仲良くなる子
風の音だけが聞こえる。
開けられた扉からはその風が入って来る。
汗をかいた体には少し肌寒く感じられた。
盗賊は全員、既にやられたのだろう。
サーベルタイガーはどうなった?
私に気付かず、もう何処かへ行ったのだろうか?
静か過ぎる外が不気味に感じた。
私は息を殺し、静かに時が過ぎるのを待った。
だが、いくら待っても外の様子は変わらない。
このままじっとしていて盗賊の残党が来てしまっては意味がない。
私は勇気を出して、馬車から一歩踏み出すしかなかった。
扉から顔だけを出し、外の様子を伺う。
と、先程まで暴れまわっていたであろうサーベルタイガーと目が合った。
「ヒッ!」
私は短い悲鳴を上げると馬車の中へと戻った。
心臓がバクバクいっている。
終わった。
完全に目が合ったのだ。
私はバクバクとうるさい心臓を剣を持っていない右手で押さえた。
座り込んだまま外のサーベルタイガーの気配を必死に探ろうとする。
しかし、目が合ったはずのサーベルタイガーは動く気配を感じられなかった。
「何故...?」
私はゆっくり立ち上がると再び外の様子を覗いた。
サーベルタイガーは大人しくしている。
犬でいうお座りの体勢のままこちらをジッと見ていた。
倒れた盗賊達の中でお座りしているサーベルタイガーという光景は何とも言い難いが、敵意はないように思えた。
馬車から降りてみたものの、それでもサーベルタイガーが動く様子はない。
少しだけ近寄ってみると、サーベルタイガーは立ち上がり静かにこちらに歩み寄った。
そして私の側まで来ると、またお座りをする。
「もしかして...私を助けてくれたの?」
すると、返事とばかりにゴロゴロと喉を鳴らした。
試しに右手を差し出してみると、鼻をすり寄せて来る。
私がそのまま頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めた。
「ありがとう...」
私はこの世界ではじめて出来たであろう味方に、感謝を述べた。
辺りに転がる盗賊の遺体を前に、眉を潜める。
自分に危害を加えようとしていた人達に可哀想などと言う感情は無かったが、やはり人の死に恐怖は覚えてしまう。
遺体の中に御者の男を見つけた。
剣を持ったまま倒れている彼はやはり盗賊の仲間だったようだ。
吐き気がする。
元の世界で遺体など見る事は無かった。
こんな血だらけの遺体など、日本ではほぼ見る事などないだろう。
私は沢山の遺体から目を逸らし、森の中へと入っていった。
森の中へ入り、先程までの道が見えなくなると私はアイテムボックスを開き着替えた。
王都の平民が着ていたような服だ。
この服は聖女と共に城下町へ行った時に購入した物で、聖女は女物を、私は男物を。
いつかお忍びで街に来る時に着ようと話していた。
こんな形で役に立つとは思わなかったが、さすがに先程の令嬢服では歩きにくい。
まだ隣国へ到着した訳ではないし、ここからも長い旅になるだろう。
そう思い平民服へ着替えた。
着替えを終えると先程のサーベルタイガーがまたお座りをして待っているのが見えた。
私は何も言わずにサーベルタイガーを撫でる。
サーベルタイガーは歩き出す私に寄り添う様に隣を歩いた。
「隣国ってどうやったら行けるんだろう?」
独り言を言いながら歩き続けると、サーベルタイガーが今度は私の目の前やってきて上体を低くした。
「...乗れって事?」
そのままの姿勢で居るという事は、恐らく肯定なのだろう。
私は恐る恐る、サーベルタイガーへ跨った。
私が乗ったのを確認する様な視線を向けると、サーベルタイガーは立ち上がる。
立ち上がった瞬間にぐらりとバランスを崩しそうになり、咄嗟にサーベルタイガーの首元に捕まる。
それを嫌がられなかったので、私はそのまま首元に捕まる事にした。
跨ってから周囲に視線を向けてみると、だいぶ目線が高くなった事に気付く。
サーベルタイガーが走り出すと、辺りの景色はドンドンと後ろに流れていく。
「わっわっ早い〜〜っ!」
前の世界で馬にさえ乗ったことが無い私は、あまりの早さと揺れにどう対処していいのか分からず掴まる手に力を込める。
振り落とされないように必死な私の様子に気付いたのか、サーベルタイガーは速度を落とす。
幾分、揺れも少なくなり私は少しだけ手の力を緩めた。
「優しい子だね。」
サーベルタイガーは私の言葉に答えるように小さく鳴いた。