王子自ら案内する城下町 〜前編〜
ベーマールの王都に戻って来た私達を、ベーマール国王は大いに歓迎した。
自国の危機の為に駆けつけ、更に援軍まで手配したのだ。
ベーマール国王にしてみれば、自分の息子の有能さに鼻が高いだろう。
私としても、私を救ってくれた国に恩返しが出来たようで嬉しい。
それに歓迎してくれるのだ、嬉しく無い訳がない。
デルヘンの兵士達も、今は拘束されているが時期に解放されるようだ。
取り憑かれた者の影響を受けた為、本人達の意思とは別に動いていた訳だ。
それにデルヘンに家族がいる者も多いだろう。
ベーマールの温情に感謝する者も少なくない。
ただ、取り憑かれていた者達の回復は見込めないらしい。
意思もなく気力もない。
その姿は生きる屍のようだった。
彼らは、長くは生きられないようだ。
デルヘンの国をどうするかは今後、協定国で話し合いが行われるそうだ。
しかしそれが決まるのは魔王封印後になる為、臨時としてベーマール王国でデルヘンを監視する事になった。
デルヘンの新しい国王が誰になるのか、今はまだわからないがデルヘンがいい方向に向かってくれればと思う。
ここの所、ヴァルシオ国王を救出したりデルヘンとの戦に出たりと忙しい日々を過ごしていた。
たまには休日をと言う事で、今日は一日休む事になった。
久々ののんびりした時間を楽しもう思うが、何もしていないとソワソワしてしまう。
忙しく動く事に慣れてしまった体に、思わず苦笑した。
何をしようか...ぼんやりと窓の外を眺めていると、扉をノックされた。
誰だろうと思いながら扉を開ける。
「相手くらい確認してから扉を開けたらどうだ?」
そう言って扉の先に立っていたのはアルだった。
「そうだね、でも殺気は感じなかったから大丈夫。」
私の返答にアルはため息を吐く。
見慣れてしまったアルの呆れ顔に、私は苦笑した。
「それよりどうしたの?
私に何か用事があった?」
「ああ、これから予定がなかったら一緒に出掛けないか?」
思っても居なかったお誘いに、少し驚く。
「どうしたの?珍しいね。」
「前にネムの国で一緒に出掛けた事があったろ?
それで、ベーマールを案内した事が無かったなって思ってな。
どうだ?」
折角のアルの誘いだ。
断る理由もない。
私は了承すると、アルと共に部屋を出た。
ベーマールの王都をのんびり歩くのは久し振りだ。
アルとこうして王都を歩くのは、歴史館に案内して貰った時以来かも知れない。
あの時は歴史館でノーラの剣を見つけたりと、慌ただしくなってしまった。
まさかアルとのんびりと王都を歩けるとは思っていなかったが、楽しみだ。
「この店も久し振りだなぁ。」
騎士の時によく行っていた紅茶屋を見つけて、そう呟く。
「入るか?」
アルにそう言われて、私は慌てた。
「いや、中は女性客だらけだよ。」
「何だ?男は入れないのか?」
「そういう訳ではないけど...」
中に入る事を渋る私に、アルは不思議そうな顔をした。
「よく来ていた店なんだろ?
なら、暫くぶりに入ればいいじゃないか。」
そう言ってアルは扉を開けてしまった。
騎士の格好の私とアルでは、男性2人に見えるだろう。
店の中の客の視線が向けられる。
「こちらの席へどうぞ。」
案内した店員も、少し戸惑い気味だ。
女性客ばかりの店内で、私とアルは目立ってしまっていた。
元々私1人で来ていた時も注目されがちだったのだ。
それが男性もう1人増えたら、集まる視線は更に増える。
「コウのおすすめはなんだ?」
この沢山集まる視線の中でもアルは堂々としている。
王子であるアルにとっては注目を浴び事など、大した事では無いのかも知れない。
「私はフルーツティーが好きなんだ。
後、ここはケーキも美味しいよ。」
女性だらけの中で男性2人が目立っている状況もアルは全く気にしていないようだ。
私1人が気にするのも馬鹿らしくなり、私は周りの目を気にするのをやめた。
このお店ではこれまでも目立っていたのだ。
アルが気にしないのなら、私も気にする必要がない。
「では俺も同じ物を頼もう。」
私は店員にフルーツティーとチーズケーキを2つ頼む。
アルはメニューを閉じると、店内を見渡した。
「綺麗な店だな。
今まで俺は入った事がなかったが、コウが好きならまた一緒に来よう。」
「アルは普段、どんな店に行くの?」
「そうだな...騎士連中と行く事が多かったからな。
ガッツリ肉って店ばかりだったな。」
騎士達が店の中で、ガツガツと肉に食らい付く様子が簡単に想像出来る。
私は脳内で肉を食べまくる騎士達の姿に、クスリと笑った。
「私、お肉も好きだよ。」
「そうか、なら連れて行こう。」
そんな会話をしているうちに、注文した物がテーブルに運ばれて来る。
久々のケーキに目を輝かせる私を、アルは優しい瞳で見ていた。
「なんかケーキを食べてると、エマの顔が頭に浮かぶんだよね。
お土産に買って行ってあげようかな?」
「この後も歩くだろ、邪魔になるからやめておけ。
エマは、今度連れて来てやればいいだろ。」
アルの言葉に、それもそうかと納得する。
紅茶を一口、口に含むとフルーツ香りが広がる。
やっぱりここの紅茶が好きだ。
アルと話していると、周囲の目線はもう気にならなかった。
紅茶屋で過ごす時間は穏やかで、これまでの旅の事を忘れさせるものだった。
「さて、次はどこに行くか。」
紅茶屋を出ると、アルはそう言った。
時間はちょうどお昼位だ。
ケーキを食べてしまったが、今からお昼ご飯を食べてもいい位の時間だった。
「任せるよ、アルが案内してくれるんだもんね。」
私がそう答えるとアルは少し悩み、それからじゃあ、と言葉を続ける。
「飯にでもするか。」
そう言って歩き出したアルに付いて行く。
アルがどんな所に案内してくれるのか楽しみだ。
紅茶屋から少し歩くとそこには飲食店が立ち並んでいた。
お昼時なのもあって、どの店からもいい匂いが漂ってくる。
アルの後ろをキョロキョロしながら歩いていると、アルは一軒の店の前で止まった。
「さっき話した、騎士達とよく来る店がここだ。」
確かに店からは肉の焼けるいい匂いがする。
「沢山食えそうか?」
そう言ったアルに私は申し訳なさそうに答えた。
「さっきケーキを食べちゃったからあんまり入らないかも。」
私がそう言うと、アルは店先に出ていた屋台に向かう。
お昼時になると店先に軽食を出す店は多い。
この店もそうだったようで、屋台では大きな肉の塊が回転しながら焼かれていた。
アルはそれを買って私の元に戻って来る。
「ほら。」
そう言って差し出された物は、日本でも食べた事があるケバブだった。
ピタパンに野菜と一緒に沢山の肉が詰め込まれている。
見た目もそうだが食欲をそそる匂いがする。
私はありがとうと言ってそれを受け取ると、ケバブにかぶりついた。
焼けた肉の香ばしさと、スパイシーな味付けがとても美味しい。
「美味しい。」
そう言ってもぐもぐと食べる私を見てアルは安心したように笑った。
「今度は店の中で食べような。」
「うん、楽しみにしてる。」
これだけ美味しいケバブを作っている店だ。
店内のメニューも気になる。




