塩ですが何か
デルヘン軍に居た者達は一人残らず捕らえられた。
抵抗する余力のある者も居なかった為、それ自体は簡単に済んだようだ。
私は味方の隊の怪我人に治癒魔法を掛けにアミーと走り回った。
幸いこちら側で亡くなった人は居なかったようで安心する。
アルもネムの国やヴェルアリーグ教の援軍の者達にお礼を言いに、忙しく動き回ってる。
エマは余程、私の浄化魔法がショックだったようでブツブツと小声で文句を言っていた。
デルヘンの捕らえられた者達の怪我人にも治癒魔法を掛けに行く。
取り憑かれた者の影響を受けただけの者は、意識もあり、やつれてはいるが人として正常だった。
しかし悪霊に取り憑かれてしまった者達は、皆、焦点の合わない目でぼんやりとしている。
まるで魂が抜けてしまったみたいだ。
取り憑かれた者は全部で60人位居たようだが、皆が同じ状況だった。
「...きっと彼らは助からないね。」
彼らの様子を見ていた私の横に来て、エマはそう言った。
やはり一度悪霊に取り憑かれしまうと、その代償は大きいようだ。
取り憑かれた者達の中に知った顔を見つける。
デルヘン国王や王子、それに私をこの世界に召喚した際に立ち会っていた騎士やローブの男達もいた。
その者達に既に意志はない。
ただ呼吸をし、今は生きているだけ。
そんな感じに見えた。
もう、彼らが誰かを召喚する事は無い。
「アル様、俺はデルヘン軍を連行する為、ベーマールの王都に戻ります。
自国の隊と援軍に護衛を任せたいのですが、よろしいですか?」
「ああ、そうしてくれ。
援軍の者達へは宴を用意しろ。
俺は一度、デルヘンの王都に向かう。
国王が居なくなったんだ、様子を見てくる。」
セオンとアルが話し合い、役割を分担していく。
アルはデルヘンの王都に行くようなので、私はそれについて行く事にした。
「僕もアルと行くよ。
それにさっき会ったヨルトも、こっちに合流するって言ってたから一緒に行くんじゃない?」
「なら、ワシも同行しよう。
ワシ1人だと肩身が狭いからな。」
エマもザイドも、それからヨルトも一緒に行くらしい。
結局、いつもの旅のメンバーになった。
程なくしてヨルトがこちらへやって来た。
いつものメンバーが揃うと、やはり安心する。
「戦いが終わったと言っても、先程まで敵だった国だ。
念の為、気を付けろよ。」
アルの言葉に頷く。
皆が馬に跨ったのを見て、私はアミーに跨った。
デルヘンの王都に着いた。
途中、村に泊まったりしたが、デルヘンは元々あまり豊かな国では無いらしい。
税金が高く、平民はその殆どが貧しい暮らしをしていたようだ。
王都の街も相変わらず覇気がない。
だがいつもより街の人が騒ついているのは、国王が居ない所為なのかもしれない。
城に着くと、なんだかガランとした印象を受ける。
人があまりおらず、閑散としていた。
「あっ、貴方は、ベーマール王国の第一王子ではないですか?」
城から出て来た、少し身分の高そうな男がアルを見てそう言った。
その言葉に周囲が騒つく。
自国が戦争を仕掛けた、相手の国の王子がここにいるのだ。
皆、自国の敗北を察したのだろう。
「あの...ベーマールの王子様。
私、国王陛下の様子がおかしかったのが気になって...。
何かに取り憑かれていたのではないかと心配だったのです。
国王陛下は、何かに取り憑かれていたのですか?」
街娘のような女性が、オズオズとアルに声を掛けた。
余程緊張したのだろう、その手は小刻みに震えている。
「ああ、デルヘン国王は悪霊に取り憑かれていた。」
アルの言葉に、騒めきはより一層大きくなる。
「なんて事だ、デルヘンはもうお終いだ。」
「私達もそのうち、悪霊に取り憑かれてしまうんだわ。」
「この地は汚れてしまったんだ。
呪われているんだ。」
街の人達の悲観の声があちこちから聞こえる。
自国の国王が悪霊に取り憑かれていたなど聞けば、皆が恐れるのもわかる。
アルも予想はしていただろうが、実際目の前でこれだけ沢山の人に騒がれるとどうする事も出来なかった。
「コウ何とか出来ないのか?」
周囲の様子にヨルトも気の毒になったのだろう。
私にそう言った。
「そうだな...」
私はう〜んと言いながら、少し考えてみる。
悪霊がいる訳ではないので、お札は必要無いだろう。
どちらかと言うと、今求めてられているのはこの場を清める力だ。
それなら...。
私はお清め塩を思い浮かべて、聖魔法を発動した。
手から塩を撒くと、辺りにキラキラと光の粒が舞い落ちる。
私は単純に塩を思い浮かべたはずなのだが、聖魔法のせいで塩が光を帯びてしまった。
予想よりも遥かに幻想的な演出になってしまい、周囲の人々は沈黙する。
呆気に取られたようにその光の粒を見ていた者の口から、一言溢れた。
「...聖女様だ。」
その声を耳で拾った者達が、その言葉に同意する。
皆が聖女様と騒ぎ出したが、その顔は希望に溢れていた。
悪霊の恐怖が消えたようで何よりだ。
だが騎士姿の私と聖女は結びつかなかったらしく、何処からか聖女様が魔法を掛けたという事になってしまった。
本人はここにいるのだが、面倒なのでこのままにしておく。
「浄化魔法も、そんな感じならよかったのに。」
キラキラと輝く塩を見てエマが呟いた。
あれが塩だとは黙っていた方が良さそうだ。




