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聖女達が求めた物

あっという間に4日が過ぎ、明日はいよいよネムの国での聖女降臨式となった。

前日である今日は、食事会が開かれる。

エマはおしるこが気に入ったようで、あれから毎日、おしるこ屋に通っていた。


私はこの国の食材に興味があったので、市場に行ったりして過ごした。

この国ではベーマールやデルヘンには無かった物が沢山ある。

おしるこの中に団子が入っていたので、もしかしてと思っていたが市場にはもち米や白玉粉が並んでいた。

その他にも餡子や海苔、漬物なんかも売っていて思わず色々と買い揃えてしまった。

だが、残念な事にうるち米は見つからなかった。

ここでもごはんは食べられないらしい。




夕方になり私とアル、エマの3人は食事会へと案内された。

広い座敷に通され、私達以外に20人位の人が居る。

その中に以前会った、頭首の姿を見つける。

頭首も私達に気付いたようで、立ち上がるとこちらに向かって歩いて来た。


「よくおいでになった。

 まあ、ゆっくりしてくれ。」


そう言って私達へ席を促す。

既に用意された御膳に目を向けると、私は少し驚いた。

そこには刺身や天ぷら、すき焼きまである。

組み合わせはともかく、日本での食事がそこには並べられていた。


「これまでこの地で過ごした聖女達が愛した食事です。

 少しでも聖女達が心休まるように、聖女達の世界の食事を再現した。

 これが我が国自慢の料理だ。」


頭首の顔が誇らしげに見える。

以前、私も楽しめると言っていたのはこの事だったようだ。

私は早速、料理へと箸を伸ばした。


美味しい。


日本の味にとても懐かしさを覚える。

ここまで再現出来たのは、きっとこれまでの聖女やこの国の人々の努力の賜物だろう。

だからこそ惜しいと思ってしまう。


私は隣に座るアルの袖を引っ張ると小声で話しかけた。


「どうしよう、アル。」


「どうした?」


「...ごはんが欲しい。

 この料理と一緒にごはんが食べたい。」


お酒がまだ飲めない私にとって、ここの料理はどう考えてもおかずになってしまう。

そうなってくると白米が欲しい。


私の囁きは頭首にも聞こえていたらしく、頭首は困ったように眉を下げた。


「やはり、今回の聖女様もそうですか。

 ...実はこれまでの聖女達もそうだったと記録が残っておったんです。

 我が国としても聖女の願いは叶えてあげたかったんで、なんとかしようと。

 だけど食べた事もない我らでは中々難しくてな。

 やっと出来たのがもち米だったんです。」


なるほど、そういう事だったのか。

今回の食事にもおしるこが並んでいる。

エマは嬉しそうに一番最初に食べていた。

もち米までは作れたが、うるち米は出来なかったということか。


頭首の申し訳なさそうな様子に、こちらも申し訳なく思えてくる。


「あの...実は、ごはんは持っているんです。」


旅の途中で食べる事があるかも知れないと、私はごはんを炊いた鍋ごとアイテムボックスにしまっておいたのだ。

私がその鍋を取り出すと、辺りに響めきが起きる。

アルはまたコイツは...といった視線を私に向け、頭首は驚きに目を見開いた。


「いっ、今どこから!?」


説明も面倒くさいので、私は何も言わずに鍋の蓋を開けた。

鍋に入ったごはんがツヤツヤと輝いて見える。


「こっ...これがごはん。」


頭首がゴクリと喉を鳴らす。

隣でアルも喉を鳴らしていたが、今は気付かなかったことにする。

私は未使用の皿にご飯をよそうと、頭首に差し出した。

私からごはんを受け取り、頭首はゆっくりとそれを口へ運ぶ。

もぐもぐと何度か噛み締め、嚥下すると頭首は興奮したように目を輝かせた。


「確かにもち米とは違う。

 粘るけも少なく食べやすい。

 それに米のほのかな甘味も感じられる。

 これが...ごはんか。」


そこからは我も我もと、この部屋にいた者達がごはんへと群がった。

もちろん一番最初にごはんを確保したアルは、ホクホクと嬉しそうにごはんとおかずを交互に楽しんでいる。

なんとか周りを静めようと頭首は必死だったが、ごはんの鍋が空っぽになった事でようやくそれは叶った。


「なんというか...聖女様、申し訳ない。」


自分の家臣達のごはんへの執着に、頭首は只々謝るしかなかった。


「いえ、気に入って頂けたならよかったです。」




本物のごはんを知る事で、今後はより一層ごはんの開発に力を入れるらしい。

元々イネ科の植物はあったそうなので、それに品種改良を加えると言っていた。

今後、この世界でもごはんが広がってくれるのは私としても嬉しい。

その役に立てたなら、鍋を空にされた事ぐらい大した事ではなかった。




「聖女様、今日は紹介したい者がおったんです。

 ヨルト、こっちへ。」


食事が終わった頃に、頭首は再び私の元へやって来た。

頭首に呼ばれて1人の男が、私の前にやって来る。


「ヨルト=テナです。

 我が国の聖女様の同行者です。」


頭首に紹介され、ヨルトと呼ばれた少年が頭を下げる。

黒に青を少しだけ混ぜたような髪色に、濃い紫の瞳。

そのどちらもヨルトの白い肌と合わさると、黒に近い色に見えた。


「コウです、よろしくお願いします。」


私はそう言ってヨルトに笑顔を向けたが、ヨルトは無表情のままだった。

口ではよろしくと言ったヨルトだが、変わらないその表情からはイマイチ感情を読み取る事が出来ない。


「ヨルトはこの国の時期頭首と考えています。

 聖女様が良ければ、婚約者候補に入れて頂ければと。」


頭首の言葉に思わず顔を引き攣らせる。

今、この瞬間にあった人を婚約者なんて考えられる訳が無かった。

この世界ではどうか知らないが、少なくとも私は無理だ。

しかもヨルト本人は全然その気なんかないだろう。

相変わらず無表情のままだ。


乾いた笑いしか返せない私の様子に、何故か頭首は満足げにしている。

はっきりと無理だと言わなかったからだろうか。

ここに来てはっきり断らない日本人の優しさが、悔やまれる。

私の隣では何故かアルも不機嫌になっている。

これからの旅がこのメンバーになるのかと思うと、なんだか心配になってきた。

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