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ヴァルシオの今

「やっぱり信じられん。

 この兄ちゃんが聖女だなんて。」


宿に入りアルは何とか私を聖女だと納得させたかったようだが、ザイドからは疑いの目しか向けられない。

これまでも信じられないといった態度をとった者達はいたが、ここまで頑なに信じないのはザイドが初めてだ。

きっとザイドが頑固なのだろう。


「まあそれはいい、何か話があったんだろ?」


ザイドを納得させる事を諦めたアルは、さっさと話題を切り替える。


「おお、そうだった。」


思い出したと言わんばかりに、右手で膝をポンと打つとザイドは話始めた。


「お主達、最近のヴァルシオについてどこまで知っておる?」


「国王と前国王の弟が争っていると聞いた。

 あくまで噂程度だが。」


「そうか、そこまで知っているなら話が早い。」


ザイドが自身の焦げ茶色の髭を何度か撫でると、グッと声を潜めた。


「...実は今、ワシの兄でもある国王は囚われておる。

 前国王の弟、ゲインドルにな。」


「えっ!?」


「ばか、声が大きい!」


驚きに声を上げたエマに静かにするように伝えると、ザイドは小声のまま話続けた。


「ゲインドルは前国王が王位に就いた時から、国王の座を狙っておってな。

 その前国王が亡くなった一年前から、今回の事は計画しておったようだ。

 今、城はゲインドルに乗っ取られておる。」


「しかし国王にも家臣はいるだろ?

 そう易々と、王位を乗っ取れる訳もないと思うんだが。」


「それが自分より若い国王に仕える事を、快く思っていなかった者も多くてな。

 王宮内でも元々、勢力が二分しておったんだ。

 国の外れに大量の魔物が出て、国王側の騎士が討伐に向かっている間に今回の件が起きた。

 ワシも魔物の討伐に参加しておっての。

 戻って来てみればこのザマだった。」


ザイドが悔しそうに膝に置いた拳を握り締める。

力を入れ過ぎた拳は僅かに震えていた。


「頼む、ワシに力を貸してくれ。

 兄上を助けたいんだ。」


そう言ってザイドは私達に頭を下げる。

アルはそんなザイドの肩に手を置いた。


「わかった、力になろう。」


アルは力強く頷くと、ザイドにそう言った。

ザイドの目が嬉しそうに細められる。


「ありがとう。」


そう言うとザイドは立ち上がり、アルの手を取ると両手で握り締めた。






「国王が今、どこに捕らえられているかわかるのか?」


「恐らく城の地下牢だろう。

 兄上が城から出たのを見た者がいない。」


「そうか、ではどうやって城に入るかだな。」


国王奪還に向けての作戦会議が、宿の一室で行われる。

どこに敵側の者が居るかわからない、作戦会議は小声で行われていた。


「あのさ、この村で人族の踊り子の服が売られてるけど何で?」


エマが突然、なんの脈絡もない話を始める。

皆の顔が不快そうに歪められる中、その理由を説明したのはザイドだった。


「ドワーフは踊り子が好きなのだよ。

 あまり知られていないが、踊り子の服のほとんどがこのヴァルシオで作られておる。」


人族である踊り子の服がヴァルシオで作られている事に驚いた。

まさか自分達が着れない物を作っているとは思わなかった。


エマはザイドの言葉に何か考えるような仕草をした後、ねえ、と言葉を続ける。


「コウが踊り子の振りをして、王宮に忍び込むのはどう?」


「えっ?わっ私?」


突然の抜擢に驚き、狼狽えてしまう。

まさかの作戦に皆が驚いたようだった。


「ダメだ!コウにあんな格好させられない。」


アルは少し怒ったようにエマに言った。


「そうだぞ、いくらドワーフが踊り子好きだからと言ってこの兄ちゃんの踊り子では...」


ザイドは顔を顰めてそんな事を言う。

失礼な奴だ。


「そんな事言って、アルはコウの踊り子姿見たくないの?」


「そ、それは...」


「オレは見てみたいな。」


まさかのヨルトがエマに加勢する。

このままでは本当に踊り子にされてしまう。

アルには頑張って貰わなくてはならない。


「いや、私に踊り子は無理だよ。

 ザイドも言ってる通り私の踊り子姿じゃ、ゲインドルを騙せないから...」


「そんな事はないぞ、コウなら立派な踊り子になれる。」


唯一の味方だと思っていたアルに言われ、愕然とする。

私の自信の無い発言が、アルの心を動かしてしまったらしい。

自分の発言が味方を失う結果になってしまうなんて...。


後は味方とは言い難いが、私の踊り子に反対しているザイドに頼るしか無い。


「しかしのう...」


「大丈夫だよ、コウならちゃんと踊り子になれるから。」


エマによるザイドの説得が始まる。

もはやそこに、私の意思はない。


「ワシは自分の目で見た物しか信じられん。」


ザイドの発言にエマがニッコリと笑って見せる。


「それはつまり、コウの踊り子姿をみれば納得するって事だよね?」


エマは私の手を引くと、宿の部屋を出た。





「はい、じゃあ着替えたら隣の部屋に来てね。」


踊り子服を押し付けられ、私は呆然とした。

笑顔で扉を閉めるエマを見送ったまま、その場に立ち尽くしてしまう。

私の手にはあまりにも軽すぎる、踊り子の服が握らされていた。


あの後エマに連れられて村に出ると、踊り子の服を買われた。

どの色がいいかなぁ、と楽しげに選ぶエマに何も言うことが出来なかった事に後悔しかない。

あれよあれよと言う間に踊り子の服は決められ、再び宿に戻ると私は先程まで居た部屋の隣の部屋に押し込まれた。


私はため息を吐くと踊り子の服を広げて見る。

これを今から着るのか...。

憂鬱でしかなかった。

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