聖女の幽霊
神代 琴美と自己紹介した霊に促され、皆でテーブルを囲むように座っている。
皆が状況を理解出来ずに呆然としている。
ザイドなど血の気のない真っ青な顔をして、小刻みに震えている。
「同行者達よ、今の聖女はどこだ?
ここの結界を破ったのは今の聖女なのだろ?」
皆が私をチラリとみるが、何も言わない。
私が聖女ある言ってしまっていいものか悩んでいるようだ。
「私が聖女です。」
このままでは話が進まない。
それではせっかくここまで来た意味がなくなってしまう。
私は意を決してそう言った。
「なんと、今回の聖女は男か。
色々研究しつもりだが、まだ知らぬ事はあるものだな。」
琴美の霊は私の目の前までくると、ジロジロと私を見た。
「いえ、私は女です。」
私の言葉に琴美の霊は驚く。
霊まで驚かす事が出来るなんて、実は私、凄いんじゃないか?
「そうか、それは失礼した。
今の聖女よ、名はなんと言う?」
「コウです。」
「コウか、日本の女性では珍しいな。
コウよ、其方も聞きたい事はあるだろうが妾も聞きたい事がある。
しかし時間が無い。
これからの話は、コウには通じると思うが同行者には難しいだろう。
同行者達よ、少しコウと話してもよいか?」
時間が無いとは何を意味するのかわからないが、暗にアル達に邪魔をするなと言っているのだろう。
アルは一度、私を見てから頷いた。
エマは琴美に聞いてみたい事があったようで、少し不満そうにしながらも頷く。
ヨルトもザイドも頷いたのを確認すると、琴美の霊は話を続けた。
「だが、まずは其方達が気になっているだろう事を説明しよう。
見ての通り妾は幽霊だ。
生前に資料を集めるだけ集めて寿命を迎えてしまってな。
研究を続ける為、慌てて結界を張って魂を閉じ込めた。
それが今の妾だ。」
何とも奇抜な発想だ。
研究の為に魂を閉じ込める結界を張るなんて、そんな発想に至る所が恐ろしい。
「しかしその結界には欠点があってな。
内側からは壊せないのだ。
つまり研究を終えた後も、妾はここから出られぬ事になってしまった。
どうしたものかと悩む事数百年。
先程、ようやく結界が壊されたという訳だ。」
自ら作った結界に数百年閉じ込められるなど、なんとも間抜けな話だ。
それだけ結界を張った時は、何も考える余裕がなかったのだろう。
「とまあ、今の妾についてはそんな所だ。
コウ、其方は何番目の聖女なのだ?」
「29番目です。」
「そうか、ずいぶん少ないな。
定期的な聖女召喚はやめたのか?」
「えっと、聖女が召喚されると魔王が復活されるとわかったので、800年程前から定期的な聖女召喚は行っていません。」
私に代わってエマが答える。
琴美の霊は顎に手を当てると、ふむと納得したようだった。
「ようやくその事に気付いたか。
妾も死んだ後に気付いたのだが、何せ伝える手段がなかったからな。
早く気付けと念を送っておったのだ。」
琴美の霊は冗談っぽく、ふふっと笑って見せた。
だが、幽霊の念など恐怖でしか無い。
ザイドのせっかく戻った顔色がまた青くなってしまったではないか。
「琴美様はいつの時代の日本にいたんですか?」
私はここに来るきっかけとなった疑問を口にした。
「妾は2007年の日本からここの世界へ来た。
何だ?そんな事を聞いてくるとは何かあるな?」
琴美の霊の目が輝き出す。
聖女の研究の続きだ言わんばかりの食い付きようだ。
私はネムの国で見た事を琴美の霊に話した。
「なるほどな、自分より未来の聖女が過去に召喚されていると。」
「はい。」
「この世界と日本の時間軸か。
興味深いな。」
そう言ったものの、琴美の霊にもそれが何故起こったのかはわからなかったようだ。
琴美の霊は研究ようのノートにスラスラ何かを書き込むと、考えるようにして黙ってしまう。
「あの、琴美様?」
「ん?ああ、すまんな。
考える始めると黙り込んでしまっていかんな。
そうだな...まずは妾が魔王封印に行った時の話からするか。」
琴美の霊はそう言ってノートを閉じると、こちらへ向き直った。
琴美の召喚はヴェルアリーグ教で行われた。
当時はまだ、定期的な召喚が行われていたので有能な魔道士のいた教団で召喚されたのだ。
その時の勇者は珍しくドワーフ族から出たらしい。
これまでもドワーフ族の勇者が居なかった訳ではないが、その彼が二人目と数は少なかった。
琴美も四大魔法は全て使えたが、それを使う事はほとんどなく必要とされたのは聖魔法だけだった。
その為、私のように最前線で戦う事はなかったようだ。
私と同じように各国を回り、同行者を集めた。
皆が琴美を聖女様と囃し立てたが、たまに聖魔法を使う位でほとんどやる事がなかった琴美は何故自分がそんな扱いを受けるのか、理解し難かったらしい。
魔王が復活し、同行者達と共に封印に向かう。
勇者が聖剣を駆使して戦い、無事に魔王は封印された。
しかし琴美はその時見たのだ。
魔王が封印と言われる形で姿を消した後、黒い何かが逃げ出すのを。
拳大のその黒い物体は、一瞬だけ姿を現し、もの凄いスピードで何処かへ行ってしまったらしい。
琴美はその事を当時の勇者や同行者へ伝えたが、誰も信じなかった。
そんな話は聞いた事がないと、これまで通りの封印を済ませるとそれで終わりにしてしまった。
だが、琴美は確かに見たのだ。
誰にも信じて貰えないのであれば、自分で答えを見つけるしかない。
そう思い琴美は聖女の研究を始めた。
1人でこの世界を回り、過去の聖女達の資料や魔王に関わる物を調べた。
資料は増殖しコピーを作り出し、全てこの小屋に持ち帰った。
しかし勇者や同行者の言った通り、あの黒い物体について書かれているものは何も無かった。
結局、その黒い物体の正体がわからないまま琴美は寿命を迎えた。




