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いつか神を殺すまで  作者: 宮浦 玖
第五章「天使の目覚め」
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第二話 深夜の供述



「お帰り、兄さん」

「……あ、あぁ…………」


 深夜にとっては久しぶりの帰宅。だが、その感慨に浸る暇も与えず、不機嫌さを隠していない妹、神崎真昼が彼を出迎えた。


「真昼……学校は?」

「そんな気分じゃなかったから、適当に理由つけて休んだ」

「サボりは良くないと思うなぁ。俺は……」

「兄さんがそれ言う? 一週間も行方くらませてた人が?」

「…………うん。そうだね」


 返す言葉もないとはまさにこのことだろう。

 深夜は助けを求めてチラリと背後を振り返る。

だが、真昼の怒りの圧を察してか、和道、雪代、セエレの三名は数メートル先に離れて様子をうかがっており、彼らの表情には「触らぬ神に祟りなし」と書かれていた。


「ラウムさんは?」

「え? ああ、ええと……」


 何から言葉にするべきかまとまらず深夜は視線を右往左往させて考えるが、答えは一向に出ない。

 そんな兄の情けない姿を見て、真昼は大きなため息を漏らすとその場で踵を返した。


「そういえば、教導学塾で言ってたもんね」

「え?」

「続きは夕飯食べながらって……今日の夕飯の時に、ちゃんとラウムさんと二人で話してよね。今までの事、全部」

「……うん。わかった」

「じゃあ、私は部屋でゲームしてるから。そっちのお客さん達もどうぞあがってください」


 真昼はそれ以上何も言わずに階段を上って二階へと消えていった。


「私が言うのもなんですが、妹さんの気遣いに甘え続けるのはよくないと思いますよ」

「そうだね……本当、俺にはもったいない出来た妹だよ」


 深夜は真昼が消えた階段を見つめ、小さく「ゴメン」と呟くと雪代達を伴ってリビングへと移動した。

 リビングにつくと、雪代は早速テーブルの上に『蒐集家』在原恵令奈から借りた魔道具の地図を広げ、中心部にある黒いインクの染みを指さす。


「魔道具の地図にあるラウムの反応はここですね」

「昨日から全く動いてないってことはここが敵の本拠地で間違いないんだろうけど……ここって別荘地なんでしょ?」


 ラウムの反応がある場所は山の中腹部、地図上では確認できないが事前に調べたところここには昭和のバブル期に作られた富豪用の別荘地があるらしかった。


「別荘の持ち主が誰かとか調べて分かったりしない?」

「流石に別荘となると個人の所有地ですからね。今の私達では簡単には調べられません。協会の情報部を頼れば何かわかるかもしれませんが」

「俺達、今はその協会に隠れて動いてるもんな」


 和道の言う通り、今の深夜達は協会の監視の目を抜け出してラウムの救助をもくろんでいる身。当然彼らを頼ることはできない。


「ラウムがいる別荘について調べることはできませんが……それでも、一つだけ気になることがあるんです」

「気になることって?」


 深夜が問い返すと、雪代は地図ではなく深夜の方へと視線を向けた。


「ラウムの反応がある別荘地。ここは和泉山間トンネルの真上だということです」


 和泉山間トンネルという言葉と共に、沈黙がリビングを支配する。

 その中で一人、セエレだけは周囲の態度を不思議がり、声を上げた。


「和泉山間トンネルと言いますと、三月に大規模な崩落事故が起きた場所でございますよね? その事故と今回の一件にどういうご関係があるのでしょうか?」

「あー、そういやセエレには言ってなかったな。神崎はその崩落事故に巻き込まれた関係者なんだよ」

「なんと、そうだったのですか」

「そして、神崎さんはあのトンネル事故の現場でラウムと出会い、契約した」


 雪代は姿勢を正して深夜に問いかける。


「改めて教えてください神崎さん。あの日、あのトンネルでは一体何があったのか」


 深夜はぐしゃりと前髪を握りつぶして「うぅ」と小さく唸る。

だがすぐに諦めたようなため息をついて雪代の問いに答えた。


「わかった。ただ、最初に言っておくけど、俺はあのトンネル事故に関してほとんど隠し事はしてない。だから、あんまり新しい情報には期待しないでよ」


 深夜はそう前置きして、三か月前の事故の日を語り始める。


 ◇


 それは深夜の高校入学祝いを兼ねた家族旅行のはずだった。

 深夜と真昼、そして彼らの両親を乗せた車は隣県の温泉宿に向かい、高速道路を走っていた。


「しかし、深夜も高校生か。高校で何かやりたいこととかあったりするのかい?」

「特にないよ。面倒くさいのは嫌いだし」

「深夜くんダメだよ。高校生活は人生で一回だけなんだから大事にしないと」


 運転席の父の問いに深夜はいつものように気だるげに応え、母がそんな息子を窘める。

 一方で真昼は一人イヤホンで音楽を聴き、家族の会話には参加せずに窓の外を眺めていた。


 事故以前の真昼は深夜を避けがちでよっぽどの理由がない限りは会話をしようとはせず、深夜や両親は思春期によくあることだろうとそれ容認していた。

 なので、ある意味ではこれが神崎家のいつも通りの光景だった。


「そういう父さんや母さんは高校時代、なにやってたのさ?」

「母さんは花嫁修業してたよ。お父さんの家に通ったりして」

「それ学校関係無いよね……」


 両親の惚気を苦笑いで聞いている間も車は山間の高速道路を走り、トンネルへと入っていく。

 すると突然、深夜の左眼が激しい痛みに包まれた。


「ぐっ!」


 それは針が直接眼球に刺さったかのような激痛だった。

 咄嗟に押し当てた手が火傷しそうなほどに熱を持ち、血が出ていないのが不思議なほどの痛みに深夜はうめき声を上げる。


「深夜くん? どうしたの!」


 母が最初に異変に気付き、バックミラ―越しに声をかける。

 だが、深夜は目を抑えて呻くだけでまともに返事を返すことすらできなかった。


「お父さん。どこで止めてあげて!」

「トンネルを出たら一旦車を止めよう。少しだけ我慢していてくれよ、深夜」


 父が心なしか車のスピードを上げる。

 それが功を奏したのか、あるいは失敗だったのか、爆発のような轟音と共にコンクリートの巨大な塊が車の目の前に落下した。


「危ない!」


 ブレーキでは間に合わないと判断した父は咄嗟にハンドルを切り、その塊を回避しようとするが、それもギリギリ間に合わず、片側のタイヤだけが乗り上げる形になった車は跳ねるように横転した。

 男女入り混じった叫びが車内に響き、深夜の記憶はそこで一旦途切れた。



 しばらくして目を覚ました深夜は救助を呼ぶため一人トンネルの奥へと歩き、その最奥でラウムと出会い、契約を結んだ。


「この中にあなたの家族が閉じ込められてるわけね」


 頭部に巨大な黒翼を有する怪物。ラウムは上下が逆様になった車を指さし、隣に立つ深夜に確認する。


「ああ。なんとかできる?」

「中で死んでなければね」


 ラウムはそう言うと、割れた窓ガラスから腕を車内に差し込み、内部の座席部分だけを自らの異能で破壊した。


「本当なら車ごとぶっ壊した方が楽だけどガソリンに引火しちゃうから、あとは力づくで外に引っ張り出して……」

「真昼!」

「最後まで聞きなさいよ」


 シートベルトの拘束から解放された妹の姿を目視した深夜はわき目もふらずに車に飛びつき、自らの腕がガラス片で傷つくことも厭わず真昼を社内から救出する。


「……よかった……間に合った……真昼が無事で、本当に良かった……」


 呼吸があること、大きな出血が無いことを確認し深夜は泣きそうな顔で妹を抱きしめる。


「おめでと。代償の無駄払いにならなくてよかったわね」


 そんな皮肉を言いながら、ラウムは深夜よりも強引に、車の歪みを人外の膂力で引き延ばし、深夜の父と母を車外に引き出していた。


「こっちも両方生きてたわよ。あ、でも足がグチャグチャだから、まともに歩けなさそう」

「分かってると思うけど、父さんも母さんも丁重に扱えよ」

「ハイハイ、いちいちうるさいわね……それで、契約通り家族を助けだしたわけだけどこの後はどうするの?」

「決まってる。このトンネルからさっさと抜け出す……」


 意識の無い真昼を背負って脱出に向けて動き出そうとした瞬間、深夜の体が大きくふらつく。

 既に両腕に一人ずつ人を抱えていたラウムは器用に頭部の羽を動かしその体を支えて転倒を防いだ。


「あらら、あんたが気を失ってどうすんのよ。けど、初めて代償を支払ったにしてはよくもった方か」


 心身に溜まり切っていた極度の疲労、初めての悪魔との契約による体の違和感、そして家族の生存を確認できた安堵。

 様々な原因が重なり限界を迎えた深夜は完全に意識を手放してしまっていた。


「まあ、あとは任せなさい。あんたにはゆくゆく、私のために頑張ってもらわないといけないからね」


 その言葉が深夜の耳に届かなかったのは幸か不幸か、どちらとも言い難かった。




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