お菓子作り
アルの引き継ぎが終わるまで、魔王封印の旅に出る事は出来ない。
アルも本当は一日でも早く出発したいようだが、こればかりはしょうがない。
それ故、今日は私も何の予定もない為暇を持て余していた。
流石に騎士の鍛錬に混ぜてもらう訳にも行かないし、ユリシアとのお茶会も昨日したばかりだ。
騎士の時の休日のように、紅茶屋に行こうかとも思ったが、夜色の騎士などと呼ばれている事を知った今ではなんだか気恥ずかしい。
どうしようかな...。
椅子に座りながらぼんやりと考える。
本日の過ごし方から今後の旅へ考えがずれ始めたところで、ふと閃く。
そうだ、お菓子を作ろうと。
食事は今後も旅の途中で作る機会があるだろうが、お菓子を作る事はないと思う。
野宿などでも食事は必要なので時間を取れるが、お菓子は作るのにも時間が掛かりすぎる。
でもこの前の休憩の時に出したマフィンは喜ばれた。
つまり需要はあるという事だろう。
今日の予定は決まった。
一日を無駄に過ごす事にならず安心した。
私は部屋を出ると、市場に向かった。
「おや?騎士様、久しぶりだね。
今日は何が欲しいんだい?」
市場に行くと、顔を覚えていてくれたおばちゃんが声を掛けてくれる。
人懐っこい笑顔を向けられるとこちらも笑顔になった。
「今日はバターと卵と...」
必要な物を告げていくとどんどんと紙袋に詰め込まれる。
「これも持っていきな。」
そう言って紙袋にリンゴを入れると、おばちゃんはウインクをした。
「いつもありがとうございます。」
笑顔で答えるとおばちゃんは頬を赤らめた。
紙袋を受け取ると、リンゴの甘い香りがする。
アップルパイもいいかもしれない。
そんな事を思いながら次の店に向かい、次々と買い物を済ませた。
馬車通りのある広い通りに来ると、周りに気を付けながら通りを横切った。
そういえばここで、初めてユリシアにあったな。
あの時のユリシアの様子を思い出すと、笑ってしまいそうになる。
まさか第一王女が夜色の騎士に会う為に、お忍びで出掛けていたなんて思ってもみなかった。
なんだかその時が懐かしくなり、通りを見つめていると声を掛けられた。
「...なにニヤニヤしてんの?」
その声に振り向くと、そこにはエマが居た。
私とエマが並ぶと、辺りの女性達の視線が熱を持つのがわかる。
「ずいぶん人気なようですね、硝子の魔道士様。」
「まあね。僕が可愛いのは事実だから夜色の騎士様。」
お互いにそう言うと、次の瞬間には笑い合ってしまった。
その様子に女性達はさらに色めき立つ。
エマはその様子を楽しんでいるようだった。
「もう帰るとこ?
なら一緒に帰ろうよ。」
エマの言葉に頷く。
ずっとここで立ち話も注目を浴び続けてしまう。
「エマは何してたの?
買い物?」
歩き出し会話を続けるが、辺りが騒がしい。
いつもより大声で話さなくてはならないので大変だった。
「なんとなく街に出てみただけ。
コウは買い物?
ずいぶん買ったみたいだね。」
紙袋の中を覗きつつエマも少し大きな声で話す。
「うん、何かお菓子を作ろうと思って。」
そう言った私にエマは目を輝かせた。
「お菓子!僕も見ててイイ?
この前のマフィン、すっごく美味しかった!
僕も作れるようになりたいから見学させて!」
エマはグイグイと私に歩み寄り、そう言った。
若干気押されながら私が了承すると、エマは嬉しそうに笑う。
「僕、甘い物大好きなんだ。
へへ、嬉しいな。」
無邪気に喜ぶエマが可愛らしくて、笑みをもらす。
私達を盗み見ていた女性達が、何人かヨロヨロと倒れ込んだようだが私達はそれに気付かず帰路を進んだ。
「どうぞ、入って。」
そう言って私がエマを案内したのは私の部屋だ。
流石に騎士寮に住み続ける訳にはいかず、今は城の客間を借りている。
中へ入ったエマが戸惑ったように私を見る。
「えっとコウ?
ここで作るの?キッチンじゃないの?」
コンロもオーブンも無い客間にエマは困惑していた。
「ここで作るよ、キッチンなんか使えないし。」
私はアイテムボックスから少し大きめのテーブルを出すと、その上に買って来たばかりの材料を並べた。
ボウルや泡立器、包丁にまな板と次々にアイテムボックスから出しては並べる。
「さ、始めようか。」
そう言ってエマを見たが、エマは呆然と椅子に座ったままだった。
「全然参考にならなかったんだけど。」
アップルパイにかぼちゃのタルト、クッキーやマフィンを作り終え一息ついていた私にエマは言った。
「え?」
ずっと作り方を見ていたのに、まさかそんな事を言われるとは思っていなかった私は思わず聞き返す。
「だって、あんなの真似出来ないじゃん!
水は魔法で出すし、オーブンも火魔法でしょ?
風魔法で浮かせながら色んな事を一気にやるし、全然わかんないよ!」
「いや、違うよ?
オーブンは火魔法だけじゃなくて、風魔法と硬化で壁を作って熱が逃げないように...」
「そういう問題じゃない!」
魔道士のエマなら、私と同じように魔法を使いながら料理が出来ると思っていたのだが...。
聖魔法は使ってないし、四大魔法と補助魔法だけで済んでいる。
「...いや、そうだ。
コウに普通を期待した僕が悪かったんだ...」
そう言って項垂れるエマに、なんだか申し訳なさを感じる。
「えっと...エマ?
良かったら出来立てを食べない?」
「食べる。」
そう言ったエマにアップルパイやタルトを切り分け、テーブルに置いてあげる。
エマは黙々とお菓子を食べ続けると、段々と笑顔になっていった。
どうやらエマの機嫌をとるなら、甘い物が一番のようだ。
しかし...。
せっかく作ったお菓子の多くが、エマの胃の中に収まってしまった。
また作り直さなくては...。
アルの引き継ぎが終わるまでの数日間は、お菓子作りに当てるのが正解かも。
そう思わずにはいられなかった。




