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雨の日の雨宿り 〜前編〜

ネムの都を出発して数日が経った。

そろそろヴァルシオとの国境近くらしい。

険しい山に囲まれているヴァルシオは、山をくり抜いて作ったトンネルが国境検問所となっている。

その為、その国境検問所までの道も山道が続いていた。


山に広がる森を馬で歩いていると、空からポツリと水が落ちてくる。

雨だ。


「まずいな、酷くなる前に雨宿り出来る場所を探そう。」


「それなら近くに洞窟があった筈だ。」


アルの言葉に続いたヨルトは先頭を変わると、案内するように馬を進める。

私とアル、エマはそれに付いて行った。




「結構濡れたな。」


ヨルトが言った通り、近くには昔、鉱石採取を行っていた洞窟があった。

しかし突然強くなった雨に、私達はずぶ濡れになってしまった。

濡れた服では、山の洞窟のひんやりした空気は肌寒い。

私は風魔法に熱を加えて温風にすると、それで服や髪を乾かした。

同じ魔法をアルやヨルトに掛ける。

エマにも掛けようかと思ったのだが、自分で出来ると断られた。


「本当に魔法は便利だな。」


しみじみと言うアルにふと疑問が湧く。


「アルは魔法、使えないの?」


この世界の人は何かしらの魔法を使える事が多い。

だがアルが魔法を使っているのは一度も見た事がなかった。


「明かりを点ける程度だな。」


そう言ってアルは指先に光の玉を作って見せる。

薄暗い洞窟の中で、その光はぼんやりと浮かんで見えた。


「やっぱりこの世界の人は、何かしらの魔法が使えるんだ。

 ヨルトも何か使えるの?」


「俺は風魔法が使える。

 だが調整が出来なくて、戦う時に武器に纏わせる事しか出来ない。」


ここ数日のヨルトの戦い方を思い出して納得する。

ヨルトは忍刀のような刀を2本使って戦う、双剣使いだ。

その刀を振った時に確かに風を切るような音がした。

速さによるものかと思っていたが、それが魔法によるものらしい。


それにヨルトは服装も忍服の様な物を着ているので、本当の忍者みたいだ。

もしかしたらネムの国に残った聖女の中に、忍びの末裔か余程の忍び好きが居たのかも知れない。


「ここまでの戦いを見て思ったがコウの魔法はすごいな、さすが聖女だ。

 是非オレの妻としてネムの国に残って欲しいものだ。」


ヨルトの言葉に皆が凍り付く。

私も頭首が勝手に言っているだけで、ヨルトには全然その気が無いと思っていただけに驚いた。


「なっ何を言ってるんだ。」


アルも冗談だろ?と言わんばかりに驚いていてそう言った。


「?何を驚く事がある?

 聖女は同行者から結婚相手を選ぶ事が多い。

 それにネムの国としても、聖女には国に残って欲しいからな。」


ヨルトは相変わらずの無表情のまま、当然の事とばかりにそう言った。


「ふざけるな、コウの気持ちだってあるだろ。」


ヨルトの態度に、アルが怒りを感じているのがわかる。

アルが私の事でこんなに怒ってくれるとは思っていなかったが、なんだか胸が高鳴った。

自分の胸の高鳴りの原因がわからないままだったが、私はアルとヨルトを交互に見た。


「もちろんそうだ、決めるのはコウだからな。

 ただ、何もしなければ何も起きない。

 オレはコウに婚約者候補として考えてほしいと言っている。

 それをアルフォエルに止める権利があるのか?」


「そ...それは。」


「それにコウも頭首様の言った事をはっきりと断らなかった。

 オレが婚約者候補になる可能性があるってことだろ?」


アルを黙らせると、今度は私に向かってヨルトがそう言う。

確かにあの時はっきりと断らなかったが、それは本気でそんな事を言われていると思わなかったからだ。


「いや、あれは...」


なんと言えばヨルトが傷付かずに断れるのか、考えながら喋っていたが上手く言う事が出来ない。


「...もういい、確かに俺が何か言うような事でもないからな。」


アルはそう言うと、洞窟の奥へと入って行く。


「ちょっとアル!」


「奥に危険が無いか見てくるだけだ。」


呼び止めた私の声に振り返りもせず、そのまま行ってしまった。

なんでこんな事になってしまったのか。

はぁと私がため息を吐くと、それまで黙っていたエマが私にギュッと抱き付いた。


「...ダメだよ、コウは渡さない。

 僕とコウは仲良しなんだから。」


エマはキッとヨルトを睨みそう言って敵対的な視線を送っている。


「エマ...」


確かにエマとは仲良くしている。

なんというかエマには友達としての安心感があった。

アルやヨルトと違って、女友達に近い感覚がある。

見た目の可愛らしさのせいもあるが、何よりエマが友好的に接してくれていたおかげだと思っている。


私がエマの頭にポンと手を置くと、エマは私に抱き付いたまま私を見上げた。

そのエマに私は笑みを作って見せる。

そしてヨルトを真っ直ぐに見据えた。


「ヨルト、私は聖女としてではなく私を好きになってくれた人と結婚したい。

 きっと私が好きになるのは、私が聖女とか関係なく私を好きになってくれる人だと思うから。

 ヨルトは私が聖女だから結婚したい、そういう事でしょ?」


「...コウが聖女である事は変わらないだろう。

 何が違うんだ。」


「全然違うよ。

 エマも私が聖女だから仲良くしてる訳じゃない、私とだから仲良くしてくれている。

 アルも私が聖女だって知る前から優しくしてくれていた。」


ヨルトは相変わらず無表情のままだ。

政略結婚も当たり前のこの世界では、私が言いたい事は理解してもらえないかも知れない。

でも私は自分の思いを無視して結婚など、考えられなかった。


私はアルが行ってしまった方を見た。


「エマ、私、アルの様子を見に行って来る。」


エマに向かってそう言うと、エマは私から離れて頷いた。

その表情は温かく感じられる。

ヨルトは何も言わなかったが、私を止める事もしなかった。


私はアルを追って、洞窟の奥へと入って行った。

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