初めて会ったドワーフ
あの雨の日以来、アルとヨルトの微妙なライバル関係は続いている。
あれが良くなかった。
「沢山食べてくれるの嬉しい。」
私が作った料理を美味しそうに食べてくれるのが嬉しくてそう言ってしまった私は、自分の発言を後悔している。
なぜかその一言がアルとヨルトのライバル心に火を着けてしまったらしく、その後は俺の方がいっぱい食べただのオレにおかわりをくれだの、くだらない争いが続いている。
最初は食べる量だけだった争いが、魔物を倒す数を競うようになり、魔物が現れる度に我先にと戦っている。
エマはそんな2人の様子を、自分が楽出来てラッキー位にしか思っていないようだ。
そして今も、その2人の争いの最中である。
「アルフォエル邪魔だ、下がっていろ。」
「いや、俺1人で十分だ。
ヨルトは手を出さなくていい。」
中々野営地が見つからず、遅くまで森を彷徨いていた私達は大量にコウモリの魔物に襲われていた。
そのコウモリの魔物を前に、またアルとヨルトが揉めている。
お互いが協力するならまだいい。
私だって何も言わない。
だが今の2人は協力などせずに個々に戦い、それが結果としてお互いの足を引っ張っている。
それぞれが自分の戦いに気を取られ、危なくて見ていられない。
「...エマ、私やっちゃっていいかな?」
笑顔で2人の方を指差す私に、エマは慌てた。
「コ、コウ?やっちゃうって何を...」
ニッコリと微笑んだまま、私は氷魔法を放った。
空中を飛んでいた大量のコウモリの魔物が、バタバタと地面に落ちる。
氷魔法から逃れた数匹の魔物を、今度は剣で切り落とす。
あっと言う間に静かになった空間で、私は振り返り笑顔のままアルとヨルトを見た。
「私の勝ちって事でいい?」
そう言った私にアルは顔を引き攣らせ、ヨルトは無表情のまま固まった。
エマは呆れたように腰に手を当て、盛大なため息を吐いている。
「あのさ、アルもヨルトも仲間なんだから。
くだらない争いなんかしてないで、ちゃんと協力しなきゃ。」
剣を鞘に収め、私は2人に言った。
アルもヨルトも大人気なかった自覚は、少なからずあったのだろう。
気まずそうにお互いを見ている。
仲直りの握手...なんて流石に子供っぽいだろうか。
お互い何も言わない2人に、私は仲良くしてねとだけ言うと野営の準備を始めた。
その後アルとヨルトが無駄な争いを辞めたのは、言うまでもない。
「やっとヴァルシオの国境に着いたか。」
思った以上に長くなった山越えにアルはそう言って、国境検問所を見た。
山の天気は変わりやすく、雨で何度も足止めを食らってしまった。
雨でぬかるんだ山道では馬で歩くのは危険な為、待機を余儀なくされる。
そのせいで、国境検問所への到着は予定よりも遅くなってしまった。
検問所を超えると長いトンネルへと入る。
この国境となっているトンネルを越えればヴァルシオ王国へ到着だ。
薄暗いトンネルは山一つ分ある為、とても長かった。
「ようこそヴァルシオへ。」
そう言ってトンネルの先で迎えてくれたのは、ドワーフの兵士だ。
身長は私の胸位までしかないだろう。
しかしギッチリと筋肉が詰まったような体はずっしりと重そうだ。
幾分、短い手足が少し不便そうにも見える。
本物のドワーフだ...。
小説やアニメで見たままのその姿に、私は感動を覚える。
私がそんな事を思っているなど想像もしていないだろう。
ドワーフは私達をグルリと見上げた。
「こんな時に旅人とは珍しいと思ったら、勇者達か。
噂位は聞いてるかも知れないが、今ヴァルシオは相当荒れている。
気を付けてな。」
ドワーフの忠告を受けて、ネムの国で聞いた噂が本当だったと知る。
私達はドワーフにお礼を言うと、検問所を出た。
「お主、勇者ではないか?」
検問所を出てすぐに、新たなドワーフに声を掛けられた。
彼は恐らくここで勇者が来るのを待っていたのだろう。
近くに用意されている野営の準備にそれを察する事が出来た。
「勇者は俺だが。」
私の後ろからアルが答える。
どうやらこのドワーフは、アミーに乗っていた私を勇者だと思ったようだ。
確かに騎士の格好の私が聖女に見える筈もなく、聖獣の乗っていた私を勇者と勘違いしたのはわかる。
わかるのだが、その紛らわしい事をしやがってと言わんばかりの視線はやめて欲しい。
勝手に勘違いしたのはそっちなのだ。
ドワーフは私の前からアルの元へ場所を移すと、アルを見上げる。
「ワシはザイド=イングリオ、ここヴァルシオの同行者だ。
勇者が同行者を集める為に旅に出たと聞いてな。
ずっとここで待っておった。」
「ヴァルシオの同行者か。
待っていたとはどういう事だ?」
「話すと長くなる、近くの村に宿をとっているからそこで話さぬか?」
アルが私にチラリと視線を送ってきたので、私はそれに頷いて答える。
「わかった、いいだろう。」
アルが了承の返事をすると、ザイドは安心したようだ。
少し待っててくれと言うと、急いで野営の準備を片付ける。
全てを片付け終わると近くの木に結んでいた馬の手綱を解いた。
あの短い手足でどうやって馬に乗るんだろう。
素朴な疑問が生まれザイドの様子をジッと見る。
ザイドは私の視線など気にせずに、土魔法で踏み台を作るとそれを足場に馬へ跨った。
なるほどと納得しているとザイドは馬に乗ってこちらに合流する。
「案内する、付いて来てくれ。」
そう言うと私達の先頭に立ち、馬を走らせた。




