悪霊に取り憑かれた者
「セオン、状況はどうなっている?」
ベーマールの城でセオンの姿を見つけたアルは、セオンを呼び止めると声を掛けた。
「え?アル様?
先日、ヴァルシオにいるとおっしゃっていたのに...」
ここにアルがいる筈がないとセオンは驚いた表情をしていた。
セオンが驚くのもわかる。
私達は本来の半分の時間でベーマールに到着していた。
馬に身体強化と体力回復の為の治癒魔法を掛け続け、さらに無駄な戦いを避ける為に魔物除けの結界も張っていた。
普通ならまだ目の前に居るはずのない人物が目の前にいたら、誰だって驚く。
アルには普段からこれをやればいいのにと言われたが、私は馬が可愛そうで出来なかった。
今回は緊急事態なので馬達にも頑張ってもらったが、普段はちゃんと休憩を与えてあげたい。
現にアミーは至って元気だが、馬達はやつれて見える。
アルに、自分も身体強化と治癒魔法で走らせ続けたら辛くない?と言ったら眉を顰めて何も言えなくなった。
恐らく自分が走り続ける姿を想像したのだろう。
「まあ、それはコウが...な。」
セオンの問いにアルは苦笑を浮かべながら答える。
それを聞いただけでセオンは、ああと納得した。
その説明の仕方もそれで納得するのも、出来ればやめて頂きたい。
「それで状況ですが、デルヘン軍は既に国境近くまで来ています。
我が国の隊も国境付近で待機していますし、ネムの国からの援軍もヴェルアリーグ教からの援軍も既に到着し同じく国境付近で待機中です。」
既に援軍が到着している事にアルは安心したように息を吐く。
セオンは援軍を出してくれたヨルトとエマにお礼を言うと、再びアルへと向き直った。
「ただ、様子が変なんです。」
「様子が変?」
セオンはアルの言葉に頷き、話を続けた。
「デルヘン軍ですが侵攻がずいぶんと遅いんです。
その割に雨や風でもお構いなしに進む。
何かおかしくないですか?」
セオンの言葉にアルは顎に手を当てると考えるような仕草をした。
「何かに、操られている?」
私はふと思った事を口に出した。
「うん、僕もそう思う。
多分デルヘン軍は悪霊に憑かれている。」
私に同意するように言ったエマの言葉にアルは息を飲んだ。
「悪霊だと?」
この世界で悪霊は魔物とは違う括りで存在する。
悪霊には魔石が存在しない為、魔物とは区別しているのだ。
しかし悪霊も魔王の復活に合わせるように数を増やし、活発化する。
要は括りは違うが似たようなものだ。
「厄介な奴が出て来たな。」
「そうだね、教団からの援軍に除霊師も居たと思うけど、悪霊となるとコウの出番だね。」
浄化魔法が使えるのは、聖魔法を使える聖女だけだ。
しかし浄化ではなく、除霊魔法は除霊師にも使える。
結界魔法に特化した結界師ように除霊魔法に特化したのが除霊師だ。
浄化も除霊もどちらも悪霊をあの世に送る事に変わりは無いが、受け手、つまりは悪霊側からするとだいぶ違うもののようである。
浄化は悪意や憎しみなどを全て消し去り、綺麗な魂であの世に行けるが除霊は違う。
除霊は強制的にあの世に送り込むものなので、悪霊にしてみればかなりの苦痛を伴うらしい。
それ故、除霊は失敗すると悪霊が更に凶悪なってしまう恐れがあった。
魔王の影響がない時なら除霊師による除霊で十分間に合うが、魔王の影響を受けてしまった悪霊はやはり浄化の方が確実にあの世に送れるという事だ。
「前に見た感じだと、デルヘン国王が取り憑かれるのも納得だな。
悪霊は元々、悪意に満ちた者に取り憑きやすい。
デルヘン国王は悪霊から見れば最適だったんだろうな。」
アルがそう言うと、エマもそうだねと頷いた。
前に聖女をよこせと言ってきた時の事を思い出しているのだろう。
「そういう訳だから、コウには最前線で戦ってもらわないと...っていつもの事が。」
エマはそう言って苦笑した。
まあ私が最前線で戦うのはいつもの事だ。
「コウは浄化魔法は使えるんだよな?」
「やった事はないけど、やってみるよ。
そうだ、紙が欲しいんだけど。」
今まで悪霊などあった事がない。
今回が浄化魔法を始めて使う機会となった。
「紙?まあいいが、何に使うんだ?」
「浄化魔法に必要かな?って思って。」
不思議そうに聞いたアルにそう答えた。
「魔法は人それぞれだからね。
コウがやり易いようにでいいんじゃない?」
エマはそう言って私を見た。
その目には何故か期待が込められているように感じる。
「オレは一度、ネムの国の隊と合流する。
デルヘンが悪霊に取り憑かれていると知らせた方がいいしな。」
アルを見ながらヨルトはそう言った。
わかったとアルはヨルトの言葉に頷く。
「僕はコウと一緒に居るよ。
浄化の魔法も見てみたいし。」
エマの目は子供のようにキラキラしている。
さっきの期待が込められた視線も、浄化魔法へ対してのものだろう。
「ワシもアルフォエルやコウと一緒におるぞ。
ヴァルシオからはワシ1人だが、100人分は働いてやる。」
ザイドはグッと力拳を作りニカッと笑った。
気合を入れてくれるのはいいが、ザイドが張り切りすぎると身内に被害が出るのでやめて欲しい。
「ではいくぞ。
打倒デルヘン軍。」
アルの言葉に皆が頷く。
皆が跨った馬達に身体強化魔法を掛けた。
馬達には申し訳ないが、もう少し頑張ってもらうしかない。




