趣味じゃないよ」


 この一点に関しては、深夜もずっとラウムに対しての疑惑の種として燻ぶり続けている要因でもあった。

 ラウム本人は親しみやすくするためとか理由をつけていたが、むしろ嘘くささが漏れ出していることがままあるくらいだ。


「私としてはむしろ、今のラウムの方が不気味ではありましたので、神崎様の話を聞いて少し安心しました」


 対して、過去のラウムを唯一知る存在であるセエレは、そんな意見を口にする。


「やっぱり、昔のラウムはあんな感じだったの?」

「はい。ひねくれているというか、厭世的えんせいてきというか……契約者の命令には文句を言いながらも従う、けれども自分の本心は決して見せない。それが私の知る数百年前の『悪魔ラウム』でございます」

「それは確かに……今のラウムと随分違いますね」

「少なくとも、愛や正義を語るような悪魔ではありませんでした」


 セエレによるラウム評を聞き、深夜達は三者三様に首を捻る。

 しかし、本人がいない所でいくら考えても、ラウムが突如として明るく陽気な性格になったその理由は分からない。


「ラウムの性格の変化については一旦おいておきましょう。私が気になるのは、神崎さんが出会った時点でラウムは負傷していたということです」


 雪代は深刻な面持ちで話題を切り替える。


「つまり、彼女は神崎さんと出会う前。つまり事故が起こった前後に、何者かと戦っていた可能性が非常に高いといえます」

「それは俺も考えていた。あのトンネル事故は、ラウムと別の悪魔の戦いが原因なんじゃないかって」

「ラウム本人はそのことについて、何か言ってたのか?」

「何度聞いても『よく覚えてない』とか『乙女の秘密』とか言ってはぐらかされた」


 深夜は魔道具の地図に浮かぶ黒い点をトントンと指先で叩き、ぼやく。


「もし仮に、その謎の敵がまだこの現場の近くにいるとすれば……あるいは……」

「ラウムを連れ去った奴らのなかにあの事故の関係者がいる、か」


 もしそうなら、敵の目的はいったい何なのか。


「最大限の警戒を重ね、用心するしかありませんね」



 ◇


 赤いカーテン、赤い絨毯、アンティーク調の家具、橙色の間接照明。

一目で豪奢な建物の一室だとわかる部屋。その中心に備え付けられたキングサイズの天蓋付きベッドの上に、大の字になって横たわるラウムの姿があった。


「ヒーマー! 監禁するなら漫画の一つでも用意しなさいよ!」


 協会の地下での戦いの直後、グラシャラボラスによって拉致されたラウムは目覚めてから数日間、この客間に軟禁状態だった。

 設備は立派でも娯楽が何もないと退屈を持て余す。

 ラウムはジタバタと手足を振って暴れるが、誰も反応はしてくれない。


「……匂いはないけどどーせ室内にいるんでしょ。出てきなさいよ、グラシャラボラス」


 そうしてラウムはベッドに寝転んだまま、何もない部屋の壁に向けて声を投げかける。

 すると、低い不機嫌そうな男の声だけがどこからともなく聞こえてきた。


「良く気付いたな」

「私の異能を知ってて、監視も付けずに軟禁なんてするわけないじゃん。で、ロノヴェの魔力の匂いがしないなら、アンタがいるってことでしょ? 以上、きゅー、いー、でぃー」


 屋敷の至る所からロノヴェの魔力の匂いはしているが、この部屋の中に限れば彼女の気配はない。

 ラウムはこれらのことを合わせて、自身を監視しているのがグラシャラボラスだと推測したのだ。


「本来有るべきものが無い、それも立派なヒントになるの。ラウムちゃんのありがたーいアドバイス、しっかり覚えておくことね」

「数百年ぶりに会ったと思えば、随分とおしゃべりになったものだな」


 グラシャラボラスは身を隠すのは魔力の無駄遣いだと判断したのか、あっさりとその姿をラウムの前に表した。

 壁に背を預けて退屈そうに立つ青年の姿を見たラウムはしてやったり、といった表情で体を起こす。


「そういうアンタはいつまで経っても暗くて不愛想……ってちょっと待った、アンタ本当にグラシャラボラスなわけ? アイツと契約した人間ってわけじゃないの?」

「ああ、俺は俺だ。七十二柱の二十五位……とでもいえば満足か?」

「アンタも実体化……してるってわけじゃないわよね」


 ラウムは疑惑の視線を壁際の青年、グラシャラボラスへと向ける。

 ラウム自身やセエレが身近にいるから忘れてしまいそうになるが、本来実体化召喚はよほどのことが無いと起こらない奇跡であり、代償による召喚者の死を前提とした悲劇だ。

 目の前の彼もまた、セエレのように召喚者の死によって契約から解放されたのかと思ったが、グラシャラボラスを名乗る青年は首を横に振る。


「いいや、この肉体は俺の契約者のものだ。この状態は俺の意識が表層に出て活動しているに過ぎない」

「憑依した人間の人格を抑え込んだの?」

「それも違うな。これは双方の同意の上で決めた契約だ」


 グラシャラボラスは表情を変えずきっぱりと告げる。

 この契約者は、自らの意思で自身の肉体を悪魔に明け渡したのだと。


「それはまた随分と変わり者の人間と契約したわねぇ……それで? アンタ達は霧泉市に魔導書をばら撒いて何が目的なわけ?」

「さあな」

「さあな、って、真面目に答えろ!」


 心底どうでもいいとばかりに吐き捨てるグラシャラボラスに突っかかってやろうと、ベッドから飛び降りるラウム。

 しかし、その直後に閉ざされていた扉が開き、ミニスカートのメイド服を着た金髪の少女が部屋の中へと入ってきた。


「どーもどーも。ラウムちゃん、ご機嫌いかがでしょうか? あら、グラ君と楽しくお話し中でした? 仲間外れは嫌ですわ、同じ悪魔同士、私も仲間に入れてくださいまし」


 ロノヴェはグラシャラボラスとは対照的に、敵対者と思えないような上機嫌かつ馴れ馴れしい態度でラウムに歩み寄り、語り掛ける。


「こんな愛想の欠片も無い能面男と話してて楽しいわけないじゃん。」

「まあ、なんて酷いことを! 確かにグラ君は万年仏頂面のコミュ障ですけど、そこまで言うことないではありませんか」

「アンタも大概酷いこと言ってるわよ」


 金髪のメイドことロノヴェは舌を小さくだして、自らの頭をコツンと叩く。


――うわっ、うっざぁ……――


 ラウムは普段から深夜の前で似たようなことをしているのを棚に上げ、そんな感想を抱いていた。


「それで? 何の用よ?」

「そうでしたわ。旦那様がラウムちゃんのことをお呼びですの」

「旦那様?」

「この屋敷の主、言ってしまえば私とグラくんの雇い主ですわ」

「……へぇ」


 敵の親玉からの直接のお呼び出し、ラウムの表情が微かに鋭くなる。


「いいわ。会ってやろうじゃない、あんた達のご主人様ってやつに」

「ご主人様、ではなく旦那様ですわ。そこ、大事なのでお間違えなきように」

「いや、アンタのこだわりとかどうでもいいんだけど……」


 なぜか妙な所に噛みついてきたロノヴェを軽くいなし、ラウムは髪を手櫛でまとめて身なりを整える。


「ほら、さっさと連れて行きなさいよ」

「では参りましょうか。グラ君もちゃんとついて来てくださいませ」


 そしてラウムは、ロノヴェとグラシャラボラスに前後を挟まれる形で、客間から応接室へと移動する。

 その道中、屋敷内を観察し脱出経路を探そうとしてみるが、どうもそれは厳しそうだった。


――屋敷の至る所にロノヴェの分身がいる……――


 そう、この屋敷の廊下や広間を通るたびに、メイド服に身を包んだ少女がハウスキーピングに勤しんでいるのだ。

 髪型や顔付きは一人一人バラバラなのだが、その放つ魔力の気配は間違いなくロノヴェのものだった。

 ラウムは試しにその数を数えようとしてみるが、二十を超えたあたりで馬鹿らしくなってしまいやめた。

 そもそも、今自分を案内している個体が本体なのかどうかも怪しい。


「さあ、こちらですわよ、ラウムちゃん」

「……」


 霧泉市の人々に魔導書を渡し、悪魔憑きにしていた黒幕。探していたその相手と、こんな形で対面することになるとは思っていなかったラウムは、扉のノブを掴んで固唾を呑む。


――鬼が出るか蛇が出るか……ま、どっちにしろ魔王よりマシか――


 半ば開き直りに近い感情と共に、ラウムはアンティーク調の木製扉を押し開く。


「ようこそ、入りなさい」


 そこは食堂らしかった。

 長いディナーテーブルが部屋の中心に置かれ、椅子が等間隔に並べられている。

 そして、その座席の上座に一人の老人の姿。


「あんたがこの屋敷の主?」


 ラウムが抱いた感想を一言で言うなら、「拍子抜け」というのが近い。

 何故ならそこにいたのは、ただの老人だったからだ。

 椅子代わりに車いすに腰掛けるその老人は手足の肉はやせ細り、たるんだ皮膚が深い皺となって全身を刻んでいる。

 ティーカップを持つ力すらおぼつかないのか、カチャカチャと小さな音を立ててゆっくりとソーサーの上に置く姿はとてもか弱く、悪党の親玉という雰囲気ではない。


 そして何よりもラウムが驚いたのは、この老人からは悪魔の匂いが全くしないということだ。


「座ったまま失礼するよ……見ての通り、立つだけでも大変な体なのでね」


 老人は弱々しい全身で唯一、生気に満ちた瞳をラウムへと向けると、顎で対面の席を示す。


「座るといい。現状、こちらに君を害するつもりはない。そこに関しては三木島大地の一件以後も、君たちの行動に介入しなかったことからも理解してもらいたいところだが」

「あの時から私たちのこと、把握してたんだ」

「当然だ。この街では常にロノヴェの目が行き届いている……そして、君たちは当時から警戒するに値する存在だった」


 その言葉にラウムは緊張を高めるが、部屋の出入り口の前ではロノヴェが立ちふさがり、ラウムの挙動に目を光らせている。

 今この状況でこの老人と敵対することにメリットは無い。

 そう判断したラウムは、大人しく空のカップが伏せられた席に座った。


「いいわ、何の話か知らないけど。付き合ってあげる」

「飲み物は紅茶で良いかな?」

「とびっきり甘いので」

「ロノヴェ、お客人にお茶を」

「かしこまりました、旦那様」


 ロノヴェの手によって、カップになみなみと真紅の液が注がれる。

 ラウムはそこにティーポットから取り出した角砂糖を五個ほど投入して、頬杖をつきながらグルグルと品の無い動作で紅茶をかき混ぜた。


「では、自己紹介からはじめようか。私の名は蓬莱永秀(ながひで)という」

「ホウライ……なんかどっかで聞いた気がする」

「私は所謂経営者と呼ばれる人種でね。ホウライグループというコングロマリアットの会長も兼任していた身だ……君の聞き覚えもおそらくそちらだろう」

「思い出した。直樹のバイト先じゃん。ホウライマートってスーパー」


 記憶の引っ掛かりの正体に納得がいったらしいラウムは一旦、手元で湯気を立てる紅茶に口をつけた。


「それで、そんな立派な経営者様が私に何の用よ?」


「単刀直入に聞こう。君は『()()()()』について何か知っているかな?」


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