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治癒魔法の魔力石

今日はアルに呼ばれて執務室に来ている。

騎士ではなくなった事もあり、執務室へ来るのは何だか久し振りな気がした。


コンコンコン。


扉をノックするとアルの声が聞こえる。

たったそれだけの事だが、この世界の日常に戻ったようで安心する。


「失礼します。」


扉を開けて中に入ると、そこには見慣れない人がいた。

彼は確か、騎士団の副団長だった気がする。

アルよりもさらに大きく、ガッチリした彼は確か『鬼の副団長』と影で呼ばれていた。

私はこれまで余り関わる機会が無かったが、無口で無表情の彼からは謎の圧を感じる。


「コウ、呼び出しておいてすまないが、少し待ってて貰えるか?」


「忙しいんだったら、出直そうか?」


「いや、すぐだから待っててくれ。」


アルは今、騎士団長の仕事を副団長に引き継ぎしている所のようだ。

今後、魔王を封印する為にベーマール王国を長い間、アルは離れる事になる。

騎士団長不在が長くなるのを避ける為、今回副団長が団長に任命されたのだ。


アルはこう見えて仕事が出来る。

剣の腕も然る事ながら、事務仕事もきっちりとこなす。

そんなアルの後釜となった副団長も大変だろうが、そこは頑張って貰うしかない。


副団長に指示を出すと、アルは箱を手に私の向かいへと座った。


「今日はコウにお願いがあったんだ。」


「お願い?」


アルは頷き、箱を開けて見せる。

そこにはこの世界では見慣れた、魔力石が沢山詰め込まれていた。


「これは...魔力石だよね?」


箱の中から一つ取り出して、それを眺める。

特に変わった様子のない、魔力石に見えた。


「ああ、コウにはこれに治癒魔法を込めて欲しいんだ。」


治癒魔法は聖女にしか使えない。

その為、治癒魔法はとても貴重なものだった。

しかし、その貴重な治癒魔法を聖女以外が使える方法がある。

それがこの魔力石だった。

魔力石に治癒魔法が込められていれば、誰でも治癒魔法を使う事が出来た。

これまでの聖女も、治癒魔法の魔力石を作ってきたらしい。

だが使い続ければ魔力石は壊れてしまう。

聖女召喚が久しく行われていなかったこの世界では、治癒魔法の魔力石の数は少なくなってしまっていた。


「なんかやっと、聖女らしい仕事が出来る気がする。」


私が嬉しそうに笑うと、アルも確かにと笑った。


「この使い捨ての魔力石でいいの?」


「ああ、治癒魔法は聖女しか使えないからこっちで十分だ。」


確かに。

充電式にした所で、他に治癒魔法を込められる者がいなければ意味がない。


「任せてもいいか?

 悪いが俺も引き継ぎを終わらせないといけなくてな。」


「大丈夫だよ、勝手にやってるからアルは引き継ぎに戻って。」


すまないと眉を下げるアルに笑みを返す。

突然、勇者になったアルが忙しいのは知っている。

短い期間での引き継ぎも大変だろうと思うと、私が放って置かれるのも別に大した事ではなかった。


魔力石を握りしめ、治癒魔法を込めていく。

手に集まった白い光が魔力石に吸収されると、魔力石は真っ白になった。

その様子を、先程まで熱心に書類を片付けていた副団長が凝視している。

まん丸に開かれた目はキラキラしていた。


「おい、集中しろ。」


厳しい視線を副団長に向け、アルが低い声を出す。

副団長は慌てたように書類に目を戻した。

鬼の副団長と呼ばれた彼のその姿に、思わず口元が綻んでしまう。

笑っては失礼だと思いながらも、なんだか可愛らしく見えてしまった。


その後も私が治癒魔法を込めていると、副団長がチラチラとこちらに視線を向けてくる。

興味が隠し切れないその様子に、思わず苦笑いを浮かべた。


「気が散るようなら、場所を移しましょうか?」


私の問いに副団長はブンブンと首を振る。

どうやらこの作業をここでやって欲しいようだ。

アルも副団長の様子に呆れた風だったが、私を追い出そうとはしない。

私は副団長が気になりながらも作業を続けた。


魔力石を一つずつ握り締め、治癒魔法を込めていた私は思った。

どうせ同じ魔法を込めるのなら、一気に出来ないののかと。

思い立ちすぐに行動に移してみる。

私は一握りの魔力石を両手で握り込むと治癒魔法を込めてみた。

掌を開いてみると、握られていた全ての魔力石が真っ白になっている。

やはり一度に沢山の魔力石に魔法を込める事は可能なようだ。


「...お前はまた...」


呆れを含んだアルの声にまたやらかしたと、ビクリと震える。

恐る恐るアルを見ると、やはり呆れた表情のアルがこちらを見ていた。

そしてその隣には驚いた表情のまま固まっている副団長。


「スピードアップ出来るかな...なんて思って。」


誤魔化すように笑った私にアルはため息を吐く。


「普通は一気にそんな魔力を使うと倒れるぞ。

 お前が平気なら構わないが、気を付けろよ?

 それでもお前は聖女なんだからな。」


若干言葉に棘を感じるが、自分が迂闊だったこともあるので大人しく聞いておく。

しかしまぁ一気に魔力を込める事は出来たのだ。

特に不調もないし、時間も早く済む。

私はまた一握りの魔力石に治癒魔法を込めていく。

その量が徐々に増えてしまっていたが、アルも気付いていないようだったので良しとしよう。

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