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雨の日の雨宿り 〜後編〜

洞窟の奥に、1人しゃがみこんだアルの姿を見つける。


「アル。」


私の声が聞こえているだろうが、アルは顔を上げない。

アルは近寄りがたい雰囲気を出しているが、ここまで来て戻る訳にもいかなかった。

私は息を吐き心を落ち着かせ、アルへと近付いた。


「アル。」


近付きもう一度名前を呼ぶと、今度は顔を上げた。

その顔は不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。

射抜かれるように真っ直ぐに向けられた視線に、言葉が出せなくなる。

アルはそんな様子の私を、何も言わずに見つめた。


「...ヨルトと婚約するのか。」


重い沈黙の後に、アルが低い声でそう言った。

僅かな怒りと幻滅を含んだような声色に、私は焦った。


「違うよ、そんなんじゃなくて...。」


「じゃあ何故、ヨルトにも頭首様にも断らなかったんだ?」


アルの声に怒りの色が強くなるのを感じる。

威圧的な声に怖くなって、声が震えたがこのまま黙る訳にはいかない。


「なんて言ったら傷付けずに済むか考えてたら、何も言えなくなっちゃって...。

 それにヨルトとは会ったばかりだよ。

 そんなすぐになんか結論を出せないよ。」


よく知りもしないヨルトに適当な事など言えなかった。

まして今後、一緒に旅をする仲間だ。

無下にも出来ない。


震える声でそう言った私の言葉に、アルが纏っていた空気が和らぐ。

まだ眉間には皺が寄ったままだったが、先程までの怖い空気はスッと消えた。


「コウ、お前は優し過ぎる。

 そんなんじゃ勘違いされるぞ。」


そう言ったアルは声もいつも通りに戻っていた。

その様子に無意識に浅くなっていた呼吸を整える。

私を怯えさせていた自覚はあったのだろう。

アルは眉間に皺を寄せたまま、外方を向いた。


「その...悪かったな。」


怯えさせた事への謝罪だろうか。

アルは気まずそうにしている。

私はその気まずさを拭うように、アルに笑顔を向けた。


「気にしてないよ。」


私の言葉に、アルが安心したように表情を緩ませた。

いつものアルに戻った事で、私も安心する。

アルは何か言いたそうに口を開いたが、それは言葉にはならなかった。

何度か何かを言い掛けて止める。

そんな事を繰り返すアルを、私はただ待った。


はあ、と大きく息を吐き何か覚悟を決めたようなアルの視線が私を捉える。


「ヨルトの言う事も一理ある。

 確かに何もしなければ何も起きない。」


アルの言いたい事がわからず、私は黙ったままアルの言葉の続きを待つ。


「コウ、俺はお前が好きだ。

 お前を婚約者として迎えたい。」


アルの蒼い瞳が私を捉えて離さない。

私はアルの言葉をすぐには理解出来ずに目を瞬かせた。

アルが...私を好き?

赤くなったアルの頬に私の聞き間違いではないと悟ると、私の頬にも熱が集まるのを感じる。


今までそんな素振りは全く感じなかった。

どちらかと言えば、アルは私を男として扱っているとさえ思っていた。

アルの告白を素直に受け取れない自分がいる。


「本当に?本当に私が好き...なの?」


「ヨルトの言葉は素直に聞けるのに、俺の言葉は素直にとれないか?」


そんな自虐めいた事を言いながら、アルは意地悪そうに口元に笑みを作る。


「本当は魔王の封印まで...いや、各国の同行者が集まるまで言うつもりはなかった。

 だがお前がヨルトの元に行ってしまうのかと思ったら、我慢出来なくなった。

 今後も同行者が増える度に、そんな思いをするのは嫌だ。」


アルの口元から笑みは消え、その表情は真剣なものだった。

逸らせない視線からアルの思いが伝わってくる。

ドキドキと早くなる鼓動が私の体温を上げる。

アルは今、1人の男性として私を真っ直ぐに見つめていた。


「コウ、俺の婚約者になってくれないか?」


アルのはっきりした言葉に、鼓動は一層早くなる。

心臓が壊れてしまうのではないかと思った。


「ごっごめんなさい。」


私はカラカラに乾いてしまった喉から、必死に声を絞り出した。


「アルの事は私も好きだよ。

 でも私、恋愛の経験が無くて...その、アルへの好きが恋愛の好きか友達の好きかわからない...」


手に力が入ってしまい、震える。

私は自分の思いを素直にアルに伝えた。

真剣に思いを伝えてくれたアルに、私も真剣に答えたかった。

でもわからないのだ。

私のアルへの気持ちが私自身にもわからない。


自分でも情けない顔をしているだろう事はわかる。

だが、自分自身が情けなくてどうする事も出来なかった。

アルにも申し訳なくてアルの顔を見る事さえ出来ない。

俯いてしまった私の頭の上に、ポンと何かが乗せられた。


アルの手だ。

私は恐る恐る顔を上げる。

思ったよりも近い距離にあったアルの顔は、柔らかい笑みを浮かべている。


「ゆっくりでもいい。

 お前の好きが、どんな好きなのかわかったら俺に教えてくれ。

 元々待つつもりだったんだ、お前の答えが出るまで待ってるよ。」


頭に乗せられた手が、優しく頭を撫でる。

それだけで私の心は落ち着いていった。


「そろそろ戻るか。」


頭から手を離し、私に背を向けたアルがそう言った。

アルの耳が赤い気がするが、きっと私も同じ位赤くなっているだろうと思う。


「そうだね。」


だいぶ長い事、話してしまった。

エマもヨルトも心配しているかも知れない。

私とアルは、2人並んでエマ達の元へ急いだ。





「コウ、アル!

 もう遅いよ、心配してたんだから。」


エマはそう言って頬を膨らませた。


「ごめん。」


エマの側に行き謝ると、エマは表情を和らげる。


「コウ。」


後ろから声を掛けられ振り向くと、ヨルトがこちらを見ていた。

無表情だがその眉が僅かに下げられている所を見ると、私達が居ない間にエマに何か言われたのかも知れない。


「コウ、さっきは...」


私の元に歩み寄ろうとするヨルトと私の間に、アルが割って入った。

ヨルトも言いかけた言葉を止め、アルを見る。


「俺もコウの婚約者候補となる為に努力は惜しまないつもりだ。

 ヨルト、お前にもコウ渡すつもりは無い。」


はっきりとそう言い切ったアルにヨルトは驚いたようだ。

チラリと私に視線を向けて様子を伺ったが、私が少し照れたように笑ったのを見るとヨルトはその視線をアルに戻す。


「そうか、だがオレも譲る気はない。」


心なしかアルもヨルトもスッキリした表情をしているように見える。

先程のギスギスした雰囲気はない。

アルもヨルトもお互いにライバルとして認め合ったような、そんな感じがした。

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