ヴァルシオ城へ潜入
ヴァルシオの王都の門まで来た。
私とエマは馬車に乗り、ヨルトがフードで顔を隠して御者として馬を操る。
アルは馬車と並走して、馬に乗っていた。
顔の知られているザイドは馬車の中に積まれた木箱の中に身を隠していた。
私とエマは踊り子の服に身を包み、馬車の中で大人しくしていた。
ピンク色の服を着たエマは肩の上からストールを掛けている。
踊り子の服を実際に着てみてわかったが、意外と肩幅のあるエマはそれを隠す為にストールを羽織る事になった。
エマはその事に僅かながらショックを受けていたようだが、それ以外は男である事を疑うレベルでとても良く似合っている。
髪も私のウィッグを増殖させ、同じ物を被らせた。
ストールで肩を隠すと、どっからどう見ても女の子にしか見えない。
ザイドなど私の踊り子姿と同じ位、エマに食いついていた。
「おいザイド、あんまりコウを見るな。
見るならエマにしろ。」
「やだよ、僕の事も見ないでよ。」
アルとエマがそんな会話をしていたのが今朝のことだ。
ザイドは私とエマを交互に見ると満足そうに髭を撫でていた。
「ベーマール王国のアルフォエルだ。
国王陛下に挨拶に伺ったのだが、通ってもいいか?」
アルの言葉に門番のドワーフは顔を見合わせる。
どうしたものか悩んだようだが、ここでベーマール王国の王子を追い返す訳にもいかなかったのだろう。
ノロノロと道を開けると、アルに入るように促した。
ヴァルシオの王都を馬車の中から眺める。
人が少ないように思えるのは、国のいざこざのせいだろうか。
「なんか、活気がないね。」
エマも私と同じ事を思ったようだ。
私はそうだねと頷くと、馬車の揺れに身を任せた。
馬車が城の前に着くと、何やら身分の高そうなドワーフが私達を迎える。
「これはこれは、ベーマール王国の第一王子がどのようなご用件でしょう?」
内乱のせいだろうか。
アルが勇者として同行者を集めている事を、知らない口ぶりだ。
「国王陛下に挨拶に伺ったのだが、お会いする事は可能か?」
アルの言葉にドワーフは眉を顰める。
「残念ながら国王陛下は不在でして...」
「そうか、では言い直そう。
‘新しい’国王陛下にお会い出来ないか?」
ドワーフは目を見開き驚いた表情を見せた後、ニンマリと口で弧を描いた。
「そういう事でしたら、ご案内します。」
アルはここヴァルシオの内情を知っている。
それでなお、挨拶に来たと知るとドワーフは態度を一変させた。
馬車をヨルトに任せて、私とエマがアルの後ろに続いて歩く。
ドワーフは私達に視線を向けると、後ろの者達は?とアルに聞いた。
「土産だ。
ドワーフは踊り子が好きだと聞いてな。」
淡々と喋るアルの横で、ドワーフが私達にイヤらしい視線を向ける。
エマは気持ち悪いと小声で呟くと、私の前に立ちその視線から私の姿を隠した。
「そうでしたか、ゲインドル様もお喜びになると思いますよ。」
私とエマの様子など気にも留めなかったように、ドワーフはアルに媚を売るように話しかける。
アルはそんなドワーフに対して、表面だけの笑みを返した。
謁見の間の扉を前に、私はアルとエマの様子を見た。
流石と言うべきか、2人とも物怖じせずに堂々としている。
アルもよくあんなに口からペラペラと言葉が出てくる物だと感心した。
エマに至っては踊り子の服でこんなに堂々と出来るのは、もはや才能なんだと思える。
左右にゆっくりと開かれる、謁見の間の扉を眺めてから私はエマと目を合わせ頷いた。
大丈夫。
昨夜の練習はうまくいった。
何も心配する事はない。
アルが中央の玉座の前まで歩くのに、私達が付いて行く。
両脇にはこの国の騎士や重鎮と思われるドワーフが並んでいた。
そのドワーフ達が私とエマに、まとわり付くような視線を向ける。
どうやら本当にドワーフは踊り子好きなようだ。
ザイドで免疫が出来ていたのは不幸中の幸いかも知れない。
玉座には赤茶色の髪のドワーフが偉そうに、踏ん反り返って座っていた。
アルが止まると、私とエマがその後ろで膝を付く。
「よく来たの、ベーマールの第一王子よ。」
「この度はお祝いに伺いました。
国王への着任、おめでとうございます。」
アルは綺麗な作り笑顔を浮かべている。
ゲインドルはアルの言葉に愉快そうに笑うと、自らの手で膝を打った。
「耳も早いが、気も早いな。
まだ正式に国王になった訳ではない。
国王ともう1人、行方の知れない国王の弟を処刑したら、ワシが正式に国王だ。」
ゲインドルもアルの言葉にまんざらでもなかったのだろう。
機嫌が良さそうにこの国の事を話している。
「ですが、国王はすでに捕らえていると聞きましたが。
弟の方も時間の問題では?」
ニヤリとイヤな笑みを浮かべて、ゲインドルはアルを眺める。
品定めするようなイヤな目つきだ。
「ベーマール王国とはいい関係を築けそうだな。
もし、今のベーマール国王が邪魔になったらワシに言うといい。
何かしらの協力をするぞ。」
アルの拳がギュッと握られる。
アルの気持ちもわかる。
聞いていて、とても気持ちのいい話ではない。
「その時は是非、お声を掛けさせて頂きます。」
心情を隠し、外道になり切ったアルは凄いと思う。
アルは最後まで笑顔を絶やさなかった。
「して、後ろの者達は?」
ゲインドルはアルとの会話を十分に楽しんだのだろう。
待ちわびたように、私とエマに興味を向けた。
「ささやかながらお祝いにと思いまして。
2人とも前へ。」
アルの言葉に私達は立ち上がり顔を上げた。
ゲインドルがおお、と声を上げる。
アルの前に出ると、私とエマは再び膝を付く。
「踊り子のコールと演奏者のエルです。」
アルはゲインドルに私達を偽名で紹介した。




