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黒くて甘い

「早速だが、アルフォエル殿にお聞きしたい。

 聖女様はご一緒ではないのか?」


頭首の質問にアルは思わず苦笑を浮かべた。

隣に座っているエマが笑いを堪えて、肩を震わせている。


「聖獣様の噂は聞こえて来るが、聖女様の噂はさっぱりだ。

 聖女様は今、どこにおられるのか。」


頭首が鋭い視線をアルに向ける。

ベーマール王国で聖女を隠していると思われているのだろうか。


「聖女様でしたらこの場に居ます。

 ここにいるコウが聖女様です。」


「お初にお目にかかります、コウです。」


アルの紹介を受けて、私は頭首に頭を下げた。

頭首の目が点になり口からは、は?と声が漏れている。


「...アルフォエル殿、その...これは一体...」


頭首が目に見えて狼狽ているが、これが事実なのでどうしようもない。

騎士にしか見えない男を聖女と紹介された頭首には申し訳ないが、聞かれた事に答えるとこうなってしまう。

エマは笑いに耐えるのに必死なようで先程まで小さく震えていた肩は、今は大きく揺れている。

よく声が漏れないものだ。


「...今回の聖女様は、男という事でよろしいか?」


頭首の出した結論に、遂に耐えられなくなったエマがブッと息を漏らすと、アルはエマを睨む。

エマも流石に失礼だと思ったようで、何度か深呼吸をして顔を伏せた。


「コウは女性です。」


そう言ってアルはこれまでの事を掻い摘んで説明した。

私がデルヘンで殺されそうになった事や、サクが今ベーマールにいる事を伏せての説明だったが、頭首は納得してくれたらしい。


「なるほど、聖女様もこの世界で要らぬ苦労をなされたと言うことか。」


アルの説明を聞き終えて、少し涙を浮かべた頭首はきっと悪い人じゃないと思う。


「聖女様、5日後には我が国での聖女降臨式を行います。

 その前日にはささやかながら食事会を開こう。

 きっと聖女様にも喜んで頂けると思いますぞ。」


頭首は私に気を使うようにそう言って笑い掛けた。

四角い輪廓に立派な髭と眉毛が怖い印象を与えていたが、頭首は思ったより優しい人のようだ。


「ありがとうございます。」


素直にお礼をいうと、頭首は嬉しそうにうんうんと頷く。


「それまでゆっくり過ごすといい。」


頭首はそう言うと、私達を客間に案内させた。






ゆっくり過ごしていいと言われた私達は、ネムの都を見て歩く事にした。


「エマ、お前コウが男に間違われている時に笑うのはやめろ。」


アルは先程のエマの様子を窘める。


「だってあの、え?これが聖女様?って反応が面白いんだもん。

 それにアルだって、僕がコウを男と勘違いしてる時に笑ってたじゃん。」


エマはそう言って唇を突き出すようにして不満を表した。

そんな表情が許されるのは、可愛いエマだけだと思う。

それに2人がサラッと私が男に間違われているのを、当たり前のように話しているのが悲しかった。


「コウが男に間違われるのは今後も起こり得る。

 俺達が慣れるしかないだろう。」


「そうだけどさ、やっぱりおもしろいんだもん。」


そろそろ本当にその話はやめて欲しい。

いい加減、傷つく。


落ち込みながらも都の街を見渡す。

私はそこで甘い匂いが漂っている事に気付いた。

何処だろうと辺りをキョロキョロして、匂いの元を探す。

入り口に暖簾が下げられ、大きな傘の下に椅子が置いてある店に目が止まる。

暖簾には『おしるこ』と書いてあった。


「え?おしるこ屋さん?」


ふらふら吸い寄せられるように店に入って行く私を、アルとエマが慌てて追いかけた。


「コウ、どうしたの?

 って甘くていい匂いがする。」


私に続いて店に入ったエマはクンクンと鼻をならした。


「いらっしゃい。

 おや?他国のお客さん?珍しいね。」


店の奥から、店員が現れると私達の姿を見てそう言った。


「あの、おしるこをお願いします。」


「はいよ、3つでいいのかい?」


「はい。」


私がお金を払うと、店の外の椅子で待っているように言われた。

大人しくそれに従い、外の椅子に腰掛ける。


「コウ、そんなにおしるこってやつが食べたかったのか?」


私の横に座ったアルが呆れたように言った。


「うん、なんか懐かしくて。」


私の言葉に、おしるこが私のいた世界から伝わった物だと理解したのだろう。

アルはそうかと言って優しく笑った。


「お待たせ、おしるこ3つね。

 お茶は熱いから気を付けてね。」


お茶とお椀が3つずつ乗った盆を渡され、私はそれを受け取った。

アルとエマにお椀をそそれぞれ渡すと、エマは早速蓋を開ける。

そして中をみると顔を顰めた。


「何?この真っ黒いの。」


お椀にたっぷりと入った餡子を見て、エマは少し嫌そうにそう言った。

確かに餡子を知らない者からすれば、得体の知れない黒い物だろう。


「餡子だよ、甘くて美味しいから食べてみて。」


甘いという言葉に惹かれ、エマが恐る恐るお椀の中の団子をスプーンで持ち上げる。

私もお椀の蓋を取るとアルは顔を引き攣らせながら、渋々と蓋を開けた。


「いただきます。」


私はそう言って、団子をスプーンで掬うとパクリと口に入れた。

暖かい団子は柔らかくて、もちもちと美味しい。

お椀に口をつけて餡を啜ると、ほんわりとした甘味が口いっぱいに広がった。


「美味しい!」


団子を頬張る私の様子を観察するように見ていたエマが、ゆっくり団子を口に入れた。


「...甘くて美味しい。」


一口目でおいしいと分かると、二口目を早々に口にする。

口の横に餡子が付いてても許されるのは、やはり可愛いエマの特権だろう。

エマの様子に、少しだけ警戒を解いたアルが団子を口にする。


何も言わなかったが、早々に二口目を口にしている所を見ると、アルもおしるこが美味しかったようだ。


「やっぱり緑茶は落ち着くな。」


おしるこを食べ終えて、お茶を飲みながら思わず呟く。

久々に飲んだ日本茶はとても心が落ち着いた。

日本茶はアルは気に入ったようだが、エマには苦すぎたらしい。

日本茶を飲むとベーっと舌を出し、苦さをアピールしていた。

口直しと言っておしるこをもう一杯頼んでいたが、単純にもう一杯食べたかっただろう。

エマはお茶の苦さを口実にもう一杯ペロリと食べていた。

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