浄化魔法
国境付近に私達が到着した頃には、国境となる川の対岸にデルヘン軍の姿があった。
士気のないなんだかドス黒い雰囲気を感じる。
空も雲がかかり、薄暗い。
まるで今の状況を表しているかのような空に、憂鬱になる。
「コウ、悪霊が憑いてる奴を浄化してね。
誰に悪霊が憑いてるかわかる?」
エマの言葉に私は、デルヘン軍を見た。
背後に真っ黒な影のような物が見える者が何人もいる。
「あの黒いモヤが憑いてる人って事だよね?」
「うん。」
「なんで取り憑かれてない人達まであんな様子なの?」
悪霊に取り憑かれている者はもちろん、それ以外の人達も皆、疲れたような生気のない表情をしている。
「悪霊は周囲にも影響を与えるんだよ。
つまり軍の中の何人かに取り憑いて軍全てを操ってるって事。」
なるほど、そういう事か。
だからデルヘン軍、全体が淀んでみえるのか。
ノロノロ進んでいたデルヘン軍が、国境の川の間際まで来た。
対岸にいるこちらの隊に緊張が走る。
川の流れは相変わらず早く、落ちたら助かる事は無いだろう。
デルヘン軍はこの川をどうやって渡るつもりなのだろうか。
先頭にいたデルヘン軍の兵士が、躊躇する事なく川へ飛び込む。
その兵士は川の流れに飲まれ瞬く間に姿を消した。
その様子は他の兵士達の目にも映っていただろう。
しかし、デルヘン軍の兵士は次々と川へ飛び込んで行った。
異様な光景だ。
こちら側の兵士が息を飲み、その様子をざわつきながら見ている。
ドボンと大きな水しぶき上げ、次々に川へ飛び込む姿は恐怖を覚えた。
「コウ!橋だ、橋を掛けてくれ!」
アルもデルヘン軍の異常さを前に驚いたようだ。
例え敵軍だろうと、命を粗末にしたくなかったのだろう。
アルは焦ったように私に橋を掛けるように訴える。
私はアミーから降りると地面に手を付き、土魔法を放った。
川を覆うように出来た大きな橋に、周囲が唖然とする。
だがデルヘン軍はそれに動じる事なく、次々と橋を渡り始めた。
「なるべく殺さずに足止めしろ!
コウが浄化魔法を使うまで、時間稼ぎをするんだ!」
アルの指示に、こちらの隊が動き出す。
私も、再びアミーに乗るとデルヘン軍へと向かって行った。
アルに用意してもらった紙は既に短冊状に切って準備してある。
私はデルヘン軍の中から悪霊に取り憑かれた人物を探すと、その者へ近付いた。
短冊状の紙を人差し指と中指で挟み、魔力込める。
する紙には『悪霊退散』の文字が浮かび上がった。
悪霊に取り憑かれた者に向かってその紙を投げると、紙は額に貼り付いた。
要はお札だ。
そこから光の矢のような物が発され、背後にあった黒い影を貫く。
光の矢が黒いモヤを吸収すると、そこには綺麗な光の玉が残された。
恐らくこれが浄化された魂なのだろう。
その魂は近くをフヨフヨと漂ってから、少しすると天へと昇っていった。
これで浄化魔法は成功した。
私は振り返り、アルやエマを見る。
...何故だろう、皆が目を点にして私を見ている。
「えっと、成功...だよね?」
「...違う。
思い描いていた浄化魔法と違う!」
エマはそう言ってガッカリしたように肩を落とした。
だが、魔法は人それぞれだと言ったのはエマだ。
私が想像し易かった浄化は、お札を使った物だった。
「とりあえず成功したんだからいいんでしょ?
このまま全部、浄化していくよ!」
私は視線をエマ達からデルヘン軍へと戻すと、アミーと共に戦場を駆け抜けた。
悪霊に取り憑かれた者を見つけては、お札を投げる。
その繰り返しだ。
ベーマールの隊も、ヴェルアリーグ教とネムの国の援軍もアルが言った通り、無駄に人を殺す事なくデルヘン軍を押さえている。
怪我人が出ているようなので、後で治癒魔法を使わなくてはならない。
もう何人浄化しただろうか。
50人近く浄化したように思う。
悪霊から解放された者はその場に倒れ、その周囲の者はただ呆然としている。
その者達はこちらの隊に捕らえられ、デルヘン軍は徐々に沈静化されていった。
デルヘン軍の後方に大きな黒い影を見つける。
あれで最後だろう。
その影はこれまでに比べて三倍程の大きさがあった。
大きな影に取り憑かれた人物を確認する。
デルヘン国王だ。
口からは涎が垂れ、目の焦点も合っていない。
とても正気には見えなかった。
先程まで同じようにお札を投げるが、黒い影に弾かれてしまう。
これまで通りはいかないようだ。
私は黒い影を囲むように、影の周囲にお札を投げた。
そして陰陽師の映画を思い出しイメージと重ねながら印を結ぶ。
印を結ぶ事によってお札は光出し、その光は鎖へと姿を変えた。
黒い影を捉えた鎖は、キツく影を縛り上げる。
黒い影は徐々に小さくなり、それに連れて鎖はキツくなっていく。
鎖が影を吸収し終えると、そこには魂だけが残されていた。
その魂が天へ昇って行くと、空にかかった雲は割れそこから日の光が差し込む。
デルヘン国王はがっくりと力が抜けたように馬から落ちると、近くにいたセオンに捕らえられた。
終わった。
デルヘンとの戦いは終わったのだ。
捕らえられるデルヘン国王を見て、敵味方関係なくこの戦いが終わった事を実感した。
デルヘン軍の意識のある者は項垂れ、ベーマールやネムの国、ヴェルアリーグ教の隊からは歓喜の声が上がった。
「コウ!よくやった!
浄化魔法は何というか....思っていたものと違ったが、コウのお陰でデルヘン軍を押さえることが出来た。
ありがとう。」
アルは私に向かってそう言った。
なんだろう。
褒められているはずなのに微妙に感じてしまう。
でもまあ、アルが喜んでくれるならこれはこれで有りなのだろう。
アルの表情は明るい。
皆に戦いが終わった事への安堵が広がった。




