未来からの聖女
「さて、そろそろ降臨式の時間だ。」
ヨルトは立ち上がると私に手を差し出した。
私はヨルトの掌に自分の手を重ねる。
ネムの国ではベーマール王国のように腕を組んでエスコートはしないらしい。
隣に並んだ事でヨルトとの距離が近くなる。
私と同じ位の背のヨルトとは、どうも目線も近くなり恥ずかしくなってしまう。
ヨルトは無表情のまま私の手を引くと、襖を開けた。
降臨式の会場となる大広間へと着いた。
目の前の襖が左右に開かれると、沢山の人の視線が自分達に集まるのがわかる。
ザワリと揺れた空気に肌がソワソワとした。
はっきりとは聞こえない位の声で何か言っているのが聞こえると、自分が何かを言われているようで落ち着かない。
ヨルトと重なった手が微かに震える。
そんな私をヨルトは力強い手で導いてくれた。
畳の上を私の手を引きながらゆったりと歩くヨルトは、堂々として見えた。
流石次期頭首だと思う。
ヨルトの歩調に合わせてゆっくりと歩いていた私の目の隅に、アルとエマ、それにアミーの姿が見えた。
アルの横で大人しく座り、こちらを真っ直ぐに見ているアミーを見つけると少し安心した。
アミーはこの世界での初めての味方だ。
そのアミーが近くにいてくれると、それだけで安心出来る。
頭首の目の前まで来るとヨルトはそっと私の手を離し、片膝を付いて頭を下げる。
私はその横でカーテシーをした。
「これより、聖女降臨式を行う。
聖女様、此方へ。」
頭首の指示に従い、私は頭首の元へ歩み寄った。
「爾を聖女と認め、これを授ける。」
そう言って頭首は私の首にネックレスを掛けた。
チェーンが足され、長くなったネックレスは私の肌に触れないようにとの配慮のようだ。
少し長めのネックレスが私の胸元に輝くと、辺りからは拍手が聞こえ始める。
振り返り皆の方を向いた私に、皆の視線が集まる。
アルは私の方を見ると頷き、拍手を送ってくれた。
私の前に差し出されたヨルトの手を取ると、沢山の拍手に包まれ聖女降臨式は終わりを迎えた。
「この国にも英雄や聖女の歴史館ってあるの?」
聖女降臨式も無事終わり、騎士服に着替えた私はヨルトにそう聞いた。
この国は沢山の聖女が住んだ国だ。
聖女達の残した物や資料が残されているかも知れない。
「あるぞ、行きたいのか?」
ヨルトは無表情のまま答えた。
段々ヨルトの無表情にも慣れてきた気がする。
聖女降臨式の後、アルは頭首と話がしたいと言う事で頭首の元に行ってしまった。
エマもこの国を立つ前におしるこが食べたいとおしるこ屋さんに行ってしまった為、今はヨルトと2人きりである。
「行きたい、連れてってくれる?」
「ああ。」
そんな訳で私はヨルトと英雄・聖女歴史館へ行く事になった。
歴史館はどこの国も同じようで、あまり人がいない。
まあ人が少ない方がのんびり観れるので、私としては助かるのだが。
この国に残った聖女が多いということもあって、沢山の聖女の残した物が展示してある。
かんざしや帯留めなどもあり、私より大分昔の時代から召喚されたのだろうと思った。
そんな中に見慣れた物を見つける。
月面着陸した宇宙船の名前が付いたピンクと黒のチョコレートの空き箱や、赤い箱に入ったプレッツェルにチョコレートをコーティングしたお菓子の空き箱などが丁寧に並べて展示されている。
恐らく状態保存の魔法がかけられているのだろう。
空き箱は綺麗なままだった。
こんな物まで保存され展示するのかと思うと、クスリと笑みが漏れた。
このチョコレート好きな聖女はいつの時代から来たのだろうと興味が湧き、賞味期限を探してみる。
そこには2053年9月と書かれていた。
え?
おかしい、私が召喚されたのが2019年5月だ。
どういうことだ?
これではこの聖女様は私より未来から召喚された事になる。
他のお菓子の空き箱も見てみたが、そこにも似たような日付が賞味期限として書かれていた。
賞味期限が間違っている訳では無い。
という事は、この聖女は私よりも未来から召喚されたという事だ。
「どうした?」
お菓子の空き箱を前に、かたまったまま動かなくなった私にヨルトは声を掛ける。
「ねえ、聖女って元いた世界がどんな時代だったか関係あるのかな?」
「元いた世界?」
そういえば今まで気にしなかったが、聖女としてこの世界に来ているのは日本人だけだ。
教会都市で見た聖女達の記録には日本人の名前だけが記されていた。
それに意味があるのかもわからない。
だが、聖女が全て日本人で私よりも未来から召喚された聖女がいたのも事実だ。
「コウはコトミ様みたいだな。」
私の様子を見ていたヨルトがそう呟いた。
「コトミ様?」
聞いた事のない名前に聞き返す。
いや、聞いた事はないが見た覚えはある。
確か教会都市で見た聖女の資料の中にそんな名前を見たような気がする。
「ああ、昔の聖女様だ。
聖女の事をずっと調べていた、変わり者の聖女様だったらしい。
エマなら詳しい事を知ってるんじゃないか?」
私の他にも聖女について調べていた聖女は居たようだ。
そのコトミも何か引っかかる事があったという事だろう。
「エマか...。
まだおしるこ屋さんにいるかな。」
何かわかる事があるかも知れない。
私はコトミの事を聞く為にエマを探しに出た。




